シエナファミリー、王都へ行く (前)

第145話 紛らわしいぃ!


「フフフッ…ついに、ついにやってやったぞ!」


 深夜。奇妙な笑い声のせいで僕は目を覚ましてしまった。


「も…う…こんな夜遅くにどうしたって言うんですか?」


 目をこすりながら声の主のもとへと近づくと、深夜だというのに浮かれた様子シエナさんが手にしていた何かを掲げていた。


「起こしてしまった。ならちょうどいい。ついに完成したんだよ」

「かんせい……完成⁉」


 『完成』という言葉に僕の僕の眠気は一気に吹っ飛んだ。


「完成ってついに完成したんですか⁉」

「あぁ。だからそう言っているだろ」


 基本的に怠そうな表情のシエナさんにしては珍しく、口元をほころばせながらその瞳が少し輝いているように見えた。


 これでついに、ついに! 僕の日本帰還計画がゴール間際まで前進したんだ!


「ありがとうございます…僕のために」


 つい感情が高ぶり、目頭が熱くなる。

 そして目に浮かぶる母、弟、妹、友人の…


「ん? 何を言っているんだ? これは居酒屋でつけ払いができなくなった時にお前と居場所を交換して身代わりになってもらうための””だぞ?」

「………は?」


 …え? え? ちょっと何言ってるかわからない。

 

 理解に苦しむ僕を見て、手にしていた二つあるブツのうちのひとつを僕の手のひらを置く。

 形状はペンダントヘッドのようだが、それを渡されたところで理解を深めるなど到底できるはずもなく、謎は深まる一方だ。


「まぁ、実際に見た方だ早いか」


 そう言うとシエナさんは僕が寝ていた寝床にゴロンと横になる。


「あの…シエナさん? あなたが一体なにを―――」


 そう言いかけた時だ。

 ジェットコースターでテッペンから落ちた時のゾワッとした感覚が全身に突如として訪れたかと思ったら、いつの間にか僕はさっきまで自分が寝ていた寝床に立っていた。


「あれ⁉ な、なんで⁉」


 そして、気が動転している僕の目の前、今の今まで僕の寝床で横になっていたはずのシエナさんが何故か僕が今いたと思っていた所で横になっている。その表情は妙に誇らし気で、何故だか無性に腹立たしい。


「うん。マナのない奴でも動作不良なし。成功だ」


 一人手ごたえを噛み締めているシエナさんとは打って変わって完全に置いてけぼりの僕。


「つまりそういうことだ。お前は今瞬間移動をしたんだ」

「そんなバカな…」


 よく漫画とかで目にする空想上の技だと思っていたけど、まさか本当にそんなことができるなんて…。

 

 受け入れがたい現象を否定したい気持ちはあったけど今まさに自分自身の体で体感してしまった以上この現象を真っ向から否定することもできず、半ば放心状態だ。


「信じられない気持ちはよくわかる。だがこの天才にかかれば瞬間移動など造作もないことよ! フハハハハハ!」


 普段怠惰に生きているシエナさんではあるけど、一応この人は魔王を倒したという彗星の一団クワトルステラの一人で、それなりにみんなからの信頼も厚い。そして何よりこうして怠惰に生きてはいるけど冗談は普段からあまり言わない人だ。だから怠惰に生きているこの人が『瞬間移動ができた!』といえば本当にできたということなのだろう。(動機はしょーもないけど)


