幸せな町

野口マッハ剛(ごう)

第1話 山奥の寺が多い町

 中山健人は部屋の中で寝転がっている。手に持っている、とある外国の貨幣を一枚見つめている。ただ、ぼんやりとごろごろしている。健人はその外国の貨幣をお守り代わりに持っている。外国の貨幣は元々おばあちゃんの物だった。死んだおばあちゃんの形見。

「健人、昼間からごろごろしない! 町で散歩でもしなさい!」

 母親の言葉に健人はその心が重たい体で散歩に出る。今は秋が近付いている。トンボがいっぱい飛んでいる。この山奥の町は寺が多い。車で走れば、入り口から出口まではあっという間の広さだが。

 あーあ、何か幸せなことはないかな?

 そう健人は考える。健人は無職、二十一歳、昼間に町を散歩している。トンボが飛んでいる。

 ズボンのポケットに手を。その手にはお守り代わりの外国の貨幣が一枚。じっとその貨幣を見つめて歩いている。健人にとって、この山奥の町は寺と虫が多いだけのものだと思っている。

 幸せになりたいなあ。

 健人がぼんやりとして、ないものを考える。

 向こうから幼なじみの半田早紀が偶然に歩いて来る。健人は笑顔で手を振ろうとしたが、早紀はすたすたと素通りして行った。

 なんだよ、愛想もないのかよ?

 健人は心で早紀のことを勝手な解釈で決めつける。トンボが飛んでいる。寺はいっぱいある。車が道路を行き交う。健人は山奥の町で散歩を続ける。

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