第70話 アリシア動乱 ⑨



  王都アリシア  スラム街の繁華街――――



 スラム街の街中を、ニールは駆けていた。そして、困っていた。辺りをキョロキョロと見まわし、ここが何処だか解らなくなっていた。


「まいったなあ、ここ何処だよ、急がなきゃならねえってのに。」


ニールは迷子になっていた。


 ジャズから頼まれた「女神神殿」へ行って、第二王女サナリーの襲撃計画を聖騎士や王女に伝える為、飛び出したはいいが、まったく解らなかった。


「女神神殿って何処にあんだよ! こっちは急いでるってのに!」


 スラム街の中はどこも似た様な建物ばかりで、道にも看板などは無かった。迷子である。


「王都に来たのは初めてだからなあ、無理も無いが、どうしたもんか。」


ニールは更に辺りを見回し、神殿らしき建物が見えないか見回す。


だが、ここにはそれらしき建物は見えなかった。


「こりゃあ、完全に迷子になったな、恥はかき捨て世は情け、ここは一つ、誰かに聞いてみねえとな。」


 ニールは街行く人に声を掛けて、女神神殿の場所を聞こうと辺りを見て、人を探した。


「何か、どいつもこいつも目がギラついていて、怖いなあ、誰か優しそうな人にしよう。」


ニールはスラム街に住む人々にビビッていた。顔が怖い人ばかりだったのだ。


 王都に来たのも初めてなので、右も左も解らないので、誰か優しそうな人に尋ねる事にした。


「誰か優しそうな人はいないかなあ~、あ! あの人なんて良さそうだな。よし、あのおじさんに聞いてみよう。」


 ニールが発見した人は、酒場の店先の路地裏で「おえ~~~」と吐いているおじさんだった。


 ニールにとって、ぱっと見、優しそうなおじさんに見えたので、早速声を掛ける為、おじさんの元へと歩み寄る。


「なあ、そこのおじさん。ちょっと聞きたい事があるんだが。」


 吐いている男は、吐しゃ物を地面に落としながら、ハア、ハア、と息を切らしながらもニールに返事をした。


「後にしろ、今忙しい、おえ~~。」


「あ~あ~、おじさんあんた飲みすぎなんだよ、しっかりしろよ。」


ニールは男の背中をさすりながら、介抱した。


「す、すまぬな。おえ~~~。」


「飲みすぎなんだってば、もういい年なんだからさ、自分大切にしろよ。吐くまで飲むなよ。」


「何を言っておる、この程度、呑んだ内に入らんわ。まだまだいける、まだ呑むぞ。」


「もう酔いが回ってんじゃねえか、もう止めとけよ、体壊すぞ。飲みすぎは体に悪いぞ、こんな事若者の俺に言わせるなよ。」


「な~に、まだまだ! おえ~~。」


ニールは失敗したかな? と思わなくもなかった。酔っ払いの相手はしたくなかった。


 だが、この男は見た目が他の人よりかは、随分と物腰柔らかそうだったので、声を掛けたのだ。


「大丈夫かよ、おじさん。」


「ああ、もう大丈夫だ、すまぬな、世話を掛けた。ところで、聞きたい事があると申しておったな、俺に何用かな?」


「あ、そうだった。なあおじさん、女神神殿がある方ってどっちだい? 俺、この街、って言うか王都に来たのも初めてなんだよ。だから神殿がある所が解らなくてさ、ちょっと教えて欲しいんだけど。」


