第135話 ゴップ王国潜入任務 ②


 迂闊だった。


まったくもって迂闊だった。


ここは敵地、そして自分はアリシア王国の軍人。兵士だ。


迂闊にも軍服を着たままだった、着替えればよかった。


せめて、冒険者装備に着替えればよかったのだ。なのにこのあり様だ。


だからなのだ、この様な連中に見つかってしまったのだった。


「へっへっへ、いいから有り金全部と食料を置いて行きな。命までは、まあ取るかもな。へっへっへ。」


「おっと、そっちの姉ちゃんは俺達にご奉仕しなきゃ駄目だぜ。ひゃっはっは。」


「おらおら、さっさとしねえか! 早くしろってんだよ!」


あちゃあ~、見つかってしまったか。しかもこいつ等、山賊まがいの行動をしながら、どう見てもゴップ軍の軍服を着てやがる。


まったく、同じ兵士とは思えんな。よくもまあ臆面も無く追いはぎなんぞやるもんだ。


ゴップ軍は士気が低下してるなんてもんじゃないぞ、ここまで腐ってやがるのか。


「ねえ、兵隊さん。やちゃっていい?」


ちびっ子はやる気みたいだ。まあ血気盛んな年ごろのお嬢さんだからな、暴れたいのだろう。


「好きにしなさい。もう俺は知らん。」


ここはちびっ子に任せてみるか、ちびっ子は強いから滅多な事にはならんだろう。


どうせ答えてはくれないだろうが、一応聞いてみる。


「おいお前等、ここにアリシア軍の騎馬隊が通過したと思うが、見なかったか?」


「知らんな、知っていたとしても教える訳ねえだろうが。」


ふむ、おそらくここを通過したんだな、グラードル将軍たちの騎馬隊は。


そして、それを見ながらこいつ等は隠れていたという訳だな。で、敵が過ぎ去っていったからいい気になって、士気が低下、追いはぎに身をやつしたと。


実に解りやすい奴等だな。遠慮はいらんという事か。


「ちびっ子、やってしまいなさい。」


「オッケー!」


そして、あっけなくゴップ軍の三人の兵士は、やられてしまったのだった。


南無~。って言うか、バルク将軍が言っていた通り、治安は悪いみたいだな。


本来は旅人や国民を守るべき軍人が、まさか山賊まがいの事をやっているとは、この国は大丈夫か?


まあ、知ったこっちゃないよな、兎に角、忍者装備に着替えなきゃ。


物陰に入り、アイテムボックスから冒険者装備を取り出す。


着替えて、軍服をまたアイテムボックスに仕舞う。


ふうー、これでどこから見ても一般の冒険者に見える筈だ。やれやれ、初めからこうしておけばよかった。


余計な時間を食ってしまった、急がねば。グラードル将軍が今どの辺りに居るのか、まずは調べないと。


何処か近くに町や村はないかな? おや? 遠くの方に小さいが、町らしき集落が見えるぞ。


「おい、ちびっ子、あそこの町まで行って情報収集をするぞ。」


「うん、解った。こっちはもう片付いた。まったく、こいつ等何がしたかったんだろうね?」


「そう言うなよ、治安が悪いって事だし、軍人にも色々とあるんだろうよ。ほら、行くぞ。」


こうして、俺達は遠くに見える町まで、道を行くのだった。


道中、特に問題は無かった。さっきの軍人は何処の部隊だったんだかな。


 町の近くまで来たところで、異変に気付いた。


「ねえ兵隊さん。何か様子が変じゃないかい?」


「ああ、確かに、黒煙が上がっているな。急ぐぞ!」


俺達は駆け出した。何か嫌な予感がする。まさかとは思うが、グラードル将軍の部隊の仕業か?


