Episode119 花蓮のバタ足練習
驚愕の真実にショックを隠しきれない内に春日井が帰ってきて、「分かった?」と聞いてくる。
「ど、どうしましょう。あんなヘンテコな動きをしているなんて、思いませんでした」
「五年越しにやっと理解したか。俺もそこの指導どうすっか悩んでんだよ。お前がビート板使えねぇばっかりに」
「すみません」
どうしてもビート板消失しちゃうんです……。
すべらして沈んじゃうんです……。
「方法がないことはないけど……。クロールは僕らで、お母さんが平泳ぎ担当に分けちゃったから、ちょっと失敗した感あるな」
「え? 方法あるんならやってみましょうよ。頑張ります!」
張り切って受け身に徹するとやる気の私に対し、けれど春日井は困ったような表情をする。
どうしたの? 担当がどうのって言っていたけど、それで何かあるの?
春日井の様子を見ていた緋凰も、はぁー……と溜息を漏らした。
「ビート板が使えねぇ。プールの淵を持つしかねぇ。そうなると自分で浮くしかねぇが、長くは保てねぇだろ。リズムを覚えることが重要なバタ足で、お前クラスの鈍くさ鳥頭は自分で正しいリズムを覚えられる訳がねぇ。となると、方法はただ一つだ」
真剣な表情で話される内容に私を貶す言葉があっても、ちゃんと大人しく聞く。
出会って五年も経ち見慣れてはいるが、迫力の増した野生味ある美顔の真剣な顔を見つめて、その答えを待つと。
「俺か夕紀がお前の足を持って、体で覚えさす」
「ストップウォッチのアラーム音でリズムを取るではダメなんですか」
「未だに腕の動き混乱どうの言うヤツの耳に、アラーム音が聞こえるとでも思うのか。つかアラーム設定するほどリズムに間隔開かねぇ」
「思いませんすみません。そうですよね仰る通りです」
ごめんなさい。
言わせてしまって本当にごめんなさい。
「……足ってどこまでですか。足首までですか?」
「足とは言ったが、足だけじゃねぇぞ。沈むようなら腹にも支えが必要になる」
「そんなデリケートなところもですか!?」
「お前がビート板を使えねぇばっかりに」
「すみません!!」
全ては私による私の自己責任だった。
そりゃ困った顔するよ。
よりにもよって思春期の多感なお年頃でだよ。男女の違いに恥ずかしさとかが混じり始めるお年頃だよ。
「私の体を触って嫌な思いさせるのすみません……」
「え。どっちかと言うと嫌な思いするの、猫宮さんの方じゃない?」
「え、私の方ですか? うーん、どうでしょう?」
「自分のことだろうが。お前保健の授業寝てんのか?」
失礼な、私は変わらず授業は真面目に受けている! 優等生なので!! ……身体の接触という意味だと、それが分からないんだよねぇ。
例の如く催会には参加できない、学校では高嶺の花ということで一部の生徒からしか話し掛けられないので、触られるというようなこともない。
手が少し触れるとかでは何とも思わないし、一番心配な少し歳上の男子からというのも今まであれから全くないままできたので、自分でもどうなのか分からないのだ。
「小さい子とか、同じ歳の子は大丈夫だと思うんです。仲の良い男の子のお友達でもいつも私からひっついているので、問題はないかと」
「お前の発言が問題だろ。自分からひっつくとかお前の場合媚売ってねぇ前提だから、相手困らせてんの想像つくな」
「困らせてません! 多分」
「多分って。困らせてる自覚あるんだ」
だって五年間いつも一緒にいて、ひっつかない方がおかしくない? 確かに最初の数年はめっちゃ恥ずかしがっていたけど、今では慣れてくれたのか何も言われないよ?
「お前が何回言っても覚えねぇ鳥頭だから、諦められてんだろ」
「あれ? 私何も言ってませんよ」
「首傾げて納得いかなさそうな雰囲気出してたら、言わなくても分かるよ」
ヤバい。顔どころか、雰囲気で私の思考が読み取られるようになっている!
