Episode126 藍園シーパークへ行く 後編

 白イルカのショーはイルカが大変可愛くて賢くて、とても盛況だった。

 やっぱり皆笑顔になっていたし、前に座って観ていた私達と同じ年頃の子達は、イルカから水を掛けられて楽しそうな歓声を上げていた。


 ショーを観ている間は、私も白イルカと飼育員さんの芸に夢中になってしまったし、やはり会場の雰囲気というものは伝染するのだと思った。


「色々あるけど、大きなぬいぐるみとかは買うなよ。車で来てる訳じゃないからな」

「引率の先生ですか。分かってますよ」


 イルカショーを観終わって、現在お土産コーナー。


 見て回る前にそんな注意を受けた私は、プクっと頬を小さく膨らませて一人、何を買おうかなと物色中。さすがにお土産だし、それぞれで見た方が効率的なので別れている。


 う~ん。ハンカチとお財布くらいしか入らないようなミニバッグだし、家族に買ってもキーホルダーくらいかなぁ? お菓子だと潰れちゃいそうだし。


 そう思ってキーホルダーを見ていると、パチッとその子と目が合った。


 なだらかなフォルムに、タコのような複数の足が生え、頭には角が二本。

 まん丸お目めが二つ付いた、可愛らしいメンダコのミニぬいぐるみキーホルダーだった。


 えっ、この子可愛すぎない? こんな可愛いの見たことな……いや、鈴ちゃんとか蒼ちゃんとか麗花や瑠璃ちゃん、たっくん相田さん木下さん光子ちゃん姫川少女……いっぱい可愛いの見たことあったわ。


 目の合ったその子を取って、マジマジと見つめる。

 タコの仲間であるメンダコだけれど、二本の角が生えている姿は何だか宇宙人っぽい。いや人ではないから宇宙ダコか。


 とある一部の人間から宇宙人と言われているため、妙に親近感を感じる。だが私は宇宙人ではない。


 どうしようかと悩むものの、もうこの子から目が離せなくなっている。


「これは運命かもしれない」

「なに買うか決まったか?」

「ぎゃわっ!」


 すぐ後ろから声を掛けられたものだから、思わずビクッとしてしまった。

 変な声を上げて振り向くと、当たり前だが裏エースくんがいて、彼もちょっと驚いていた。


「う、うううう後ろから急に声を掛けないで下さい! 心臓止まるかと思いました!」

「え、大げさ。あ、いや悪い。そんな驚くと思わなかった」

「もう!」


 というか本当に今日距離が近い! 一体どうしたの!? たっくんいないせいでうさぎさんなの!?


「それ買うのか?」


 彼の視線は私が手に持つ、メンダコキーホルダーに向いている。


「ちょっと悩んでいました。可愛くて小さいですし、これなら家族にもお土産で買えるかなって。……うん、決めました。お買い上げです!」

「ふぅん」

「太刀川くんは? もう買ったんですか?」

「おう。じゃあ花蓮が会計している間、俺はあそこのベンチで待ってるから」

「分かりました」


 そう言って、売店から見える位置にあるベンチへと向かっていく裏エースくんに、私も家族と坂巻さんと住み込みお手伝いさんたち分を手で持てきれなかったので、カゴに入れて会計カウンターへ向かうも――その途中。


 ふと目についた、それ。

 

 そっと視線を向ければ、ベンチに座った彼は買ったものを見ているらしく、袋の中を覗き込んでいる。


 逡巡したのも一瞬。

 それも一つカゴに入れて、お会計をしに行った。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 帰りの電車に揺られて、ガタンゴトン。


 十四時台という微妙な時間帯のためか行きと同様、帰りの車内も人はまばらで隣り合ってシートに座れている。

 歩き回ってやはり疲労が蓄積されているのか、心地良い揺れについウトウトとしてしまう。


「寝てていいぞ。着いたら起こしてやるから」

「ん~、ヤです……。寝たらたひかわくん一人……」

「誰がたひかわくんだ。ほら、ん」


 軽く頭を引き寄せられて、肩に乗せられたような。

 揺られて触れる体温が心地よくて、思わずふにゃっと笑う。


「ふふふ~……」

「……」


 夢と現実の狭間、うたた寝程度で完全に意識は落ちていない。


「……ごめんな」


 なにが?


