第78話 ドリュアス族の村

 翌日も東へと進む。越えるべき山は遠くに見えているけど、どこをどう進んでいるのか私にはさっぱりだ。


「この辺りのはずだが」


 太陽を六分儀とかいう道具で見ていたセイランが言う。


「いったいこの辺りに、何があるのよ」


 しばらくセイランについて森を行くと、小さな村が見えた。


「村? アンデシン国の村よね」


 前回首都まで行った記録には村など1つも出てこなかった。首都があるんだから国民もいるはずだけど、村などに関する情報は全くなかった。


 家が数十軒ある程度の小さな村。城壁は無く家の周りにだけ石垣が築かれている。

村に近寄ると、ドリュアス族の男性が畑を耕していた。


「おや、鬼人族の来訪者とは珍しい。この村に何かご用ですかな」


 気さくに話しかける男性。我らと同じ様な体形で角は当然なく耳がとがっていて色白だ。手にしたくわ以外、武器になりそうな物は持っていないけど、ドリュアス族の魔法攻撃は熾烈だと聞いた。敵対すれば我らとて只では済まないだろう。


「拙者達は、首都のメレシルに向かう途中。首都までの道を聞きたく、ここに立ち寄らせていただいた」


「それなら村長に聞くのが早いだろう。案内しよう」


 その男に付いて行き、1軒の家へと案内された。


「ほおぉ、鬼人族が来られるとは。80年程前に来られて以来じゃな。まあ、そこの椅子に掛けられよ」


 村長と呼ばれたその人は相当歳を取られた男性。長寿な種族で年齢は分かりづらいと言われているけど、この人が年寄りであることはすぐ分かる。立つこともままならないのか、1段高い座敷の座椅子に座ったままだ。


 私達が椅子に座ると、すぐに娘さんかお孫さんだろう人がお茶を持ってきてくれた。


「首都へ向かわれるそうだが、地図などはお持ちかな」


「相すまぬが、拙者は村長殿に用件をまだ伝えてはおらぬ。なぜ首都に向かう事を知っておられるのか」


 そういえばそうだ、さっき畑で出会った人以外に話しをしていない。


「鬼人族は念話が使えんかったな、失礼した。さきほど案内してきた男と魔力による会話をしておる。村人で念話が聞き取れる者は、全員おぬしらが来たことを既に承知しておるのじゃよ」


 言葉交わさずとも、村人同士で会話する魔術! 初めて聞いたけど、神秘の国のドリュアス族なら可能かもしれないわ。


「分かり申した」


「客人に失礼にならぬよう今後は、おぬし達の事については口で話すようにしよう」


 セイランが鞄から地図を取り出し、座敷の村長の前に広げる。


「なるほどこれは良い地図じゃな。首都へ行くにはここより東、山のこの部分を越えたのち、南に下れば着けるじゃろう」


「ここに村はあるだろうか」


 セイランが地図を指差す。そこには何かの数字が書き記してある。


「そこは隣村じゃな。山の道については、その村で聞けばよいが洞窟を抜ける道になる」


 セイランはこの道の事を知っていたの! だから東へ、そしてこの村へ来たと言うの。でも、この国に入るのは初めてなはず。地図にも川沿いに進む道しか示されていない。


「もう、日も暮れる。今夜はこの村に泊まっていきなされ。余所の国の話も聞きたいでな」


 村長は他の者に指示して、私達を歓迎する宴を開いてくれるようだ。積極的に他国と交流している国ではないから外国人は珍しいのだろう。


 村人も集まって来て、食事とお酒が用意された。


「これも何かの縁じゃ。今宵はゆるりとされよ」


 村長の言葉に誘われて、お酒を飲み食事をする。村民達も気さくに声をかけてくれて和やかにお互いの国の話などする。


「村長さん。前にここを訪れたと言う鬼人族の事は覚えておられますか」


「その者は迷い人でな、ひとりこの村を訪れた。首都メレシルに行った帰りに仲間とはぐれたようじゃ」


 80年ほど前だと言っていたけど、私が知る以前にも首都を目指した人達がいたのね。


「怪我をしておってな。介抱した後、国境の方角を教えて返したが、無事国に帰れたんじゃろうか」


「そうでしたか。我が国の民を救っていただき感謝いたします」


 そして珍しい旅人が訪れた話もしてくれた。


「あれは130年ほど前かのう。ワシがまだ若き頃、ドワーフ族と人族の一行がこの村に来た事がある」


 ドワーフ族? どこの部族かしら。


「その者達は、こことは別の大陸から来たと言っておった。当時はセシウス大陸の事は知られておらなんだから、すごく驚いたことを覚えておる」


「村長殿、その人達は何という名であったか覚えておられましょうか」


「いや、そこまでは覚えておらんが、3人だったか4人だったか、その方々は家族だと言っておったな」


 確かに130年ほど前に新大陸からやって来た冒険者が、我らの鬼人族の国へも訪れたと聞いている。


「その者達のお陰で、念話が皆にも使えるようになり感謝しておる」


「皆が? この村の方々は念話で話しておられたのでは」


「以前、我らは念話で話せはするが、聞き取る事ができるのは極一部の者しかできなんだ。ワシは聞き取る事ができるが、他の者は魔道具を耳に着けて聞いておるのじゃよ」


 それを見せてもらうと、小さな貝をイヤリング型にしたものだった。これが魔道具なんだろうか、すごく小さい物だ。


「少し使わせていただいても良かろうか」


「構わんよ」


 セイランと私にイヤリングを渡してもらい耳に着ける。村長が口を開かず念話を送るとその声がイヤリングから聞こえてきた。


「拙者は最近まで、セシウス大陸に行っておったのだが、この様な魔道具は見た事がない」


「そうかもしれんな。これは海洋族の国から直接輸入しておる。ここを訪れたドワーフの方々から頂いた物はもっと大きなデンデン貝と同じようなものだった。その後、海洋族の方に改良してもらい今のような形になったんじゃ」


 それまでは海洋族の国とも交流が無かったそうだ。それ以降にこのイヤリングとデンデン貝を使いだしたと言う。


「その方々はその後、この近辺の村を回って首都にも行かれたと聞いた。新大陸の技術をもたらしていただいた方々じゃ。今も感謝しておるよ」


 だから私達も警戒することなく受け入れてくれたのだろうか。


「村長殿。拙者にも念話は使えるであろうか」


「修練すれば話すことはできるかもしれんな。舌の先から細かな魔力を放出してそれに言葉を乗せるんじゃ」


 言っている意味が分からない。そんな事は、ドリュアス族だからできる事じゃないの?


「魔力波。魔力の振動に言葉を乗せると言う事で御座るか」


「おぬしが、その事を知っておるのなら念話は可能かもしれん。修練するが良い」


 その後も宴会でこの国の事やセイランが行った新大陸での事を話していた。その日の夜は用意してもらったベッドで久しぶりにゆっくりと休むことができた。

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