Episode219.5 side 薔之院 麗花⑯ 彼女が向き合う現実 前編

 同じ学校に六年も通っていたのに、初めて真正面からそのお顔を見ることになった。

 いや視界に映したことはあるが、こうして他の意識が挟まれることなく相対したことはなかったから。


 サロン以外では男子に囲まれていて会話する機会など滅多にないにも関わらず、よく女子はあれだけ騒げるものだと思っていたが、そうしてただ視線を交わしてみるとなるほどと簡単に頷けてしまった。


 白鴎さまも独特のオーラをお持ちのお顔立ちですけど……緋凰さまもまた、圧倒的なオーラを放つお顔ですわ。まことしやかに囁かれている中の一説で『キラキラ光っている』と言われているものがありますけれど、あながち間違いでもなかったのですわね。



『キラキラ光るって、まさか自然発光しているわけでもないでしょうし』


『ピッカ、ピッカ。点滅していたら目に痛いこと間違いなしですね~』



「……」


 何か変なこと思い出した。

 あまり見続けるとはしたないのもあるが、見ていると何だか目がシパシパしてきそうだったので少しだけ目線を下げた。


「久し振りだな、薔之院。向こうでの生活はどうだ」


 下げた瞬間に問われ、思い出した変なことは頭の隅っこに追いやり、再び目線を上げて答えを返す。


「お久し振りでございますわ。私の方はとても充実した学校生活を過ごしておりまして、気の置けない友人たちと切磋琢磨しながら日々邁進していますわ」

「そうか。……友人。結構フランクな人間が多いと思うが、大丈夫なのか? ハグ、とか。郷に入っては郷に従えと言うが、そういう人との接触、あまり得意じゃないだろ?」

「はい?」


 フランクな人間が多い? ハグ? どういうことですの??

 そんな疑問が浮かんだのも一瞬、次の瞬間にはああと納得した。


 忍とよく会話をなさっているのなら、私が女子校に進学しているのもご存知ですわよね。緋凰さまは男子に守られておりましたから、彼の持つ女子のイメージはそんな感じなのですわね!


 『女子はフランク』というイメージをお持ちなのも、恐らくはあの有栖川さまのことが記憶にあるからに違いない。春日井さまのお隣にいらっしゃった緋凰さまは、彼女がよく彼に引っ付いていたのも近くで見ていた筈。

 サロンでは彼を守りし鉄壁のピーポーウォールがないから、彼女の非常識な態度でそう女子に対しての固定観念が植え付けられてしまったのだ。


 何ということでしょう……! 緋凰さまはきっと繊細なのですわ!

 どうしてあのように男子が壁となっているのか疑問でしたけど、その訳は花蓮のように、決して笑い事にしてはいけない類のものだったのですわ……!!



『想像して。麗花の中で姿を見たことのない幻の存在、緋凰 陽翔。唱えるはその存在を隠す鉄p』



 ええいっ、いま出てくるんじゃありませんわよ!!


 頭の中に現れてニヤニヤしながら囁いてくる花蓮をシッシッと再び追い払って、グッと背筋を伸ばす。


「日常では皆さん、そのようなことはありませんわ。一部の学校行事では盛り上がるが故に、お互いを称え合うのにそういう行動をすることはございますが、普段はちゃんと節度を保った生活態度を心掛けておりますの。ですので女子は一概に、全員がフランクだとは言い切れませんわ」

「女子……? あ、いや、そうか。じゃあ国は違っても、感情表現を抑え、節度を重んじる学校に通っているということなんだな」

「国?」


 え、国? 国は違う?? それはどういう…………ハッ!

 私は思い至ってしまった。


 なっ、何てことですのっ。女子との交流が少ないあまりに、緋凰さまの中では女子校を一つの国扱いとしてしまっているのですわ! いえ、男子にとっては確かに未知の領域でしょうけれど……!?


「あの、そう、ですわね。(カトリック系だから)節度は厳しいですわ。聖天学院とは異なった、独自のルールというものもございますし(香桜華会とか)」

「薔之院はしっかりしているが、こことは気候も違うし色々と大変だろう。まだ先の話にはなるが特に冬は寒い筈だ。身体にはちゃんと気を付けろよ」

「ええ。ご心配下さり、ありがとうございますわ」


 山にある学校だから確かに冬の時期は寒いので、ここは素直に頷けた。


 そして意外や意外、緋凰さまと会話のレスポンスが続いて少し驚く。

 女子とは滅多なことでは会話なさらないと有名な方だから、今日は会ったとしても親の会話が中心のやり取りになるかと思っていたのに。意外と話しやすい方なのだと認識を改める。


 けれど気になるのは、そんな緋凰さまのお隣に座っていらっしゃるご両親のご様子。

 ご夫人は私達の会話を聞いて度々頷かれており、ご当主は何だかハラハラとされている。一体これはどういう反応なのか。


 そこでノックがあり、飲み物とお菓子類が手配された。

 大人はコーヒーだが、私と緋凰さまは紅茶。手に取りカップを口に近づけると、アイスティーではあるがマンゴーの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐってくる。