「おい、チャタロウ。お前今、何か失礼なことを考えていただろう?」


 はい、無視。


「それで。そんなすごい発明ができちゃうシエナ様なんですから僕を元の世界に瞬間移動させてくれるくらいの準備もさぞ進んでいるんでしょうね?」

「………いや、それはまだ」

「なぜなーん!!」


 それからしばらくの間、この家の食卓から毎食おかずが一品減ることとなった。



――――――――――



 翌朝

 僕はいつものように迷いの森ネネツの森の通学路をルリィさんとアイちゃんと一緒に歩きながら昨晩の出来事をルリィさんに話した。


「フフフッ、そんなことがあったんですか」

【まったく。シエナさんのしょーもない発明のせいで無駄に寝不足だよ】

「でも何だかんで言ってしっかりとその装置ペンダントヘッドを身につけちゃっているあたりチャコさんの人柄が窺えますね」


 そう言ってルリィさんは僕の胸元にぶら下がっている転送装置を指さした。


【だって『つけろつけろ』ってうるさいから…】


 僕はもらった転送装置ペンダントヘッドを指でさすりながらため息をついた。(ちなみに転送装置は翻訳ネックレスと一緒につけているから今僕のネックレスにはふたつのヘッドをつけている状態なわけなんだけど、これってファッションセンス的にどうなのかな? 普段こういうのをつける習慣のなかった男子高校生には皆目見当がつきません)


「でも相変わらずシエナさんはすごい人ですね。もしこれが実用化できたらこうして3人で通学路を歩いて行かなくて済むかもって話なんですもんね」


 夢みたいな話に目を輝かせながらもどこか寂しそうな表情を浮かべるルリィさん。


 でもルリィさんの気持ちはわかる気がする。僕も同じ気持ちだから。


 たしかにそれが実現したらとても便利だしとても楽だとは思う。でもそれってつまりこうしてみんなで(主に僕とルリィさんだけど)おしゃべりしながら登校することが出来なくなってしまうということだ。それはやっぱり少し寂しい。


 だからこそ僕は心配の種を早めに摘むことにした。


【でもね。シエナさんいわく『転送装置の今の可動域はせいぜい30メートルくらいなんだって』それにを作るのにも結構な労力と技術が必要みたいだから量産は厳しいらしいよ】


 それを聞いて露骨なまでに嬉しそうな表情を浮かべるルリィさん。


 うんうん。やっぱりルリィさんには笑顔でいてもらわないとね。


【………】


 でもふと思ってしまった。あと何回こうしてルリィさんと一緒に登校できるだろうかと。 もし僕が日本に帰ってしまったら…。

 

 ………いかんいかん。そんな捕らぬ狸の皮算用的な考えは今は置いておこう。まだ帰れると決まったわけじゃないんだから。今はまだ目の前のことに全力で取り組む! それが僕のモットーじゃないか!(嘘)


 僕は邪心を振り払うかのように歩みを速め、二人との距離が少し生じてしまった。

 そんな時、


「チャコさん危ない!!」

【へ?】


 ルリィさんの叫びで僕はすぐに歩みを止め、ルリィさんの視線の先を目で追う。

 すると僕の前方数メートルほどのところに僕の身長ほどはあろうかという巨大ムカデが3体が現れた。


【!!!】


 その3体のムカデのアゴには僕の首など簡単に斬り落としてしまうそうなほどの大きなハサミが備わっており、『ガシャガシャ』と不気味な警戒音らしき音を立てながら徐々にこちらに近づいている。


【………ッ!!!】


 僕は慌てて引き返そうとしたのだが奴らの動きは思いのほか素早く、あっという間に僕との距離を詰めてきたのだが、例のごとくアイちゃんが氷魔法でムカデたちは氷づけにしてくれた。


【あ、ありがとうねアイちゃん】


 僕は尻もちをつきながらもアイちゃんにサムズアップするとアイちゃんは無言のままVサインで応えてくれた。それにしても…、


「大丈夫ですかチャコさん?」

【う、うん。 それでこれ…何なの? 今までこんなのネネツの森で見たことなかったけど…】

「これは『人食い大ムカデズーマ』というかなり気性の荒い虫型の魔物です」


 氷づけにされた巨大ムカデを怪訝そうに見つめながらつぶやくルリィさん。


【えっ!! そんな恐ろしいのがこの森にはいたの⁉】

「いいえ。ズーマは主に魔王城近くの森でしか生息が確認されていないはずなんですけど…」

【なら何で? 生態が変化したとか?】

「それはわかりません。学院についたら先生方に相談するのがいいかもしれなせん」

【うぅ~、今はそれしかできることなさそうだね】


 結果、僕らでは手に負えない案件と判断しこの件に関しては一旦保留して、今は遅刻しないよう僕らの身の安全を意識しながらいつもよりも速足で学院を目指すことにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る