第165話 指名依頼 ①


 


   セコンド大陸中央部  エストール大神殿――――



 朝日でうっすらと明るくなった礼拝堂に、巫女が女神像の前で祈りを捧げていた。


冬の寒さに負けじと、体を水で清め、巫女服に着替えてからの日課である祈り。


最初は辛かったが、今では慣れて来ているのか、淀みなく流れる様に準備が出来ていた。


また、辛くも無くなっていた。寧ろ祈る事で心が穏やかささえ感じる様になっていた。


 巫女が祈りを終えると、そのタイミングを見計らったかの様に、一人の人物が巫女の前に歩んで来た。


「巫女殿、精が出るわね。」


サーシャである、ハイエルフのサーシャは女神教会にとっての、良き隣人である。


その事を知ってか知らずか、巫女の側仕えは突然の来訪を快く思ってはいなかった。


だが、当の本人もまた、試されているという事を理解していなかったのだが。


そんな側仕えとは裏腹に、巫女とサーシャは落ち着いた様子で言葉を交わす。


「まあ、サーシャ様。いつこちらへ?」


「たった今よ、それより良い報告を持って来たわ。聞く?」


サーシャはもったいぶって言葉を掛け、巫女はワクワクしつつも冷静に聞く姿勢を執る。


「聞かせて下さいサーシャ様、それで、どうでしたか?」


「うーん、結論から言って、二人の勇者候補が居たわ、で、直接会ってきたの。」


「まあ、流石サーシャ様ですね。」


「ふふ、まあね、でね、一人は只の筋肉野郎だったわ。聖剣を持ち上げたけどね。」


「え!? 持ち上がったのですか? でしたらその方こそ勇者なのでは?」


この言葉を聞いたサーシャは、首を左右に振り、手の平を上へ向け断言する。


「いえ、あれは違うわ。間違いなく違う。と、思いたい。筋肉で持ち上がったみたいなものだし。」


「え?! 聖剣は力持ちの方でも持ち上がるのですか?」


「んな訳ないでしょ! きっと何かの間違いよ! それよりも、もう一人の方よ。」


「もう一人の方ですか、どうなりましたか?」


「うーん、そいつもはっきり言って勇者じゃなかったわ。一応聖剣を持ち上げたけどね。」


「え!? 持ち上げたのですか? でしたら………。」


巫女は今度こそ目をキラキラさせながら、期待の籠った思いで尋ねた。


「その方は、聖剣を持ち上げたのですよね? では、勇者では?」


「うーん、その事なんだけどね、ハッキリ言って勇者じゃなかったわ。私の鑑定眼でこっそり鑑定したから、でもね、その男、面白い男なのよ。」


「面白い殿方ですか?」


「そう、職業は忍者。まあ、それはさして珍しくないんだけどね、ファーイースト国に多く居るから。それよりもクラスよクラス。なんと超忍だったのよ!」


「ちょうにん? 何ですか? それは。」


巫女は興味深々といった様子で、サーシャに話を促した。


「まあ聞きなさい、巫女殿。私も長い事生きてるけど、超忍なんて見た事も聞いた事もないわ。普通忍者ってのは上級職でもマスター忍者までよ。それを更に超えるクラスなんて、面白いと思わない?」


