第233話 リスティル(ちびっ子)の場合 ②



  おねーさんとの酒の飲み比べが始まった、部下達が寄って来て応援する。


 「負けるな船長!」


 「せんちょ~うしっかり~。」


 「いけいけごーごー!」


 お気楽と言うか何というか、まぁ、賑やかなのは良い事だね。


 「じゃあいくよ。」


 「いいわよ。」


 均整のとれたおねーさんの顔が、笑みを湛えてこちらを見る。


 切れ長の瞳から溢れる視線を受け、あたいはちょっとドキッとした。


 「おねーさん、あたいに勝ったら好きにして良い事になってるんだけど、まさかそっち系の人かい?」


 「いいえ、私は男に抱かれる方が性分よ。」


 じゃあ、なんであたいと勝負なんか?


 おねーさんの腰まである長い髪が、動きに合わせて揺れる。


 「ふー、おいしい。」


 「まずは一杯だね。」


 さて、この人はどれ程の酒豪なのか?


 「ねえ、ハンデとかは必要ないのかしら?」


 「その必要は無いよ、あたいはドワーフさね、ドワーフ女を舐めてもらっちゃ困るよ。」


 「あら、そうなの。わかったわ、お嬢ちゃん。」


 まだ一杯目、余裕だ。


 更に時間は進み………………。


 10杯目。


 「まだ余裕だよ。」


 「私もよ。」


 へ~、中々やるねえ。このおねーさん。


 15杯目。


 「ちょっと酔っ払ってきたかな?」


 「私もよ。」


 これまでは五分と五分、良い勝負になってるじゃないのさ。


 20杯目。


 「あ、あれ? おねーさんの顔が三人に見える?」


 「私もよ。」


 こ、こんな筈じゃ、あたいが酒に飲まれるなんてさ。


 それにしてもこのおねーさん、一体何者なんだい?


 さっきから全然酔っ払って無い様子じゃないのさ、どうなってんの?


 25杯目。


 「あ~~、酔っ払った。も、もう駄目………………。」


 ここであたいは気を失い、眠ってしまった。


 盛大にイビキをかき、ぐーすか寝ていた。


 「あらあら、もう終わり? 私の勝ちね、うふふ。」


 「せ、船長が負けた!?」


 「何かの間違いじゃ、せんちょ~う!?」


 「えっ!? そんな!?」


 部下達は狼狽え、あたいを介抱していたが、あたいは目を覚まさなかった。


 自分でもよく解る、ちょっとやそっとじゃ起きないよ。あたいは。


 ここでおねーさんがあたいの部下達に伝言を残していった。


 「ねえあなた達、お嬢ちゃんに伝えて頂戴。ここの勘定はお嬢ちゃんにツケとくからって、それと。」


 おねーさんは妖艶な笑みを湛え、あたいを見下ろしながらこう言った。


 「これに懲りたら、もう二度と自分の身体を賭けの対象にしちゃ駄目よって。」


 おねーさんは踵を返し、酒場を後にする。


 そして、そのまま振り向かずにこう言った。


 「でないと、いつか悪い男に酷い目に遭わされるわよ、私みたいに。」


 おねーさんはそう言いながら、店を出て行った。


 ドクロのリリーの船員たちはぽか~んと佇み、おねーさんを見送った。



 

 次の日。


 「5番テーブル! ランチあがったよ!」


 「はーい! ただいまー!」


 「3番テーブル! エールジョッキ追加! 急げ!」


 「あいあいさ~!」


 あたい等は、酒の代金の支払いを稼ぐ為、ここの酒場で女給の仕事をやっていた。


 「2番テーブル! エールジョッキ運べ! 数は4杯!」


 「はいよ! まったく、こんな昼間っから酒なんか飲みやがって!」


 「お前等が言うな! 次! 4番テーブル! お勘定!」


 あー忙しい、酒場ってのはこんなにも忙しいのかい?


 あたい等だけじゃ回しきれないよ、ったく。


 「お前等、昨日の酒代を返すまでこき使ってやるからな、覚悟しておけよ。」


 「「「「 へいへい、解りましたよ!!! 」」」」


 まったく、丘に上がったばかりだってのに、もう海が恋しいよ。


 「何やってんだ? お前等。」


 「ああ、ドニのおっさん。お帰り、悪いけどお金持ってない?」


 ドニのおっさんが戻って来た、早速酒代を立て替えてもらおう。


 「持ってるけど、お前等何やってんの?」


 「見ての通り仕事してんだよ! 昨日の酒代を稼いでんの!」


 「いやいや、お前だって、お金ならサスライガー伯爵から貰ってるだろ?」


 「足りなくなっちゃったから、しょうがないだろ! だからこの店で働いてんの!」


 「何してんのお前等! もうアリシアに帰るんだよ! 何働いてんだよお前等!」


 「お金が無いなら昨日の酒代を稼ぐまで帰れないよ、あたい等はここで働いて金を返さなきゃならないし。」


 ドニのおっさんは呆れていた、まあ、気持は解る。あたいだって昨日はしてやられたからね。


 ドニのおっさんはカウンター席に座り、店のマスターに昨日の出来事を聞いていた。


 あたい等はせかせかと働いている、今日一日働けば酒代を返せる。


 それにしても、昨日のおねーさん。強かったなー、まさかあたいが酒の飲み比べで負けるなんて、思わなかったよ。


 世の中は広い、あたいの知らない酒豪が居た事は良い刺激になった。


 「ねえ、ドニのおっさん。あのおねーさんは何処の酒場に居るか知らないかい?」


 「ああ、さっき店のマスターに聞いたが、その女はカナン王国から流れて来たみたいでな、この店に寄ったのは偶然らしい。で、普段は「うみねこ亭」って酒場に居るらしいぜ。」


 「流石情報屋! 頼りになる~。」


 「俺の情報を何だと思ってんだ? こんな事の為に調べる情報じゃねええんだよ!」


 「解った解った、酒代を返したらうみねこ亭でリベンジだよ!」


 「こいつ、懲りてねえ、解ってねえな………………。」

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