第10話 洞窟調査1

 ある日の事。魔術師協会から国境付近の洞窟についての調査依頼があった。そこには歴史的価値の高い遺構があるそうだ。


「ユイト。あんたこの大陸に2回の大きな世界大戦があったの知ってる?」


「うん、知ってるよ。人族が世界を征服しかけたお話とか、帝国がドラゴン族に囲まれて滅びかけたとかいったお話だよね」


「お話じゃ無くて、史実としての大戦よ」


 人族が世界を滅ぼしかけたのを、勇者が阻止して世界を救っただとか、神がドラゴンを呼び出して悪の帝国を包囲して滅ぼしただとか、おとぎ話のような事が人々の間で広がっている。でも世界を巻き込む大きな戦いがあった事は事実だ。


 そのような歴史に関する調査などは、魔術師協会の歴史関連の部署が行っている。


「今回はね、第一次世界大戦以前の遺構の調査なのよ」


「第一次大戦ってすごい前だよね。そんな時代の物が今も残ってるの?」


「そうね今から500年近く前のものらしいけど、人の入らない洞窟の中で保存状態がいいらしいのよ」


 そこは王国の南西の端、エルフ嶺との境にある場所だ。今は王国領内だけど、元は共和国があった場所でその前は帝国、その前は何という名か知らない教国があった所らしい。


「すみません、キイエ様。今回も背中に乗せてもらって」


「構わんよ。ユイトが世話になっているのだしな」


 王都からは馬車だと18日もかかってしまう。キイエ様に乗せてもらうと1日半で国境付近まで飛んで行くことが可能だ。


 キイエ様の背中には、二人が座れる馬の鞍を加工したものをベルトで固定して乗せてもらっている。飛ぶとすごい風を受けるので目を保護するためのゴーグルを付けて帽子を被る。これでも速度を落として飛んでくれているそうで、つくづくドラゴンという種族のすごさが身に染みる。


「あっ、あそこの山です、キイエ様」


 目的の山はあまり草木の無い岩山だけど、周りを魔の森で囲まれていて人が近づくことができない。

山の中腹、洞窟の近くに降りてもらう。


「うわ~、大きな洞窟だね~」


 目的の洞窟の中には小さな川があり、澄みきった水が流れ出ている。洞窟の入口は大きくキイエ様も歩いて入っていける程の大きさだ。


「ユイト、川に落ちちゃだめよ。ちゃんと前を照らして注意して進みなさい」


 ユイトは普通のランプを、私は探査用のライトを照らしながら前を歩く。このライトは普通の魔道具のランプを四方に配置したもので、一度魔力を流すと半日程度は辺り一帯を明るく照らしてくれる。


「ほんとに広い洞窟ね。キイエ様、頭の上は大丈夫ですか」


 このライトでも、洞窟の上の方まで照らすことはできない。


「天井までは十分な高さがある。この通路も平らで歩きやすいぞ」


 この洞窟は大戦前に誰かが住んでいたという。確かに人工的に壁が削られた跡がある。先に進むと一段高い場所があり、そこにも階段らしき段差があった。


「うわ~。ここ綺麗な場所だね、メアリィ。」


 床がツルツルでタイルのようだわ。広くて清々しい場所。

でもその先は池になっていて進むことはできない。魔術師協会からもらった地図にもこの場所は記載されていて、ここで土器などが見つかっているそうだ。

池の手前には、いくつかの穴の跡があったり、壁も加工された形跡がある。


「キイエ様、すみませんがライトを持っていてもらえませんか。ユイトは私と一緒にここの寸法を測るわよ」


 池近くの測量も今回の調査依頼に入っている。できるだけ詳しくここの寸法を測っていく。


「今日はこれぐらいで、入口まで戻りましょうか」


 現地調査は2、3日の予定だ。もうすぐ日も落ちるだろうし、今日はこれぐらいでいいだろう。


 洞窟の入口まで戻って来て、この付近に野営する場所を確保する。ここは岩山なので魔獣はあまりいないけど、岩場を好む魔獣もいる。洞窟の入口付近なら後ろを気にしなくていいから楽だわ。


「少し汗をかいたから、私は小川で水浴びしてくるわね。あんたはかまどの用意をしなさい」


「え~、ボクも水浴びしたいよ~」


「分かってるわよ。後で交代してあげるから、こっちを覗くんじゃないわよ」


 ユイトはどうもこの辺りの感覚が違う。お店にも洗い場があるけど、私が体を洗っている最中に入ってきて、服の洗濯をしようとした事があった。

村の家では洗い場も大きく、体を洗う場所と洗濯や食べ物を洗う場所が違ったようだ。洗い場でも家族と一緒に水浴びしていると言っていた。いやオフロとか言っていたかな。


 都会と違って大きな家なのかもしれないけど、家族で水浴びなんて考えられない。水浴びって一人でするものでしょう。


 水浴びを終えてユイトの元に行くと、もう料理ができていた。

ユイトは、魔獣を倒す程の魔法は使えないけど、火を熾したりかまどを作ったりする生活魔法は十分に使える。


「ユイト、こういうのは得意なのね。あんたの作る料理は美味しいし」


「メアリィに褒めてもらうと、ボクも嬉しいよ」


 こうやって素直に喜ぶところは可愛いものよね。


「母さんと父さんに教えてもらったんだ。裏山に出かけて野営することもあるし」


「村だと近くに魔獣がいるんでしょう」


 村は城壁もなく、魔獣に襲われる事がよくあると聞いた。


「村の中には入ってこないけど、すぐ近くに魔の森はあるよ。自警団が時々魔獣の討伐をやっているから、ボク達の村は安全なんだ」


 辺鄙へんぴな村では軍隊を送る鉄道も無いから、自警団を組織して自衛しているのね。やはり村での生活は大変なんだろうな。私が生まれた町は、まあまあ大きなところだったから魔獣の心配はしなくて良かった。魔獣の脅威に晒されているような村での生活なんて考えられないわ。


「食事したら、私が警戒するから、あんたは水浴びしてきなさい」


「うん、そうするよ。ありがとう」


 魔獣がいる屋外での野営は、一人が警戒しながら交代で眠る。キイエ様も夜警をしてくれるので夜の3分2を眠ることができる。朝起きるのを遅くしても調査する洞窟はすぐ近くだ。明日1日で調査が済むかもしれない。


「これなら、十分黒字ね」


 ユイトと仕事して赤字が多かったけど、今回はいい感じだわ。そう思いながら私は夜間の警戒に就く。

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