「ええい、やってみなくちゃ始まりません! 私は気にしないので、足を持ってバタバタさせて下さい!」
「お前のその思いきりの良さは何なんだ」
「……じゃあ僕がやるよ。陽翔は見て改善点あったら言って」
プールの淵を持って、足を浮かせ……。
「あの」
「何だ」
「頭はどうするんですか? 水につけますか、上げたままですか」
「取りあえず上げとけ」
「分かりました」
プールの淵を持って、顔は上げたまま足を浮かせ……。
「あの」
「何だ」
「腕に力は入れるんでしょうか? 頭を上げていると、どうしても腕に力が入っちゃうんですけど」
「入るもんは仕方ねぇだろ。それでやってみろ」
「分かりました」
プールの淵を持って、顔は上げたまま、腕に力が入った状態で足を浮かせ……浮かせ……。
「あの」
「何だ!」
「力が入っていると足が浮かびません」
「夕紀もうコイツの足掴んで引き上げろ! 足浮かばせんのに一時間掛かるぞ!」
「はぁ……」
キレられるのも、溜息を吐かれるのも納得がいかないのだが。私の運動神経とはもう五年のお付き合いなのだから、予想していてくれよ。
水中で上げれるところまでは自力で上げて、途中から春日井が足首を持って体勢が伸びるように、真っ直ぐ引き上げてくれた。
「わぁ! 誰かに持ってもらうと楽です!」
「当たり前のこと言って喜ぶな。大丈夫か夕紀。重くないか」
「うん大丈夫」
「私は重くありません!」
パッと見細い私はちゃんと細いのだ。
隠れぽっちゃりさんではありません!
そうして春日井が私の両足首を持ったまま、交互に一定のリズムで上下にバタバタと動かし始める。
ほう、ほうほう。なるほどこう動かす訳ね。
「今は足首を持っているから足首中心に動かしているけど、足首は曲げずにちゃんとお尻から足のつま先にかけて、真っ直ぐ動かすんだよ」
「お尻から足のつま先にかけて……?」
体感で覚えていたところに、そんな難しい言葉が投下された。
ちょっと待ってよ、お尻?
お尻どうやって動かすの? え、お尻。お尻お尻お尻……。
「お尻って動くんですか? 確かに足はお尻から生えてますけど、足は動かしてもお尻を動かしたことなんてありません。ん? 立つ時や座る時にお尻動かす? いやでもそれは膝の動きだから、お尻じゃないような」
「ごめん足の付け根って言った方が良かったね。ご令嬢なんだから、そんなに何回もお尻って言わないで」
「足の付け根……!?」
「おい。何で更に分かんなくなったみたいな感じになってんだ」
足の付け根とは。
お尻と足の中間部分のこと。
そんなところをどうやって動かすの!?
足と言ってくれたら分かるけど、細かい部分を動かせって言われてもピンとこないよ!
冷静に考えれば解ったことだろうが、身体を動かしている(※動かされている)中で言われてもすぐにパッと理解できない。
「足の付け根って動くんですか!? お股のことですよね!? お股をどうやって動かせば!」
「ごめんもう何て言ったらいいのか分からない! ご令嬢が何回もお股とか言わないで!!」
「バカ! このバカ! 足の付け根動かさなかったらどうやって歩行してんだお前は! 夕紀を困らせんな!!」
緋凰に怒鳴られムゥーとするも、歩行と言われたのでそれでようやくピンときた。
あぁ、なるほど!
歩くような感じで、全体を真っ直ぐ動かせば良いってこと……んん?
「歩く時は膝曲げますよね? それを泳ぐ時には真っ直ぐですか? 難しくないですか?」
「夕紀交代しろ」
私の質問を聞いて、それに答えが返されることなく緋凰が交代要請をして、春日井とバトンタッチする。
ずっと前を向いているので二人がどんな様子なのかも分からないが、緋凰に足首を持たれた途端、何やら背筋がゾワリとした。
「夕紀が鳥頭でも言葉を尽くして分かりやすい説明をしたのに、お前はそれをことごとく無に帰す」
「……ひ、緋凰さま?」
「言葉で理解できねぇなら、やっぱ体で覚えさすしかねぇよなぁ?」
「えっ。ちょっとまっ…」
それからの私は、
「このクソ鬼いいぃぃぃーーーーっ!!!」
と盛大に罵倒しながら、そして途中春日井の仲裁も受けながら、必死にバタ足を覚え込まさせられたのだった。
――次回のスイミングスクール。
室内プールへの扉を開けた瞬間に対象者へと、即水鉄砲脳天刑を決行することを心に誓う。
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