 問い返したかったけれど、夢への比率が大きくて、ムニャムニャと口許が微かに動くだけ。

 どこか悲しげに呟かれたそれに、何のことか分からなかったけれど。



 ――いいよ、許してあげる



 と、心でそう返したことは確かだった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 待ち合わせ場所のペリカン彫像の前まで帰ってきた私達は、そこでお別れする予定ではあったのだが「近くの公園に寄らないか」という裏エースくんのお誘いに、まだお迎えの時間もあったので行くことに。


 公園はそう広くはないけれど、でもピンクや黄色、水色の小花が整えられてあって美しいと感じた。

 

 ベンチに並んで座る。私達の他にも、犬を散歩している人や子連れの家族、砂場で幼児が遊んでいる。


「今日、行って良かっただろ」

「はい。とっても楽しかったです! サンゴ礁も熱帯魚も綺麗でしたし、マンタやサメも大きくてすごかったです。次は皆で行きたいですね!」

「そうだな」


 ポカポカ暖かな陽気だけれど、電車でウトウトしたためか目はぱっちりと冴えている。


 そよ風が吹いて小花を揺らす。


「ねぇ。太刀川くんは楽しかったですか?」

「おう。楽しかった。やっぱ楽しいと時間ってあっという間だなー」

「あ、それ私も思ってました。本当に気が合いますね、私達。拓也くんのことも大好きですし、あと私もエビ好きです。あとは、あとは」

「あとは?」

「あと……」


 顔を上げて言い募ろうとした。

 顔を見て、口を閉じる羽目になった。


「……あの。どうしてですか?」

「何が?」

「ずっとお手て繋いでいます。もう、迷子にはなりませんよ?」

「うん」


 ……いや、うんじゃなくて。


 藍園シーパークを出てからも、というかお会計を終えてお土産コーナーから出た時点でまた繋がれて、それからずっと繋がれっぱなしだった。普通に丸一日中、繋ぎっぱなしと言っても過言ではない。


 長時間こんななので、やはり乙女としては手汗が気になってくる……。


「ダメか?」

「え。いや、その、ダメではないですけど、手汗が」

「そうか? 気にならないけど。花蓮の手、サラッてしてる」

「ひゃっ!」


 繋いだ手の親指で、手の甲の感触を確かめるように撫でられて、そんな予想外の仕草に思わず驚いて声を上げてしまった。


 女の子らしい声を上げてしまったことに、カアァッと条件反射で顔が熱くなってくる。そしてそんな私を見て、裏エースくんはハハッと笑った。


「もう、太刀川くん!」

「悪い。いつもはさ、拓也が真ん中で俺と花蓮が両端っていう並びだから、新鮮なんだよ。俺らがあんまり手を繋ぐのってないじゃん? 本当だったら拓也とか下坂とか、皆で遊びに来てたのに、どういう偶然なんだよって話。俺、今日は絶対遊びたかったんだ」


 前を見て、そう笑いながら話す彼のその内容を聞いて、やっぱり楽しみにしてたんだなと再確認する。絶対遊びたかったって言うのに、私だけしか来れなくて残念だとは思うけど。


「今日は私だけでしたが、また皆の予定合わせて遊びに行きましょう? 同じクラスだった時も中々予定が合わなくて遊べませんでした。六年生だとお受験の子とかもいると思いますし、やっぱり早い内にまた打ち合わせしましょう」