「アルフォンソマンゴーだ」

「え?」


 唐突に言われ目を瞬かせると、ジッと見つめられる。


「生産量世界一位と言われるインドで、酷暑の時期に収穫される別名マンゴーの王。そのアルフォンソマンゴーで作られた茶は濃密な甘い香りが特徴だが、その風味も豊かだ」

「そ、そうなのですか。確かにマンゴーがそこにあるような、自然な香りがしますわ。紅茶にお詳しいんですの?」


 突然紅茶の説明をされ始めてまたびっくりしたものの、その博識さに感心して問うと、何やら緋凰さまのお顔が薄らと染まった。若干、彼の視線が逸れる。


「……いや。まぁ、元から興味があった訳じゃないが、その、紅茶……好き、なんだろ? サロンでもよく紅茶を頼んでいたし」


 紅茶は好物の度合いとしては普通だ。花蓮が紅茶を好きで、そんな彼女の影響を受けて私もあればよく選んで飲むようになっただけで。

 そう思い、けれどサロンと単語を出された時、何故か心がうずいた。



『ま、まぁ、その、何だ。当然のことを言ったまでで、別に俺がずっとお前のことを見てた訳じゃ』



 確か前に、そんなことも言われた気がする。

 ……サロンで感じていたあの密やかな視線は、やはり春日井さまでは……。


「……紅茶は、そうですわね。好きですわ」

「! そうか。他にはどんな味が好みだ? 色々あるだろ、アッサムとかニルギリとかキームンとか。紅茶が好きならフレーバーティは? フルーツだけじゃなく花やスパイスのものと豊富だが、薔之院はどれが好きなんだ」

「え? そ、ちょっと、即答はできかねますわ」

「分かった。菓子もある。何が好きか分からなかったから結構種類を用意した。ほらクッキーにも色々あるだろ、サブレとかビスキュイとかバニーユとか。一応フランスの伝統焼き菓子のガレットもあるから、どれでも好きなものを食べろ」

「え。あ、ありがとうございます」


 な、何ですの? 何か緋凰さま、繊細なくせに結構グイグイ来ますわね!?

 彼に関する一説では、女子に騒がれるのを煩わしく思われているということでしたのに!


 頻繁に開かれる口に疼いていたものも飛んでいき、聞いていたイメージとはあまりにも様子が違う彼に若干どころではなくドギマギしてしまう。完全にこちらのペースは乱されまくっていた。


 何なのだろうか? 忍との会話で、何か私のことを話したりしているのだろうか? それで興味を持たれている? それともお母様とご夫人の仲が良いからと、私とも仲良くし……ハッ!


 内心の動揺を押し隠すように紅茶を一口飲む。

 舌の上に広がる果物の甘味を感じながらも行き着いてしまった考えのせいで、その素晴らしい味わいも半減してしまった。

 恐る恐るゆっくりと正面の緋凰さまを見れば、やはりジッと私を見つめている。まるで一挙手一投足も見逃すまい、とでも言うように。


「……あの、緋凰さま」

「何だ」

「その。女性をそのように穴が空きそうな程見つめるというのは、いささかマナーに反しておりましてよ」

「っ、悪い。お前のことが気になっ……!!」


 バッと手で口を覆い、逸らされた彼の顔は耳まで赤くなってしまった。

 そんな反応をしっかりと見てしまった私の心臓が――ドキドキと騒ぎ始める。


 ……どうしましょう。そんなつもり、ありませんでしたのに。

 何でこうなってしまったのだろう? いつから? いつから彼は、私のことをそういう風に見ていたのか。まさか緋凰さまが私のことを――――



 ――類似した特殊組織を持つ同士だと、そう認識されているだなんて……っ!!



『今が優秀でもいつか何かで躓きますよ。すってんころりん』



 昔、花蓮がそう口にしていたことも思い出す。


 親友が受けた女子の迷惑行動に緋凰さまの繊細な心は傷つけられ、そんな彼にいち早く気が付いた男子らが壁となって守る。

 当時の私は女子のお友達作りを頑張っていたし、忍ばっかり目で追っていたから、同じクラスだったにも関わらずそんなことに気付きもしなかった。


 博識で演技も秀逸で、スポーツも大会では賞を獲るほどに優秀さを兼ね揃えている彼の、唯一躓いたことが――『女子はフランク』!


 彼にとって女子は、女子校を一つの国扱いするぐらいに未知の存在なのだ。

 私があの時嵌められたことを緋凰さまもその場にいたから、彼も知っている。取り繕ってはいたが、傷ついていると見抜かれてしまったのだろう。


 それにいつから設立されたのか知らないが女子の私にも緋凰さまと同様、新田さん曰く。


『気づけば薔之院さまを見つめ、その一挙手一投足に憧れ、危険なものからお守りしたい』


 という、赤薔薇親衛隊ローズガーディアンズなるものが作られてしまっている。

 そしてこの曰く内容、緋凰さまの不死鳥親衛隊フェニックスガーディアンズの活動指針が私を彼に置き換えただけで、まったく一緒なのである!


 組織名が異なるだけで同じ組織の頂点にいる者同士ということで、私のことを同士だと思われたのだ! だから同士である私のことが気になるし、彼にとって未知の存在である女子でもあるから、興味を持ってグイグイ来られるのだ!


 まずは男子の忍で間にワンクッション置き、そうして彼から色々私の話を聞いて同士だと認められた。

 ……どうしましょう!! あの組織、私がいなくなっても解散しておりませんの!? だからまだ同士のままなんですの!!?


 博識だからその知識欲を刺激されて、女子の生態を知るために観察対象が必要。同士だから女子の観察対象として抜擢された。この私が観察対象……。


 圧倒的なオーラを発する顔が女子の生態のために、私のことをずっと見つめ続ける。そんな想像をしてしまい、嫌な緊張で胸がドキドキし始めた時。



「――美麗、ご主人。ウチはそういう感じだけど、如何かな?」



 グルグルと妙な焦りを覚えていたところに緋凰夫人から両親へと、そんな言葉が発せられた。

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