第77話 アンデシン国 魔の森

 アンデシン国の首都に一番近い国境の町に到着した。ここからは道が無く馬だけによる旅となる。食料などの荷物を乗せ馬3頭で出発する。


「道中お気をつけて。馬車はここに停め置きます。お帰りの際はここの役人に申し出てくだされ」


 御車やお付きの者と手を振って別れる。


「セイラン。首都はここから川に沿って南東方向になるわ」


「いや、少し川から離れた場所になるが、東に進むつもりだ」


 地図には前回通った道筋が書き示されている。


「前回は川を目印に進んだはずよ。東なんか行って大丈夫なの」


 私の持つ記録によると、川沿いに南東へと進み山を1つ越え、その先に首都があると記されている。目印の無い魔の森が広がる東に行っても迷うだけのように思える。


「どちらに行こうとも街道のような道は無い。拙者はこの地図を頼りに進むつもりだ」


 でも地図にも、南東方向への道しか記されていない。仕方ないわね、私はセイランについて行くだけだもの。陽の沈む東の方角へと馬を進める。



 アンデシン国の森は鬱蒼としていて暗くじめじめしている。魔獣の声もそこら中から聞こえてくる。その中、セイランは馬を並足の一定の速さで歩かせる。


「セイラン。その鈴は何なのよ。そんな事すると魔獣に襲われるわよ」


 チリン、チリンと肩に括られた小さな鈴の音が響く。魔獣に自分の位置を知らせるようなものじゃない。いったい何を考えているのよ。


「右! 魔獣よ!」


 右手から豹の魔獣が襲い掛かって来た。セイランが剣を抜き一閃すると、魔獣の前足が二本見事に切断される。魔獣はうめき声を上げて森の奥へと逃げた。遠くでさっきの豹の魔獣と思われる断末魔が聞こえてきた。他の魔獣に襲われたのだろう。


 その後もセイランは平然と馬を進める。相変わらず鈴の音だけが森に響く。



 夜、馬を休め食事をした後、木の上に昇るという。


「こんな木の上で眠るの? 夜警はどうするのよ」


「大丈夫で御座るよ。木の枝を組み合わせて眠るためのベッドを作る。ここなら魔獣に襲われる事もない。森の魔女殿から教えてもらった方法、安心召されよ」


 絶対に安全という訳ではないそうだけど、地面で夜警するより安全だと言う。私もセイランに習って枝や葉っぱを切らずに引っ張ってきて寝床を作る。そこに毛布を敷いて包まる。思ったより快適ね。


「もし魔獣が近づけば、下にいる馬が反応する。馬の声には注意されよ」


 木の根元に切った枝と葉っぱで柵のようにして馬を隠している。確かに私達よりも魔獣には敏感でしょうね。

そうは言っても、やはり寝付けない。寝不足のまま朝を迎えた。



 次の日も、東へと馬を進める。セイランは時々、背中のリュックから魔道具なのか良く分からない道具を取り出して太陽の方向を確かめている。


「セイラン。それは何なの」


「これはゲンブ殿よりいただいた六分儀という道具。これで今の位置を調べている」


 これとクロノという時を知る魔道具と計算する木の円盤で、何処にいるのか分かると言う。

私の知っている時の魔道具は、床に置き振り子が振れる大きな物だった。セイランのクロノは持ち運べる片手に乗る小さな物。王国の魔道具は進歩していると言うけど、これほど違うとは驚きだわ。


 さすが王国帰りの人は違うわね。複雑な魔道具をいとも簡単に使いこなしている。


「そのゲンブという人は学者さんなのかしら。この道具の使い方をその人から教えてもらったのでしょう」


「左様。何も知らぬ拙者に親切に教えてくれた。拙者の剣の師匠でもある」


「剣の師匠? あの道場で見せた技を教えてくれた人なの」


「いや、技自体はその娘様から伝授していただいた。剣の何たるかをゲンブ殿より学んだ次第だ」


 私もお父様から剣について教えてもらったけど、王国にも優れた剣士が何人もいるのね。すると私はその娘さんに負けたと言う事になる。


 剣技において鬼人族が王国に劣るとは思っていなかった。世界は広いと言う事ね。


「イズルナもお強いと思うが、道場に所属していないと言っておられたな」


「剣の基本と技はお父様から直接教えていただいたの。後は余所の道場を回ったり魔の森へ行ったりしたわ」


 道場の者に勝つには実戦あるのみ。国境の紛争地帯に行った事もある。


「私、剣は強くなりたいけど、武士になるつもりはないの。誰かに仕えるなんて嫌だわ。だから武士の言葉も覚えなかったのよ」


 女で1本角の私では将軍様や大名に仕えても出世できない。せいぜい大奥に入るのが関の山だろう。それならひとり気ままに生きるか町人になった方がましだわ。


「イズルナ程の腕があれば、代官にもなれたであろうに」


「そんなの、無理に決まっているでしょう。女の私では」


「我が藩には、女性の代官もおられるぞ」


 えっ、そうなの? 田舎の藩だとそんな人もいるの。


「セシウス大陸の各国では、女性、男性関係なく将軍になっておられる。魔術師の最高峰は女性が多く、男であっても魔女と呼ばれ国の最高権威の一つとなっておったぞ」


 女将軍までいるの! 新大陸ってすごい所なのね。

敵対しているビラマニ国も、今いるアンデシン国もトップは男。過去に女のトップがいたかは知らないけど、我がモリオン国の歴代将軍は全て男だった。


 このアルガルド大陸だけが遅れているのかもしれないわね。セイランはいずれ我が国も女性がトップになれるようになるだろうと言っている。

新大陸に渡り、見聞を広めると言うのはこういう事だったのかしら。ただの物見遊山だと思って私は参加しようとも思わなかった。


 セイランに付いて来たのは正解だった。これは簡単に死んではダメね。そしてセイランも生きて帰ってもらわないと。この先も魔の森は続く。私の全力をもってして生き延びてやるわ。

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