第126話 ライサさんは姉御である (後)


【お邪魔しま~す】


 そして僕はライサさんの部屋に通された。


「あんまりジロジロ見ないでよ」

【はーい】


 と言いつつもキョロキョロしてしまうのは男としてのサガというものだろう。

 でもそれも仕方がないこと。だって以前ライサさんが風邪を引いた際にお見舞いに来た時よりも明らかに小物やぬいぐるみの量が増えているんだもん。


「そこに座って待ってて私、今お茶を淹れてくるから」


 そういうとライサさんは部屋の奥へと消えてしまった。


 僕は言われた通りに部屋の中央に置かれていたテーブルセットの椅子に腰を掛けた…って、あれ? 普通に違和感なく座ってしまったけど、前に来た時はこんなテーブルセットなんて置いていなかった。


【???】

 

 もしかしたらソニアちゃんがここへ遊びに来るようになったからテーブルセットを用意したとかかな?

 ずっと仲違いしていた二人だったけど今ではもうすっかり仲良し姉妹に戻ったわけだし、二人で語らうために必要になったのかもしれない。そうであったなら本当にうれしい限りだ。


【ん?】


 そんな余韻めいたものに浸っているとライサさんが消えた部屋の奥から嗅いだことのある良い匂いが漂ってきた。


「おまたせ」


 ライサさんがティーポットとクッキーを乗せたお盆を両手に持ちながら戻ってきた。

 

【あ、それ! あの時の!】


 以前僕とライサさんとソニアちゃんで料理対決をしたときにライサさんが作ったクッキーだ。


「ちょっと違う。あの時はあまり審査員の評判が良くなかったからあれから自分なりに研究して編み出した『スペシャルクッキー(改)ライサスペシャル』」


 実はあの時タイミングを逃してしまったせいで食べそびれてしまっていた。

 だから内心「一体どんな味なのか」ずっと気にはなっていたので今日それが知れて嬉しい。


「さっき『おいしいもの食べにいこう』って言ったでしょ? これがそうだから。さぁどうぞ召し上がれ」


 珍しく自信過剰気味なことを言うライサさんだったけど、それはやっぱり積み重ねてきた試行錯誤からようやく得られた自信の表れなんだろう。


【うわぁ、おいしそう~】


 テーブルに置かれたクッキーをさっそく手に取る。


「焼きたてなんだからやけどしないでよ」

【だいじょーぶ】


 とは言ったもののやっぱり些か熱かったので僕はすぐに口の中へと放り込んだ。


【…っ…っっ…】


 不安と期待の色が入り混じるふたつの瞳がこちらをのぞき込む。


【…うん! すごく美味しい!】


 お腹が空いていたということを差し引いても本当に美味しかった。

 僕は特段味にうるさい人間ではないけど、このクッキーなら味にうるさい日本の消費者もお金出して買いたいのではと思えるくらいにバランスの良いクッキーだった。


「ふ〜。それは良かった」


 口ではああ言っていたライサさんだったけどやっぱり味の感想が心配だったらしく、僕の言葉を聞いて表情と肩の強張りが一気にほぐれたようだった。


「じゃぁ、始めよっか」

【はーい】


 そして二人で腰を据えて、楽しくティータイムを満喫した。

 ソニアちゃんと実家のある王都へ帰省した時の話や、新学年になっての学院の話、アテラ語の勉強と様々な話をした。でもその中に『サントロス』の話は含まれなかった。


 きっとライサさんなりの気遣いだったのかもしれない。でも『サントロス』は最近の僕らの中では最も熱い共通の話題。それを避けて通ることのはハンバーガーの中にピクルスが入っていないような物足りなさがあるわけで…。


 そんな折、ちょうどカップの紅茶が空になったライサさんが「おかわり淹れてくる…」とイスから腰をあげる。


 だから僕は思い切って切り出した。


【あの、今日はその…ごめんね迷惑かけちゃって】


 水を差す行為だとは思う。ずっと今まで楽しく話をしていたんだから。

 でもやっぱり…ちゃんと話さないと。


 手にした空のカップを持ったまま僕のことをじっと見つめるライサさん。

 「そんなこと気にしてないから。チャコもあまり考えすぎないで」とかそういう言葉が返ってくるのかと思った。でも返ってきた言葉は僕が思っていた以上にライサさんらしい言葉だった。


「別に。チャコに迷惑をかけられるのなんていつものことでしょ? いまさら過ぎ」


 そう言って一度はイスから離れたお尻を再びイスにつけるライサさん。


「まだ学院祭ファビフェスまでは時間があるんだし、いきなり何でも完璧にこなせたらつまんないじゃん。こういう四苦八苦しながらも徐々に洗練されたものにしていく、そういうもの学院祭ファビフェスの一部なんだから今を楽しみなよチャコ」

