第71話 王都の作家1

「イズホさん、王都の演劇はどうでした」


 王都で有名な面白い所を見てみたいとイズホさんにせがまれて、休日の今日、一緒に演劇を見に来た。

前から見たかった演劇で、貴族の娘との許されない恋に落ちた、とある男の悲恋の物語。


「この様な劇は村に無かったからな、面白かったぞ。なかなか王都と言う所も良い所ではないか」


 イズホさんも喜んでくれて良かったわ。最近、シンシアとは遊びに来れなかったし私も楽しかったわ。

街中を二人歩いていると、後ろから男の人がぶつかってきた。


「キャッ。何よあんた」


「す、すまない。少し寝不足でふらついていたようだ。お嬢さん、怪我はなかったか」


 細身のひょろっとした中年の狐族のおじさんだった。目にクマができて無精ひげも生やしてたけど、紳士のような態度でそれなりの服装だし変な人じゃないと思うけど。


「おぬし、相当疲れておるようじゃな。ちょいと治療してやる。そこのベンチに座るがよい」


 イズホさんがその人をベンチに座らせて、首から背中にかけて光魔法を当てる。


「すまないな。少しは楽になったよ」


 少し話を聞くと、仕事で行き詰っていて夜も眠れないと言っている。


「本当の冒険がしてみたい……」


 ぽつりとおじさんが呟く。


「本当のってなによ。嘘の冒険ならした事があるみたいに言うのね」


 この時代、本当の冒険者なんていない。身の回りに魔獣がいる訳でもないし、海の果ての新大陸を目指して船をこぎ出す必要もない。冒険など遠い昔の事だ。


「俺は劇の物語を書く仕事をしていてな。冒険譚などを書いてるんだが、実際に危険を冒して冒険をする者の気持ちが良く分からなくてな……」


 この人は自分が思い描くような物語が書けず、行き詰っていてフラフラと王都を歩いていたみたいね。


「何じゃ、そのような事か。ならばワシらがしとる何でも屋を手伝えば良い」


「何でも屋?」


 なるほど、本当の冒険とは言えないけど、魔の森に入って薬草を採りに行ったり魔獣との戦いもある。


「おぬしのような軟弱者でも、魔の森に入ることぐらいはできよう」


「そうね、この王都の中では体験できない事ができるわね」


 おじさんは少し目を輝かせて、その話を聞きたいと私達のお店にやって来た。今日は休みだけど応接室に通して話をする。


「私はメアリィ。ここの店長をしているわ。こちらがイズホ」


「申し遅れた、俺はクシャリオという。何でも屋と言うのがどんな仕事をしているのか全然知らんのだが」


 大体の仕事内容を言って、冒険らしいものを選んでもらう。


「スケジュールだと、明日は魔の森近くで薬草採取があるわね。その2日後は魔獣討伐もあるわ」


「おぬしは、魔獣討伐に参加すればよいであろう」


「いや、いや。魔獣を近くで見たこともない俺がいきなり無理だろう」


「何じゃ、根性が無いのう。冒険をしたいと言ったのはおぬしであろう」


 まあ、街中に住んでいて、魔獣に出会う事は無い。素人さんを討伐に参加させる事はできないわね。


「私達が護衛に付くから、見学と言うのはどうかしら」


 安全なところから魔獣討伐を見て、冒険気分を味わう事はできそうだわ。


「それなら何とかなるか……。俺は王都からほとんど出たことがない。移動も含め君達にお任せする事になるがいいか」


「ええ、結構よ」


「じゃあ、君達に依頼するという形でお願いする。まずは薬草採取からさせてもらえるか」


「分かったわ。それじゃあ明日のお昼、鐘4つにここに来てくれるかしら」



 翌日。シンシアに言って仕事の段取りをつけてもらって、昼からの採取はミルチナと私が行くことになった。


「こんにちは、今日はよろしく頼む」


 鐘4つの少し前にクシャリオさんがやって来た。


「じゃあ、クシャリオさんはここに乗ってください」


 エアバイクのサイドカーにクシャリオさん。後ろの座席にミルチナに乗ってもらって現場へと向かう。久しぶりに王都の外に出たと言うクシャリオさんは、風を受け流れていく景色を子供のように眺めている。


「いつもこんな遠くまで来ているのか。王都が見えなくなっているんだが」


 王都から遠く離れ不安なのだろうか、キョロキョロと辺りを見回している。


「まあ、この辺りまではよく来るわね」


 王都から離れた山の中。今日採る薬草はここじゃないと採れない。

山に入り目当ての薬草をミルチナに探してもらう。私はクシャリオさんのすぐ近くで護衛する。


「クシャリオさん。この近くを見るのは結構ですけど、川に近づかないで下さい。その向こうは魔獣がいますので」


「そ、そうだな。注意しよう。でも何だか魔獣が近くにいると思うだけで落ち着かないな」


 川向こうの森からは、魔獣の声が遠くに聞こえる。クシャリオさんは怯えた目で森の方に目をやる。王都に住んでいるからと言っても、これほど魔獣を怖がる人も珍しいわね。


「この深い川を越えて、魔獣がこちら側に渡ってくる事は無いわ。安心して」


 魔獣の事だから、絶対安全などと言う事はないけど、何十年にも渡って、ここで魔獣に襲われたという事故は起きていない。


 薬草を採り終えて3人一緒に山を降りる。帰りは山に慣れてきたのか、クシャリオさんは草木の様子を観察してメモを取るなどしていた。


「どうでした。薬草採取は」


「王都とは空気が違うな。俺はずっと王都の中にいたからな。こういうのは新鮮な感覚だ」


 それは良かったわ。昨日に比べて幾分顔色が良くなったみたいね。


「明後日は魔獣討伐があるんだけど、どうしますか」


「あんたらとなら大丈夫なような気がする。お願いできるか。なんだか俺も変われるような気がしてきたよ」


 すこしばかり冒険者になったような気分になれたのかな。変な依頼になっちゃったけど、これもお仕事。頑張りますか。



 魔獣討伐の日。朝早くから軍用列車に乗らないとダメだから、まだ開けていない店の前でクシャリオさんを待つ。朝日を受けてやって来たクシャリオさんの格好を見て笑ってしまった。

中古の軽鎧に木の盾を手に持ち、こちらも練習用の木の剣だろうか。腰に短い剣を差している。


「何なのよ、その恰好は」


 初めて会った時のユイトより酷い格好だわ。


「これから冒険に行くんだから、それなりの格好をしようと思ってだな……」


 顔を赤らめてポリポリと頭をかくクシャリオさん。まあいいわ、気分だけでも冒険者になってもらいましょう。


 今日は1チーム。軍用列車の中で打ち合わせをする。

イズホさんと一緒に前衛にユイトと、ヨハノス、その後ろに魔術師のムルーム。一番後方に監視とクシャリオさんの護衛を兼ねて私が就く。


「今日はこの配置で行くわよ。1日仕事だけど怪我しないようにみんな頑張りましょう」


「クシャリオさんは私の側を離れないようにしてください。この遠見の魔道具を貸すからこれで魔獣討伐するところを見てくれればいいわ」


「これが、遠見の魔道具か。どれどれ。なるほど遠くの物が近くに見えるな、こりゃすごい」


「あまり動いている列車から、それを見ない方がいいわよ。気分が悪くなっちゃうわよ」


 それでも面白いと遠見鏡を覗いていて、案の定気分が悪くなり青い顔をしていた。大の大人なのに情けない人ね。

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