 清泉は付属の中学校があるけれど、知名度としては弱い。

 そのまま持ち上がる子もいれば、親の意向でもっと環境の良い、私立中学に受験するという選択もある。


 私も今のところどうするか悩んでいる最中だが、皆どうするのか、今が心地良い私は聞けないでいる。


 提案したことに「そうだな」と言って頷いてくれると思っていたのに、前を向いたまま答えてくれない。


「……皆で騒いで、楽しみたかったんだ。楽しい思い出作ろうって。でも、これはこれで良かったって思う」

「え?」


 私と二人なのが? いや、コイツだけかよって思われるより全然良いけど。


「花蓮とたくさん話せたから」


 嬉しそうでもあり、寂しそうでもある声音。


「太刀川くん?」

「あぁ、それと。これやる」


 お土産コーナーで購入した袋に手を突っ込んで、取り出されたものを差し出される。四角い正方形の、白と水色のストライプの包装に包まれた何か。


「え? これ、私にですか?」

「おう。ほら」


 繋いでいる手を離されて、前に出されるそれを戸惑いながらも受け取る。

 箱と裏エースくんを交互に見ていると、「開けていいぞ」と言われたので、恐る恐る包装を解き、上下開きになっている箱を開けてみれば。


 そこにあったのは、淡い水色のベルト地で銀のフレームに縁取られた、可愛らしい腕時計。


 明らかに女性もので、十二・三・六・九以外の数字の場所に、ひし形のエメラルドブルーのカラーストーンが配置されている。

 秒針を留める中央には光を受けてキラキラと輝く、ダイヤモンドを模した石が鎮座していた。


「どうして」

「記念っつーの? 今日の花蓮の格好にも合うなって思ったら、つい買ってた。だからお前イメージして買ったものだから、遠慮して返されても困るからな」


 記念。私をイメージ。

 そんなの。


「そんなところまで気が合わなくても」

「え?」

「あの、ちょっと待って下さい」


 言って私も、ショルダーミニバッグからキーホルダーとは別の包みを取り出し、彼へと差し出す。


「何これ」

「何これじゃなくて。私もです。お会計行く前にこれ見て、今日の太刀川くんだなって思いました。買うのメンダコより悩まなかったです」


 同じように、「この場で開けて下さって構いません」と言ってより彼に向けて差し出せば、驚いた顔をしながらも受け取ってくれた。

 それは同じ売店なので、包装は白と水色のストライプ。ただし形は小さな長方形。


 彼もまたゆっくりと包装を解いていき、箱を開けて現れた物を見て目を瞠る。

 私が今日の裏エースくんをイメージしたそれ。


 角の丸いひし形の、白のレザー地で裏面はコバルトブルーのキーケース。


「ほら、今日着ているTシャツのと似ているじゃないですか。それに太刀川くん爽やかなイメージがあるので、今日の服装以外にも似合うんじゃないかと。買った後で渡すのどうしようと思っていましたが、太刀川くんも私と同じ思考で良かったです。ほほほ、こんなプレゼントし合いっこって、まるで本当のカップr」

「――嬉しい」


 気恥ずかしくなって色々買った理由とかをペラペラ喋っていたら、強い言葉が返ってきた。

 思わず彼へと視線を向けて、またもや口を閉じる羽目に。


 また、そんな顔する。


「大事にする。ありがとう」

「私こそ、ありがとうございます」


 小さい声になる。


 普段、たっくんと三人で一緒に過ごしている時にしている笑顔じゃない。

 白イルカのショーでも同じ顔をしていた。今までそんな顔なんて、見たことないのに。


 ……苦しい。心が騒ぐ。


 私と裏エースくんはたっくんを取り合う仲で、でも大事な友達で。言い合うのなんてザラで、同じクラスだった時は体育のお守をいつもしてくれて、お昼休憩にはスパルタだけど特訓もしてくれた。


 好き。大好き。友達として。

 

 ――友達として?


 裏エースくんだってきっとそう。

 私のこと、友達として。

 

 ――本当に?



 ザアァーーッと風が吹く。

 小花が揺れる。

 

 思いの外強い風で、飛ばされないようにプレゼントをしっかりと抱きしめる。私達の間を風が通り抜け、犬の鳴き声や、幼児のキャーッていう声が耳に届き始めた頃。


「花蓮」


 差し出される手を見つめる。

 それ以外は何も言葉にしない裏エースくんのその手へと、手の平を重ね合わせる。


 キュウと繋がれる、温かな手。


 大事で、大切なものを仕舞い込んで私達はベンチから立ち上がる。ゆっくりとした歩調で並んで、元来た道を歩く二人。



 確かにそこであったこと。触れ合い。


 もう二度と戻らないこの時間とき。あと少しで掴みそうだった、一つの感情きもち



 言葉で伝え合えなかったそれが――――私と彼との距離だった。

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