第8話 ユイトのドラゴン2

 馬車は貴族街という所に向かっている。ボクは王都に来てまだ日が浅く、この近くに来たことはない。王宮の周りにある貴族だけが住んでいる街。鉄の柵に囲まれていてボク達は入ることができない場所だ。


 その門に立っている衛兵の人に御者が合図して、門を開けてもらっている。中は貴族のためだけの商店が建ち並び、それを抜けると、大きな屋敷がある区画に入って行った。


「おい、何でも屋。お前の名前は何という」


 横に座っている熊獣人の人に聞かれた。


「ボクは、ユイトって言います」


「これから行くのは、フラベルム子爵様のお屋敷だ。失礼のないようにしろ」


「じゃあ、奥に座っている人は、そのフラベルム子爵様じゃないんだね」


 横の体の大きな人は剣も持っているし、護衛なんだろう。もうひとりの人が屋敷の主人だと思っていた。


「ワシは旦那様の使いの者だ。旦那様は直接このような事はなされない。魔獣に関することはワシの役目なのでな」


 立派な服を着ているからてっきり貴族の人だと思ったけど、お使いの人だったのか。


 馬車は王宮の方に向かって走っていく。こんな近くで王宮を見るのは初めてだ。下の街からは王宮の屋根の部分と城壁ぐらいしか見えない。王宮には白い石でできた綺麗な塔や建物がいくつもある。屋根は緑色で白い壁には幾つもの彫刻の像が取り付けられていた。


 王宮の周りは立派な城壁があって4隅に大きな塔が建てられている。そんな王宮が見える屋敷のひとつに馬車は停まり、門番が鉄格子の大きな門を開けて中に入る。


「お前は、この部屋でしばらく待っていろ」


 案内された広い部屋には、大きなソファーと背の低いテーブルがある。ソファーはふかふかだ。座って周りを見ると壁には彫刻と共に、魔獣の首のはく製やら毛皮などが飾られていた。


 メイドの人が紅茶を持ってきてくれたけど、キョロキョロとしているボクを見てクスクスと笑っていた。


「お前がドラゴンを飼っているという、何でも屋か」


 部屋に小太りの鹿獣人の男の人が入ってきた。すごく豪華なローブを着ている。キラキラの首飾りや指にいくつもの指輪を付けている。この人がこの屋敷の主人と言う貴族なんだ。その後ろにはさっきの長身のヤギ獣人の人もいる。


「ドラゴンは人族の国にしかいないと聞いていたが、どこから仕入れてきたんだ」


 キラキラの貴族の人がボクに尋ねてきた。


「仕入れて? キイエはボクの村に居て、王都で働くボクに付いて来てくれたんです」


「村に居ただと。まあいい。それでいくらで譲ると言うのだ。それなりの金は用意しておる」


 この貴族の人は何を言っているんだ。キイエを買うつもりなのか。


「キイエはボクの家族です。なにを勘違いされているのか知りませんが、売るなどという事はしません」


 きっぱりと言うと、その貴族は驚いたように後ろに控えている人に聞く。


「どういう事だ、バトエラ。飼い馴らされたドラゴンを売っているのではないのか」


「確かに人に慣れておりました。そのドラゴンは人語を理解ししゃべっており、自分の意思を持っているように見えました」


「ほう、しゃべる魔獣か。それは是非とも手に入れたいな。金に糸目はつけん、いくらなら売るか言ってみろ」


「ですから、キイエは売り物じゃないんです」


「まあ、そのあたりの交渉はバトエラに任せる。ワシはそのドラゴンを見てみたい。人語を理解するなら直接ドラゴンと交渉しても良いな」


 この人は人の話を聞かない人なのか。


「それであれば、この者が持つ笛を吹けば、ドラゴンを呼び寄せられると存じます」


「ボクはキイエをここに呼びませんよ!」


 キラキラ貴族の後ろに控えていた、ヤギ獣人の人がボクの横に来て、革袋をテーブルの上に置いて話す。


「そう言わず、ここに銀貨30枚を用意した。これでドラゴンを呼んでくれんかね」


「ですからボクは呼びませんし、キイエを売るなんて考えていませんから」


「では、少し交渉いたしましょう」


 ボクはその長身のヤギ獣人の人に連れられて、別の部屋へと行く。事務的な部屋で向い合わせに座らされて、キイエを買う条件だとか、お金の支払い方法だとか、よく分からない話を延々と続けられた。

挙句には、キイエを呼ぶための笛を取り上げられてしまった。


「今はこの笛を借りてドラゴンを見るだけだ。お前がここにいればドラゴンも話を聞いてくれるだろう。そのためのお金は十分に支払いますよ。お前は金を積めば何でもする、何でも屋なのだろう」


