第15話 遭難者

「これが医薬品類と毛布にタオルだ。何とかして遭難者を救ってやってくれ」


 私達は兵隊さんがくれた救急セットを背負って、キイエ様に乗り、遭難者を見つけたという岬に向かう。


「あっ! あそこの浜に誰か倒れているよ」


 岬の裏側、そこには見慣れない格好をした男なのか女なのかも分からない人が倒れている。船の破損した木の板だろうか、それにしがみついて浜に打ち上げられていた。


 ユイトがキイエ様から飛び降り、その人の元へと走って行って抱きかかえる。


「まだ生きているよ。でも体が冷たい。何処か暖を取れる場所に運ばないと」


 その人は人族の女性のように見えたけど、額から2本の角が生えていた。根元が白く先端が桜色の角。鬼人だ。


「あそこに小さな小屋があるわ。そこに運びましょう」


 浜で漁に使っていたらしき小屋があった。でも今は使われていないのだろう、壊れかけで扉も傾いて開いている状態だ。流されて来た板にその鬼人を乗せてユイトと一緒に小屋まで運ぶ。唇が紫色で、意識も無くぐったりとしている。


「服を脱がして、濡れた体をタオルで拭こう」


 なんだかテキパキしたユイトに気圧されるように、持ってきた救急袋からタオルを取り出す。その間にもユイトが女性の鬼人の服を脱がせていく。見慣れない服で上下に別れた布を紐で縛って着つけているようだった。


「あっ、ユイト。この人女性だし私が……」


「なに言ってるの。メアリィも早くタオルで体を拭いてあげないと、どんどん体が冷えていくよ」


 毛布に横たわる裸の女の人。私と同じぐらいの年齢だろうか、臆することなくユイトはタオルで全身を拭いてあげて、乾いた体をさすって体温を上げようとしている。突然、ユイトは彼女の放漫な胸に耳を当てた。


「心音が弱くなってる……。メアリィはこの人をしっかりと毛布で包んで、胸に光魔法を当ててあげて」


 そう言って、外に出たユイトが、薪と水を入れた鍋を持ってきた。小屋の中、砂地の床にかまどを作り火を熾して鍋の水を温めだした。


「ユイト。部屋を暖めるの?」


「それもあるけど、足湯で体を温めるんだ」


 アシユ? 聞きなれない言葉だったけどユイトは、小屋にあった魚を入れるタライに沸かしたお湯を入れている。床に寝ている鬼人の女性の膝を立てて素足の足先をタライに浸けて足を擦る。


 お湯が冷めたのか、また外に出て海水なのだろう水を入れた鍋を持ってきて沸かしては、お湯をタライに入れて血行を良くするために足を擦る事を繰り返す。

私もユイトに言われた通り光魔法を当てたり、体の傷に薬を塗ったりする。


 ユイトには医学の知識があるのだろうか、首に手をやったり顔の表情を見ながら鬼人の女性の介抱をする。確かにやれる事を全てしないと、この人は死んでしまうかもしれない。


 難破船の近くの浜にも助からなかった人が何人も打ち上げられていた。その人達も怪我ではなく、溺れたか海に投げ出され長時間体温を奪われて亡くなったのだ。


「んんっん……」


 鬼人の人が声を漏らす。さっきまで紫色だった唇に血の気が戻って来ている。


「もう少し頑張ろう」


 ユイトは火を絶やさないように、浜に打ち上げられた小枝を拾ってかまどにくべ続ける。

この小屋に屋根はあるものの、壁には隙間が空いている。火を絶やさず、できるだけ部屋を暖かくしないと。


 私も燃やせる枝を拾いに浜に行ったり、この人の服を干したりと私のできる事をする。

一晩、彼女の介抱をして明け方、ウトウトしだした頃に彼女が目覚めた。


「んんっ。ここはどこだ……」


「良かった。もう大丈夫だよ」


「そなた達が拙者を助けてくれたのか」


 大陸の共通語を話しているけど、聞きなれない言葉ね。たぶん新大陸の方言なんでしょう。


「浜で打ち上げられていたあなたを見つけて、ここで介抱したの。どこか痛い所とかない?」


「ああ、大丈夫なようだ。少し水をもらえないだろうか」


 ユイトが鞄から水筒を持ってきて、コップに水を注ぐ。それを手に取ろうとして起き上がった彼女の裸の胸が露わになってしまった。


「ユイト、後は私がやるわ。あなたは外に出てなさい」


「あわわ。そうだね、ごめんなさい」


 慌てて外に出たユイトは昨夜と違って、いつものユイトだ。


「さあ、服も乾いているわ。まずは服を着てくれるかしら」


 私より背が高く、きりっとした桜色の瞳。銀色のショートヘアに突き出た二本の角がやけに目立つ。


「ところで、助けられたのは拙者一人か?」


「この浜には、あなたしかいなかったわ。この岬の向こう側の浜にほとんどの人が流れ着いたの。昨日のうちに怪我した人達は王都に運ばれて行ったわ」


「そうか……」


「話は食事をしながらしましょう」


 兵隊さんからもらった非常食を作って、ユイトと一緒に小屋の中で話をする。


「助けていただき、かたじけない。拙者はアルガルド大陸より参った、セイランと申す」


「アルガルド大陸って新大陸の事だよね」


「拙者からすれば、この地が新大陸になるのだがな」


 そういえば新大陸が見つかってから、私達が住む大陸にもセシウス大陸って名前が付けられたわね。


「セイランさんは、この国に一人で来たの?」


「セイランで良いよ。あなた方は命の恩人だからな。拙者には共の者が2人おった。ここにいないとなると、そなたが言っていた王都に行った怪我人の中にいるやもしれんな」


「次に王都へ行く列車は、もう少し後じゃないと出ないの。あなたもまだ回復していないし、隣の浜まで行って休息した方がいいと思うわ」


「そうだな。まだ本調子ではないからな」


「食事が終わったら、王都軍のいる岬の向こうの浜に行きましょう。あなたが背負っていた荷物はそこにあるわ。油紙に包まれているから、中身は濡れていないと思うけど」


「これが流されなくて良かった。我が魂と言えるものだからな」


 荷を背負い、剣なのだろう、細長い武器を腰に差した。移動するために扉の外に出たとたんセイランが叫ぶ。


「魔獣だ! 下がられよ!!」


 腰の剣を抜き、私達の前に立つ。


「あれは、大丈夫だよ。キイエって言ってボクの家族みたいなものだから」


「ご家族? あれは神龍族ではないのか」


 キイエ様の事を話すのを忘れていたわ。初めてドラゴンを見ればそりゃ驚くわね。


「キイエ様が、ここに倒れているあなたを見つけてくれたのよ」


「この方も命の恩人か。失礼つかまつった」


「よい、よい。気にするな。ユイトよ。隣の浜へ行くのか」


「キイエ、お願いするよ」


 キイエ様には2人しか乗れないから、セイランとユイトが先に飛んで行く。


「セイラン。しっかり掴まっていてね」


「神龍族の背に乗って飛ぶなど初めてのこと。しっかりと支えてくだされ」


 ユイトの前にセイランが乗り、ユイトに抱きついている。ユイトは後ろからギュッと抱きかかえるようにして飛んで行った。キイエ様もゆっくりと飛んでくれるんだから、あんなに引っ付かなくてもいいと思うんだけど。

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