「は、はい。そうでしょうね。私には解りませんが、聞いた事も無いクラスというのはそれ程凄いのですか?」


巫女はクラスについてそこまで詳しくなかったが、当のサーシャは興奮していた。


「凄いなんてもんじゃないわよ! 今まで見た事も無いクラスよ! 世の中はまだまだ未知に溢れているって事でしょ? 私もまだまだ知りたい事が増えたわ!」


「そ、それはなによりですね、サーシャ様。」


巫女は少し引いたが、サーシャが珍しく興奮しているので、きっと相当な殿方なのだろうなと思う巫女であった。


「しかもその男、義勇軍なのよね。そして、実力を隠している節があるのよ。ね! 面白そうでしょ?」


「そ、そうですね。勇者候補では無かったのは残念ですが、そういう殿方が居るというのは心強いですね。」


巫女は冷静に対処し、サーシャは興奮気味に話し、側仕えは興味無さげに聞いていた。


しかし、巫女は肩を落とした。勇者を見つけたと思っていたのだが、そうでは無かったので落胆した。


「中々居ませんね、勇者に相応しい殿方は。」


「焦っちゃ駄目よ、巫女殿。世の中は広いわ。必ず居る筈よ。勇者は。」


「そうですね、引き続き探したいと思います。」


巫女がそう言って、自分の部屋へ戻ろうとしたところ、サーシャが不意にこう言った。


「巫女殿、もしかしてかもしれないけど、あの殿方。巫女と同じ女神の使徒かも………。」


サーシャは自信が無かったので、その言葉は小声だった。


その言葉を聞き逃したのか、巫女は礼拝堂を後にした。


「まあ、その内解るわ。ジャズ、早く来なさい。いいわね。」


礼拝堂には、誰も居なくなってしまい、静かに、厳かに女神像が佇んでいた。



  クラッチの町――――



 俺は噴水広場で食後の休憩をしていた、満腹感が心地よい。


広場には他に何人かの人が寛いでいる。そんな中に、一人のローブを身に纏った人物が居た。


「うん? 黒ローブではなさそうだが、はて? あんなのこの町に居たっけな?」


それとなく見ていると、その白いローブを身に纏ってフードを目深に被った人は、おもむろに立ち上がり、こちらへと歩いて来た。


「な、なんだ?」


そして、俺に声を掛けてきた。


「あの、もし、貴方はアリシアの英雄殿ではありませんか?」


ふーむ、声からすると女性だが、さて、アリシアの英雄か………。


「人違いでは?」


すっとぼけてみたが、目の前の女性はフードを外し、その素顔を露わにした。


びっくりした。物凄い美少女だ、エルフの美少女だった。


「なぜ? とぼけるのですか? アリシアの英雄殿。」


「い、いえ、ただ何となく。」


ふーむ、それにしても、サーシャといいこの美少女エルフといい、何で俺がアリシアの英雄だと見抜くんだ? 何が何やらさっぱりだぞ。


「なぜ俺の事をアリシアの英雄だと?」


「貴方のその白銀に輝くオーラですわ。それで、もしかして英雄殿なのではと思いまして。」


「なるほど、オーラですか。」


流石にオーラまでは消せない。やり方が解らん。


「それで、俺に何用ですかな? エルフのお嬢さん。」


俺が尋ねると、エルフの美少女はコホンと咳払いを一つ、そして、畏まった様子で語り始めた。


「私はユーシア。御覧の通りエルフです。アリシアの英雄殿、貴方に依頼をしたいのです。」


「依頼ですか? 一応自分は冒険者ですので、お話はギルドを通して貰えますか。」


俺が言うと、ユーシアは困った様な表情をして、更に言葉を続けた。


「いえ、冒険者ギルドへは依頼を頼めないのです。それに、これはアリシアの英雄殿への個人的な依頼ですので。」


ふーむ、個人依頼という事か。しかし、わざわざアリシアの英雄に依頼とは、よっぽどの難しい依頼の予感がするな。


やれやれ、中々ゆっくり出来んな。何時になったらスローライフを送れるのやら。


「解りました、お話だけでも聞いてみます。但し、依頼を受けるかどうかはこちらで判断致します。よろしいかな?」


「はい、それで構いません。では、改めて依頼内容を伝えます。」


ユーシアは期待の籠った眼差しでこちらを見つめ、両手を胸の前で組み、まるで祈る様に語った。


「アリシアの英雄殿、貴方に依頼したい事は、私の母の形見である、魔法の杖、ウィザードロッドを取り返して欲しいのです。」


「魔法の杖? 母の形見とは随分と重い内容ですな。それで、誰にウィザードロッドを奪われたのですかな?」


「はい、それは、オークです。モンスターのオークの軍勢に奪われたのです。」


オークの軍勢? そりゃまた、穏やかじゃないな。


「何処で奪われたのですか?」


俺が訊くと、ユーシアは暗い表情をして、東側の方向を指差し、こう言った。


「バルビロン要塞………です。」




















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