第100話 敗北、そして………
目の前にはダークガードの女、後ろには駆け出し冒険者達、今ここでこの女に対処できるのは、おそらく俺とフィラだけだろう。
(迷ってはいられない! しょっぱなから飛ばしていく!)
小太刀を構え、精神コマンドの「気合」を3回、連続で使用し、気力を30まで一気に上げる。
(よし! 気力充実!)
気力30というのは多くの場合、必殺技を使用する時などに必要となるのが、気力30というのが一つの目安になっているからだ。
勿論、気力が上がれば、色々と戦闘などに影響するので、気力は高い方がいい。
お次は「必中」、「熱血」、「フルパワーコンタクト」の重ね掛け。
残りの精神コマンドの使用回数は、残りあと2回分。「不屈」はまだ使わない。
初手で決めるつもりだ、一気に闘気を練り上げ、小太刀に纏わせる。
「? うふふ、何をするつもりなのかしら?」
ダークガードの女は余裕の表情でこちらを観察している、チャンスだ。これで決める!
(大丈夫、体があの時の事を覚えている。あの感覚、真のスラッシュをぶちかます闘気の流れを!)
俺は身構え、小太刀を逆手に持ち、フックの要領でごく自然体に体を動かし、女に向かい一気に小太刀を振り抜く。
「必殺! 横一文字斬りぃぃぃぃ!!!」
目の前に、真空の刃が出現、よし! 上手くいった。もうスラッシュは自分のものにしたといってもいいだろう。
そして、勢いよく刃が飛び、音速を越える速度でターゲットの女へと飛翔し、捕らえる。
「!?」
女の表情から余裕の笑みが消え、腕をクロスさせ、防御の姿勢を取る。
(反応が早い! 見切られているのか?)
マグマ戦の時とは違う。相手に身代わりの護符があるとは思えない、そういう小細工を弄する者では無いと思ったからだ。
勿論確証はない、ただ、実力で相手をねじ伏せるタイプだと直感しただけだ。
真空の刃が飛び、女に命中、だが、クロスした腕に阻まれ、貫通はしていない。
「くっ!?」
女が初めて焦りの声を上げたような気がした。
そして、「ふん!!」という掛け声と共に、俺のスラッシュを上方へと弾き飛ばした。
「な!? なんだと!? 素手でスラッシュを弾き飛ばしただと!?」
何て奴だ! どうなっていやがる。幾ら何でもこれは反則ではないのか? スラッシュを弾くなんて!
この強さ、まさか………………。
俺の必殺技を軽くいなし、呼吸を整えた後、ダークガードの女はこちらを見て一言。
「……貴方……」
女の表情から余裕が消え、目が細められて危険な光が宿る。
「………少し危険ね。」
次の瞬間、女はギアを一段階上げたのか、動きが突然素早くなり、あっという間に俺の横を通り過ぎた。
(何? 狙いは俺じゃないのか?)
女は物凄い速さで接敵し、まず男爵の顎を掌ていで打ち、そのまま気絶させる。
「ぐがっ!?」
「「「 な!? 」」」
取り巻きが驚いている隙に、三人にそれぞれ、正拳突き、裏拳、回し蹴りをかまし、一撃のもとに倒す。
「が」 「ぐぼ」 「がは」
ガイア、オルテガ、マッシュはそれぞれその場で倒れ込む。
「は、はやい!?」
続いて、ガーネットが矢を番えている間に、後ろへと回り込み、ガーネットの後ろ首に手刀を見舞う。
「あ、」
ガーネットはそのまま膝からがくんと崩れ落ち、パタリと倒れ気絶する。
次に反応したのはフィラだ。斧を構え、そのまま突進し、距離を詰める。
「はあっ!!」
フィラのバトルアックスが振るわれたが、女は余裕でこれを躱す。
そして、返す刀でフィラの腕を取り、そのまま投げ技を仕掛け、フィラが宙を舞い、ドサリと地面に叩きつけられる。
「がはっ!?」
そして、空気が静かになった。
(なんて女だ。あっという間に6人。)
こいつは………。
「エースだ。」
間違いない。この女はエースクラスの存在だ。
エースとは、レベルが一桁違う奴の事だ。見た目は普通だが、中身が全然番う。
紛れも無くこの女はエースだ。
駄目だ、勝てない。次元が違う。相手はエース、俺は只の雑魚。
はなから勝負にならない。ここで無理して戦ったところで、結果は見えている。
がくがくと足が震えている。怖いんだ。情けない。そして動けない。