俺達が町に着いた時には、既にひと騒動あった後だったみたいだ。


どう見てもゴップ軍の軍服を着た兵隊が、町の人々を襲い、奪い、殺していた。


最初はグラードル将軍の部隊がやっているのかと、嫌な気配がしたが、どうやら違ったようだ。


「こいつ等、略奪してやがる!」


「な、何で同じ国の人を襲うのさ! このゴップの兵隊たちは!?」


嫌な光景だ、虫唾が走る。本来守るべき国民を、その国の兵士が容赦なく殺して、女を犯して、食料を奪っていた。


俺は、頭に血が上るのを、感じていた。


「お前等あああああああああ!!!」


気付いた時には、俺は武器を抜き、敵陣に向かって走り出していた。


自分でも、何がなんだか解らなくなっていた。意識と思考が一瞬、途切れたようだった。


そして、頭の中が真っ白になった。


………………………………。


……………………。


……………。


 ハッとした瞬間、俺は我に返った。


気付いた時にはもう遅く、視線を下ろすと俺の両手は敵兵の血で、真っ赤に染まっていた。


返り血を浴びたらしく、服が赤黒く染まっている。


「兵隊さん、あんた……………。」


ちびっ子は、少し怖がっている様子だった。


辺りの様子を見ると、そこには沢山の敵兵が倒れていた。


三十人は倒れているだろうか、それを俺は殺してしまった様だ。


そうか、俺、気が立って、この場で暴れてしまったのだな。


「あ、………その、………ちびっ子、俺、怒りで我を忘れて。」


「………あっちに井戸があったから、そこで服を洗ったら? そのままじゃ流石に不味いと思うよ。」


「あ、ああ。そうする。」


ちびっ子の言う通りにし、井戸まで行って、水を汲み、頭から水を被り、返り血を洗い流す。


「冷た、はは、頭を冷やすには丁度いい。」


俺は何度も水を被り、服も体も、そして心も洗い流す気で、何度も井戸水を頭から被る。


 しばらくして、服も体も綺麗になって、またちびっ子の元まで歩く。


「待たせたな。」


「いや、もういいのかい? 兵隊さん。」


「ああ、落ち着いた。もう大丈夫だ。頭も冷えた。」


「そうかい、ならあたいは言う事はないよ。それと、さっきからこの町の町長さんが待っているけど、何かあたい達にお礼がしたいんだってさ。どうする?」


「………情報が欲しい、話をしよう。」


俺が言うと、ちびっ子の隣に居た一人の老人が、ほっとした様な表情で、俺に話しかけてきた。


「さて、まずはお礼を言わなくてはなりませんな。この町を救って頂き、ありがとうですじゃ。」


町長さんはお礼を言い、周りの様子を見ながら、こちらの事を気にかけている様子だった。


「大丈夫ですかな? あなたは人を殺すのに慣れていらっしゃらない様子でしたが、しかし、この町を襲った兵隊どもを殺す時は、何と言うか、鬼気迫る迫力がありましてな、ちと、声を掛け辛くての。」


「はは、いつもはこんな感じじゃないですよ。自分でも冷静でいようと努めていますが、いやはや、上手くいかないモノですね。まだまだ未熟という事だと思います。」


「ふぉっふぉっふぉ、人間、是日々修行ですじゃ。わしなど震えていただけでしたわい。で、ここまでして頂いて申し訳ないが、あんた方を詮索する気はありませんじゃ、早くこの町から出て行かれてはどうかの?」


町長さんはすまなさそうにしながら、こちらに出ていけと言った。


「それは、どういう。」


「経過はどうあれ、結果は御覧の有様じゃ。わし等が抵抗したと思われるかもしれんでな、この国の兵隊を手に掛けたんじゃ。只では済まんじゃろうて、この町は潰されますじゃ。その前にわし等生き残った者で、この町を出て行くつもりですじゃ、もうずっと前から決めていた事でしてな。」


この町を去る? 何でだ? 行く当てはあるのだろうか?


「町長さん、この町を去って、行く当てはあるのですか? また、この町をこのままにしておくのですか?」


俺の問いに、町長さんは決意を持った表情で答えてくれる。


「駄目なのですじゃ、この国はもう。」


町長さんはぽつりと零した。


「もう、この国は駄目なのですじゃ。末端を切り捨てる政策に、中央だけがいい思いをするやり方に、嫌気がさしたのですじゃ。もう、ずっと前から皆で話し合って決めた事でしてな。いい機会ですじゃ、もうここを去りますわい。それに、この町だけではありませぬ。他にもきっとこの様な有様ですじゃ。」


そうか、この国の実情はここまで悪化していたのか。治安が悪いだけじゃない。人々の心が沈んでいる。


手遅れ感が否めない。ゴップ王は駄目王と言われているらしいが、ここまで酷いのか、この国は。


幾ら戦争とは言え、兵隊が好き勝手暴れて、国民が被害を被って、それを知らん顔して貴族などの特権階級はのうのうと暮らしているってか?


アリシアとの戦争も、ひょっとしたら仕組まれているのかもしれんな。


だとしたら、それは誰が、何の目的で?


頭に闇の崇拝者やダークガードの存在がぎる。奴等の仕業か? いや、そうとも限らんか。


事前情報によると、もうこの大陸には闇の崇拝者は居ないらしい、ダークガードも十人と居ないらしい。


だとすると、やはりこの国の駄目王が原因か。


はてさて、情報も碌に得られぬままだな、俺達はこの場を後にするとしよう。


町長さんと別れ、お互いの無事を祈りつつ、街道を更に東へと進んで行く。


まあ、グラードル将軍の部隊が略奪行為をしていなかったのが、唯一の救いだったな。


これ以上、アリシアの不評を買う訳にはいかないからな。


さて、グラードル将軍はどこまで行っているのかな。検討を付けていかないとならないかもな。


















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