第76話

 俺がムセンの体をゆする。


 彼はいっこうに動かない。


 激情に任せてアリサが叫ぶ。


 ローガはあっさりとアリサの拳を避けて、彼女のみぞおちを殴り、彼女を気絶させる。


 俺は震えながら、立ち上がりメイスを構える。


 シエスタは恐怖か疲労、もしくはその両方で地面に座り込んでいる。


 奴は勝利を確信した笑みを浮かべる。


 成す術もなく俺は叫んだ。


 「クソがぁああああああああああああ!」


 次の瞬間、ローガに向けて黄色い斬撃が放たれる。


 奴は飛行魔法でそれを避ける。

 

 「来たか……」


 目にもとまらぬ速さで駆ける一人の騎士。


 「「マレットさん!」」


 俺とシエスタが叫ぶ。


 ※ ※ ※


 「大丈夫……ではなさそうだな」マレットが俺たちの様子を見て歯噛みする。


 「お前が今のS級……ねぇ……いい女だな」笑いながら彼女に歩み寄るローガ。


 「ほざけ」


 マレットさんが驚くほど冷ややかな声を出す。


 「貴様の子分共は私が全てぶちのめした、後は貴様だけだ」

 

 彼女は奴に剣を向ける。


 「ほう……だが、ずいぶんと息が上がっているな、それにところどころ傷だらけで鎧も土埃まみれ……魔力もかなり消費したな」


 奴の言う通り、バジリスク戦で闘った時の彼女とは違い、その表情と息遣いには余裕がない。


 素人の俺からしても壮絶な戦いだったことは簡単に想像できた。


 「安心しろ、君の仲間である異世界人は全て助けた。シエンやポール殿も大聖堂で集中治療を受けている」


 「ムセンが……」シエスタが言う。


 「わずかだか息がある……待っていろ、これを飲ませてくれ」


 そういってエリクサーを渡す。


 「なんで、マレットさんがそこまでするんですか?」


 「国王からの直々の依頼さ……まぁ王の言葉は口調こそ丁寧だが、簡単にまとめると、せっかく苦労して異世界人を召喚したのに山賊……しかも元Sランク級冒険者に

 皆殺しにされては国家の大きな損失となるという話だったな」


 「そうですか……俺……俺なんにも」


 「こんな状況だ、意識があるだけまだましだよ」


 そういって彼女は俺の肩を叩く。


 「おい、よくもやってくれたな豪傑のローガ」彼女は奴を睨む。


 奴は大きくため息を吐く。


 そして奴の口から血が吐き捨てられる。

 

 口元の血を乱暴に拭い奴は言った。


「潮時だな……今、手負いとはいえ、Sランク級と闘ったらさすがの俺様でもやばそうだ」


「逃がすか!」


 マレットが剣を構えたまま奴との距離を詰める。


 だが奴の背後の空間から紫色の割れ目が生じ、それに奴が飲み込まれる。


「楽しかったぜ……せいぜい、俺様の邪魔をしないことだ」


 マレットが手を伸ばすが、彼女の手が割れ目に触れた瞬間マレットが吹き飛ばされる。


 その後のことを俺はよく覚えていない。


 シエスタの心配そうな顔を最後に俺の意識は途絶える。


 

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