「あら? 大人しくなったわね? さっきの勢いはどうしたのかしら?」
圧倒的、ひたすら圧倒的な力量差を前に、手も足も出ないとはこの事だ。
(初手で倒すつもりだった。だが、通用しなかった。)
負けだ。俺の、完膚なきまでに負け。
「まあいいわ、貴方はちょっと危険だから、ここから飛ばすわね。」
そう言って、女は転移装置まで行き、コントロールパネルを操作しはじめた。
「まあ、何処に転移するかは解らないけどね。………………あと一回しか出来ないか。まあいいわ。」
動けない、動いたらやられる。その恐怖が俺を縛り付ける。
相手との力量差が解る時点で、恐怖が込み上げてくる。
今の俺の全てを掛けた一撃は、素手の女に通用しなかった。これが強者との差。
まあ、俺は只の雑魚、この女はエース。ハッキリ言ってこの結果は当たり前。
よくやったよ、俺。だがもうここまでだ、今の俺には何も出来ない。
「それじゃあ、転移させるわね、ばいばーい。」
俺の足元に光輝く魔法陣が現れ、俺の体が重さを感じなくなってきた。
宙に浮かぶ感覚がし、ああ、このまま何処かへと転移されるのかと、諦めていた。
だが、ここで何かに突き飛ばされて、転移魔法陣の外へと弾き飛ばされた。
「うわっ!? な、何だ?」
そこには、俺を庇って突き飛ばしたフィラが、俺の代わりに転移されそうになっていた瞬間だった。
何!? フィラ!!
いかん! このままじゃフィラが何処かへと飛ばされる。
だが、もう遅い。転移魔法はすでに発動状態だった。
(間に合わん!!)
俺は咄嗟にフィラに伝える。
「フィラ! 聞け! お前の思う通りに行動しろ! いいな!!」
「はい! ご主人さ………………」
次の瞬間、フィラは光と共に消滅し、その姿をかき消した。
フィラは転移した、いや、させられた。俺の身代わりに。
「なにやってんだ! 俺は!」
そこで、うふふふと笑う声が聞こえた。ダークガードの女だ。
「あらあら残念、目的の男を狙ったのに、貴方の代わりに別の女が転移しちゃったわね。装置の魔力も無くなった事だし、まあ、いいわ。もうここには用は無いから、私は行くわね、ごきげんよう。」
「待て! フィラを何処へ転移させた!」
「さあ? 知らないわ、だってランダムに設定したんだもの。うふふふ、何処かしらねえ?」
女は腕を上げ、その指に嵌まっているテレポートリングを発動させた。
「おいおい! ここで逃げるのかよ!」
「だって、もうここには用は無いんだもの。じゃあね、縁があったらまた会いましょう。さようなら。」
その言葉と共に、ダークガードの女は忽然と姿を消した。
「テレポートリングか、もう無駄だな。何処に行ったのか解らん。」
だが、これではっきりした。やはりここの大規模転移装置は生きていて、稼働状態にあったという事だ。
ならば、もう悪い奴に使われない様に、今ここで壊してしまった方がいいな。
俺は零距離スラッシュ、「パワースラッシュ」を使い、部屋の中央にある転移装置に向かい、攻撃、装置を壊した。
「これで、もうこの装置は使えまい。」
辺りは静寂に包まれた。散々たる光景だ、みんな意識が無いだけで、命に別状はないのがせめてもの救いか。
{シナリオをクリアしました}
{経験点1000点獲得しました}
{ショップポイント500ポイント獲得しました}
{スキルポイント5ポイント獲得しました}
どうやらシナリオをクリアしたらしい、いつもの女性の声が頭の中で聞こえた。
「…………シナリオクリアか、これのどこがクリアだってんだ。」
たった一人の女相手に、姐御は歯が立たず、フィラは
ガーネットも男爵たちも、気絶させられ、俺に至ってはこの体たらくだ。
あの女は逃げたんじゃない、こちらが取るに足らない存在だと認識し、見逃してもらったというべきところか。
これのどこがクリアだってんだ。
フィラの事が心配だが、今の俺が何を出来るのかが解らない。諦めかけたその時、不意に頭の中に直接女性の声で、優しく語り掛けられた。
『山田さん、山田太郎さん、聞こえますか?』
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