第68話 帝国貴族3

 翌日。ご子息のミカシェル様と馬車に乗り領地、いえ、管理地区の町を見せてもらった。ここに来るまで旅してきた町より小さな町だったけど、活気があり人が多いのは同じだった。この他にも3つの町があるそうだ。


 この地区は王都から離れた辺境地域。近くには魔の森が広がり、4つの町合同で昔のような魔獣討伐も行っていると言う。

こういうところは帝国と似ているわね。


「自分はこの町と両親が好きです。今回の結婚話も両親がこの私のために、箔を付けようと考えての事。あなたの事情は知りませんが、最初から結婚するつもりでいました」


 この子は、よく分かっているわね。双方の家同士に利があると考えての結婚。親がそう決めたならそれに従えばいいだけの事。それが貴族というもの、お互いの気持ちなど後から何とでもなる。


「おじいさまと両親は平民の出です。功績を打ち立てたおじいさまが一代男爵になり、その後も両親がこの地で功績を残し続けて子爵位を授かりました」


 なるほど、だから貴族らしからぬ服や行動をしているのね。


「自分は生まれた時から貴族です。立派な貴族となるべく両親は教育してくれました。その思いに報いるためにも、あなたの力が必要なのです。会ったばかりでありますが、自分と結婚してくれませんか」


「わたくしもあなたのその考えの方が好きです。貴族としての務めを果たすためと言うのならば、私も協力しましょう」


 この方が合理的で早いではないか。ご両親より貴族らしい考え方だわ。

それならば私もこの国の事を知らなければならない。帝国と王国が国交を断絶してから以降の事を私は全く知らない。民主革命からの歴史、この国の制度や技術など勉強しなければ役立つこともできなくなる。


 その日以降、ミカシェル様にこの国に関する事を教えてもらい、子爵ご夫妻にも結婚の意を示し式の準備を進めてもらう。ご両親はすごく喜び、私のような娘を持てることを誇りに思うと言ってもらった。


 式までの間は書物も取り寄せていただき、この国の事を勉強する日々を送る。


「ミカシェル様は、元帝国貴族の方と会った事はおありなのですか」


「帝都でのパーティー会場でリザードマンの貴族を見かけることはあったけど、親も含めて声をかけた事はないんだ」


 まだ成人式もしていない下級貴族の息子が声をかける事はできないでしょうね。親御さんにしても声をかけると言う事は、情報を交換すると言う事。後ろ盾もなく貴族での親類もいないロヴァーユ家にさしたる情報はない。


 元帝国貴族で亡命してきた者達、帝国を裏切った者達だと思っていた。けれど衰退する帝国の将来を予見して、子孫のためこの王国に活路を見いだした勇気ある開拓者なのかもしれない。今の帝国と王国の現状を見るとそう思えてしまう。


 王国の事を勉強して分かったことがある。王国は帝国に比べるまでもなく発展している。制度も民主連邦国の制度を取り入れてはいるけど、貴族間の関係は前とあまり変わらず古いままだ。この点では帝国での貴族としての経験が活きるはずだわ。

これなら私にもやり様はあるわ。


 私は結婚式に向けて周到な準備をしていく。

私達の結婚式にも興味を持った貴族が来てくれるそうだ。人脈を作るチャンスになるかもしれないわ。


「ミカシェル様、今いる元帝国貴族たちの家系を調べてくれませんか」


 主だった元帝国貴族に私が知っている名前は2つしかなかった。婿養子などで帝国当時の家の名前が変わっているのだろう。王国では帝国での家名など無用の長物でしかない。でもその初代の名は記憶されているはず。そこから話を振る事はできるだろう。


 そして私自身の事。帝国の家の内情、私を売ったことを知られる訳にはいかない。

ヘルベス商会に結婚する事を知らせ、親の承諾書と結婚式への参加を打診する。もとより準備していたのか、返事は早かった。思った通り両親は遠方のため来れないと連絡してきた。


 ヘルベス商会は、あくまで王国貴族からの依頼があって、知人の帝国貴族の令嬢を紹介した事になっている。


 それに話を合わせる。ヘルベス商会は私の家の内情を漏らすつもりはないのだろう。皇帝の血筋という商品価値を落とすことを商人がするはずはない。



 結婚式当日は情報戦となる。


「お綺麗な新婦殿だな。帝国の貴族と聞いていたがリザードマンではないのだな」


 披露宴で、私達を見守るお義父様たちに声をかけてくる招待客。


「母方の家系が古くからある豹族の家系なのですよ。父方が皇帝に連なるリザードマンの家系なのです」


「今の帝国皇帝はどのような方なのですかな。もし知っておられたら教えていただきたいのですが」


「フロレアは帝都で皇帝陛下をお見掛けした事があるそうで、武系の家系らしく体躯の大きな威厳のある方だったと言っておりました」


「ほう、あの新婦は皇帝陛下に謁見できるような方なのですか」


 私の家系や、帝都の様子などはお義父様とお義母様にお話してある。招待客に話して興味を持ち私に話しかけてくる者の素性をこちらからも探る。


「まあ、昔はシグヌス領の領主をされておられたのですか。今は帝国領ではありませんが帝国の為に戦ってもらった貴族家と聞いています」


 父上がよく昔の帝国の地図を見ながら「昔はこんなに大きかったんだぞ」と話していた。その地図を思い浮かべながら話をする。


 ここの招待客は、まったく知らない国の話に興味があるようね。私はさびれた帝国の様子や内情などを知られないように上手く話す。


 結婚式と披露宴が終わり、夫となったミカシェルと相談する。


「フロレア。今日来てくれたのは、元帝国貴族の傍系の者が多いようだね」


「そうね。高い地位に就いている貴族に連なる方はいないようね。でも知り合いだと言う方はいたわ」


「まずは、その者達から近づいていこう」


「昔の帝国貴族に強い興味を持った方もいたわね。わたくしを敬っていたわよ」


「たぶん、祖先の武勇伝なんかを聞いて育った者なのだろうね。でも元帝国貴族に反感を持つ者も多いから気を付けた方がいいよ」


 亡命し王国では何の力もない者が、政治力を使い王国貴族となってのし上がっていった元帝国貴族達。それを苦々しく思う連中も多いのだろう。


 今は伯爵家となっているアリントン家か、辺境伯のセリビア家のどちらかと繋がりを持ちたい。


「まだまだ先は長いさ。あまり焦らずにいこう」


「そうね。慎重に事を運ばないと、追い落とされる事もあるわ。でも、あなたとなら上手くやっていけそうな気がするわ」


「前にも言ったけど、自分はこの町と家族が好きだ。それを守り抜いていく。そこにフロレア、君も入って欲しい。ゆっくりでいいから本当の家族になってくれないか」


 最初はこの家を利用すれば、私の生きる道があると思っていたけど。


「ええ、わたくしをあなたの大切なものの一つに加えてください。愛していますわ。ミカシェル様」

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