【…楽しむ】

「そ。私のクッキーと同じ。でもまぁ、私のクッキーには『期限』なんてものはないけどね」


 そういうとライサさんは「今度こそ」とばかりに奥の部屋へと行ってしまった。(…姉御肌。かっけぇッス)


 気持ちは晴れた、ような気はした。

 少なくとも今まで以上に『サントロス』への向き合い方は前向きになれた。でもそんな背中を押してくれたライサさんを僕は欺き、キスをする…そんな不誠実な行為をしなくてはならないことに対する罪悪感だけはより一層増してしまった。



 限界なのかもしれない…。

 もう真実を話すしかない、そうとさえ思えた。


 でもそんなことしたら僕の日本帰還計画は頓挫しかねないし、学院祭ファビフェスだってままならなくなるに違いない。


「おまたせ」


 おかわりの入ったティーポットを持ってきたライサさんを見て、僕の心は揺らいでいた。

 

 でも話さなくちゃ…。僕の我儘でこれ以上ライサさんを傷つけるなんてやっぱり僕には…。


 僕は意を決した、


【あn――】

「ねぇ、チャコ」


 …が。僕は言葉の早撃ちに負け、見事言葉の覆いかぶされた。


【は、はい】

「ソニアとなんかあった?」

【!!!】


 以外だった。

 まさかここでソニアちゃんを聞かれるなんて思いも寄らなかったから。


「最近のあなたたちを見ていると何だか大丈夫かなって心配になる」


 たしかに傍から、それも肉親から見ればソニアちゃんの僕に対する様子は明らかにおかしかったと思う。僕も数日前までは未だに原因はよくわからないけどソニアちゃんから避けられていたことは自覚していた。


 そしてあの出来事ほっぺちゅー

 あれから更に距離を置かれることになって姉として心配だったであろうことは重々理解できる。


【その、…私にもよくわからないんだけど、とにかく心配しなくて大丈夫だから】


 ソニアちゃんが一体なんであんなことをしたのか意図はよくわからないので事の詳細は説明できないけど、とにかく心配させまいと笑顔を取り繕ったつもりなのだが…、


「するに決まってるでしょ! の様子がおかしいんだから!  何があったのか知りたいし、何か力になれることがあれば協力したい! そう思うのは当然でしょ!」

【大切な人…たち】


 それってライサさんにとって僕も大切な人って…ことだよね。


「あ、いや、今のは勢いで…」


 まるで照れ隠しのように発した言葉を訂正しようとするライサさんだったけど今度は僕がライサさんの言葉を遮り、言葉を重ねた。


【わ、私も。私もね、ライサさんのことは大切な人って思ってるよ】

「うっ…ど、どうせ私がいないと元の世界に帰れないからっておべっか言ってるだけでしょ? 知ってますとも。あー知ってますとも!」

【そんなんじゃないのに…】


 のべっかなんかじゃない。本心からそう言っているつもりなんだけど、それを誠心誠意伝えようとしても今のライサさんはきっと照れを隠すため聞き入れてくれそうにない。だからと言って【バレちゃった?】なんて冗談っぽく言葉を返すことは絶対に嫌だったのでもう苦笑することしか僕に許された選択肢はなかった。


「あー、なんだかチャコのせいで熱くなっちゃったじゃない」


 そう言いながら赤くなった顔を手の平でパタパタと扇ぐライサさん。


【私のせいなの?】

「それ以外いないでしょ。 まぁいいわ。とにかくソニアとのことは何の心配もいらないってことよね?」

【うん】(今のところは)

「ならいいわ。私の勘違いだったってことで。でももし本当に困ったことになっているならちゃんと私にも相談してよね?」

【はーい。わかりました。友人に相談させてもら――っ!!】


 ちょっと悪ふざけが過ぎたのか、そこでライサさんにテーブルに置いてあったお手製クッキーで口封じとばかりに3枚も突っ込まれてしまった。


 

 結局その後僕らは時間が許す限りティーパーティーを楽しんだ。

 僕の決心だとか、ソニアちゃんとのほっぺちゅーだとか、お芝居でのキスシーンのこととか全部置き去りにして二人で盛り上がれるだけ盛り上がって、楽しんだ。


 それにしても『大切な人』、か…。


 僕らが出会ったあの頃のライサさんはこの世のすべてを恨んでいるかのように冷たい眼差しで世界を見つめていたけど…もうそんなあの頃のライサさんの面影はもうどこにもない。


 僕は笑顔で僕に話しかけてくれるライサさんを嬉しさと誇らしさ、そして申し訳なさを抱えつつ、ライサさんの淹れてくれた残り少なかった紅茶をグイっと一気に飲み干したのだった。

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