「ほーう、女神神殿へ用向きか、中々信心深くて何よりだ。若いのに立派な心意気よ。」


男はニールを褒めたが、ニールはそれどころでは無かったので、スルーした。


「それはいいから! 早く女神神殿の場所を教えてくれよ、時間が無えんだよこっちは。急いでんだよ。」


「待て待て、そう早るな、ここから女神神殿の場所はな、この道を真っ直ぐ行って………。」


男が道順をニールに教えようと、指を道の方へ向けたその時だった。


 丁度男が指を向け、指した方向に一人の黒い鎧を身に着けた男が、その手に曲刀のシミターを持ち、抜き身で構えていた。


 黒い鎧を着た男には、ニールは見覚えがあった、この国の第二王子、アロダントの使いの者であり、そして、こちらを攻撃してきた奴等であった。


ニールは焦る、まさかこんな所に「敵」が居るとは思わなかったのである。


「ん? そなた、こんな街中で武器を抜くなど、危ないではないか。仕舞いなさい。」


酔っ払いの男がそう言うと、ニールは背中の大剣の柄を握り、身構える。


「おじさん逃げろ! こいつは敵だ! こっちを攻撃してきたんだ! 早く逃げるんだ!」


「何を言っておる? そういえばそなたの着ている軍服はアリシア軍の服ではないか。そなたは軍人であったのかの?」


 酔っ払い男がそう言うと、シミターを持つ男が、ゆっくりとした足取りで近づき、こちらに声を発した。


「ダイサークだな。お命、頂戴する。」


「なに!? 貴様、俺をダイサークと知って仕掛けて来るというのか? どこの手の者だ!」


ニールは背中の大剣を抜き、身構える。


「おじさん! 早く逃げろ! ここは危ない!」


「そうもいかん、俺が狙われているらしいのでな、それに、俺は今千鳥足だ。逃げた所ですぐに追いつかれるであろう。」


「おじさん! こいつ等はアロダント第二王子の私兵なんだよ! 何か知らんがこっちを攻撃してきているんだよ! ここは危ないから、おじさんは早く逃げるんだ!」


しかし、シミター男は更にこちらに向かって歩いて来る。


「ダイサーク、覚悟せよ。」


「おのれ、アロダントの奴め、とうとう俺を始末しに追っ手を差し向けてきよったか。」


「え!? おじさんが狙われているってのか?」


「うむ、どうやらそうらしいのう。」


それを聞いたニールは、シミター男の前に立ち塞がる。


「おじさんには女神神殿の場所を教えてもらわなきゃならねえからな、ここでやらせる訳にはいかないぞ!」


「雑兵が、邪魔をすると怪我では済まんぞ。」


「俺だって、あの厳しい訓練に耐えてきたんだ、ここでやられる訳にはいかないんでな!」


ニールは大剣の切っ先を相手の男へ向ける。シミター男も武器を構える。


「俺は「エイト」、ナンバーズの「ナンバーエイト」だ。」


「俺はニール、「大剣使いのニール」だ! ここは通さん!」


ここに、ニール対エイトの一騎打ちが始まった。


 先に動いたのはニールだ。バスタードソードを両手に持ち、振りかぶりながら突撃、攻撃の間合いに入ると同時に振り下ろす。


「フン!」


 しかし、エイトは体を半身で反らし、ニールの攻撃を軽く躱す。そして、その反動を利用して、シミターをニール目掛け横に振る。


「いて! 畜生! 中々やるな!」


 ニールは左手の腱を切られ、片腕が使えない状態になった。だが、ニールは右手だけで大剣を持ち、構える。


「やはり雑兵であったか、………む?」


しかし、エイトの頬から、一筋の血が滴って来た。


ニールの攻撃は、エイトの顔に掠っていたのだ。


「血、………俺の、血………。」


エイトはわなわなと震えだし、眼光が鋭く光る。


「よくも、………よくも! よくも! よくもおおおおおおお!!」


エイトは突然、気がふれたかの様に叫びだし、ニールに回し蹴りを喰らわせた。


「うぐっ。」


 ニールは吹っ飛び、地面に倒れる。しかし、武器だけは手放さなかった。リカルド軍曹からの教えである。


「貴様あああああ! よくもおおおおおおおーーーーー!!!」


エイトはニールに向かい、飛び込んだ。何も考え無に。


ジャンプし、シミターを両手で持ち、上から武器を刺し込もうと高く飛び上がる。


 ニールは咄嗟にバスタードソードを片手で力の限りに振り上げ、上方へその切っ先を向けた。


そこからは実に簡単だった。


ニールが大剣を上へと構え、エイトは落下してくる自身、空中では身動きがとれない。


 そのままニールの大剣の切っ先に向かって落ちていき、ズブリと胴体に深々とバスタードソードが突き刺さった。


「ハア、ハア、な、何だってんだよ!」


 こうして、「ナンバーエイト」はニールによって倒され、ダイサーク第一王子はその命を救われたのであった。


 この戦いを遠巻きながら、見ていた者達が居た。スラムに住む住民だ。人々は口々にこう噂していた。


「ダイサーク様が襲われた。」


「アリシア軍が守った。」


「ダイサーク様をアリシア軍が守った。」


 酔っ払い男とニールの周りに、いつしか人が集まりだして、皆、一様に拍手喝采や歓声を上げ、スラム街は大いに盛り上がりを見せた。


ニールは訳が解らず、只一言、呟いた。


「な、何だってんだよ。もう!」









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