 そんな事を言って笛を持って部屋を出て行く。衛兵の人が部屋にいてボクは外に出れなくなってしまった。


「旦那様、これを吹けばドラゴンを呼び寄せられます。もしかするとこれで言う事を聞かせられるかもしれません」


「おお、そうか。よしワシが吹いてみよう」


 貴族は従者と護衛などを引き連れて、屋敷の庭に出て笛を吹く。


「何だ、何も音がしないぞ」


 貴族が何度か空に向かって笛を吹く。


「旦那様。音がしなくても良いようで御座います。あっ、あそこにドラゴンが見えました」


 遠く空を飛ぶドラゴンの小さな姿が見えた。遠くにあったその影は急速に大きくなり、貴族達の居る屋敷を通り越して王宮にまで到達する。

ドラゴンは城壁の塔に体当たりするかの勢いで垂直に立つ塔の壁に足をつき、反転して貴族の屋敷の庭に着地する。その勢いは凄まじく、地面が揺れて立っていることができない程である。遠くに王宮の城壁の一部である塔が崩れ落ちるのが見えた。


「おのれか、その笛を吹いたのは!! ユイトを何処にやった。返答次第では命がないものと思え!」


 倒れ込んだ貴族をドラゴンが足で押さえつける。周りの護衛が槍を構えるが、殺気を帯びたドラゴンのひと睨みで足がすくみ動けなくなる。


 貴族は震える手で屋敷の方を指差す。そこには人族の少年がこちらに向かって駆けてきていた。


「ごめん、キイエ。笛を無理やり取られちゃったんだ」


「ユイト。怪我は無いか」


「うん、大丈夫だよ。ボクを閉じ込めてキイエと話をするって言っていただけだから」


「そうか。で、この者達をどうする」


「そうだね。少し怖い目を見させてあげてよ」


 キイエは足で押さえていた貴族を片手で持ち上げ、頭の上まで持ってくる。そして空に向かって口から炎のブレスを噴き出した。


「ヒェッエ~」


 目の前でキイエの凄まじいブレスを見せられ、貴族は情けない悲鳴を上げる。あれは怖いんだよね。ボクも小さな頃にいたずらをして、父さんに怒られてあれをやられた。


 その後、ボクは報酬だと言ってお金をもらい、貴族の馬車に乗せてもらい店まで戻る。もう日も暮れて辺りは暗くなりかけていた。


 ◇


 ◇


「女王はいるか?」


「これはキイエ殿。よく来られました」


「久しいな、エイドリアン女王よ。戴冠式以来か」


「そうですね。それで今回は、どのようなご用向きで参られたのですかな」


「我れの守護する一族の末裔、それに名を連ねる者に手を出してきた貴族がおってな」


「それは、失礼をいたしました」


「ユイトを監禁し我れに脅しをかけようとしよった。守護する一族に危害が加わった場合、王国と言えどタダでは済まぬと心得よ」


「分かっております。人族やドラゴン族に手を出せば国が亡ぶ。過去2回の世界大戦を見ればそのことは明白ですので」


「今回の件、我れから手は出さぬゆえ、そちらで処分するがよい」


「分かりました。キイエ殿、今後ともよしなに」



 ドラゴンが去りし後、王宮では女王とその側近のよる会議が開かれた。公爵家に名を連ねた国の重鎮ばかりである。


「被害はどれ程のものになっているのですか?」


「幸い城壁には人がいなかったそうで、塔の倒壊と負傷者が24名のみだそうです、女王陛下」


「それで、今回の騒動を引き起こしたのは、いったい誰なのですか」


「フラベルム子爵の屋敷に、ドラゴンが降り立ったと報告を受けておる」


「フラベルムと言えば、先日も魔獣を街に放ち、騒動を起こした奴ではないか」


「あ奴か。帝国議会にも顔を出さず、魔獣ばかり追いかけていると聞いたぞ」


 数々の報告を受けて、女王が裁決を下す。


「調査の上、その者の資産を没収し王都から追放しなさい」


「承知いたしました。それにしてもキイエ殿や守護する一族の事を知らぬ貴族がいたとはな」


「新大陸と友好を結べたのも主力兵器である魔弾や鉄道の整備なども、あの村の一族のお陰だというのに。その事を忘れた連中が多くなっているのだろう」


「恩義を感じる事はあれど、敵対するなど国を滅ぼしかねん。各諸侯にも通達を出した方が良かろう」


 御前会議は夜遅くまで続いた。


 ◇


 ◇


「ねえ、ユイト。明日、少し遠くの山に行かないとダメなんだけど、キイエ様に乗せて行ってもらえないかしら」


「うん、大丈夫だと思うよ」


「助かるわ。これで少し交通費が浮くわね」


「まあ、メアリィったら、キイエ様を馬車代わりに使うなんて」


「仕方ないじゃない、今月は赤字なんだから。キイエ様もユイトも討伐ではあまり役に立たないし、立っている者は親でも使えって言うじゃない」


「そうですよね、ボクもキイエもこのお店に貢献したいし。ボクも強くなって、ちゃんと役に立てるように頑張からね」


「ええ、そうね。ユイトには、クビにならない程度には頑張って欲しいわね」


 今日も平和な何でも屋の一日が過ぎていく。

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