Episode117 米河原家の子

「んーっ! ストロベリーババロア美味し~♪ 滑らかなこの舌触り、最高!」

「色の配色も味も最高級だなんて、これは一種の芸術ですわね」

「わっ。二層かと思ったのに、五層もある! 外から見ただけじゃ分からなかったよ」

「ふふふ。皆ありがとう」


 柔らかな春の日差し……はガーデンパラソルに遮られてこの休日、瑠璃ちゃん家のお庭でティータイム中。たっくんも女子会にいるのは、最早当然のこととなっている。


 季節限定品として販売中のストロベリーババロアを賞味し、ミントティーでババロアの甘さをすっきりとさせて、今日もいい天気な証拠の青空を眺める。


「春ですねぇ」

「お婆ちゃんくさいですわよ花蓮」

「私まだ小学五年生!」


 いいじゃん春の青空を愛でても!

 目もすっきり爽やかになるぞ。


 麗花は麗花でこの四年間はほぼ髪型縦ロールだし、瑠璃ちゃんも毎年夏にはダイエット訓練を行っているものの、やはり少量減量してもほぼ無減量である。変わらないね~。


「そう言えば花蓮ちゃん、もうすぐ歌鈴ちゃんのお誕生日よね? お誕生日ケーキは何がいいかしら?」

「今年は丁度休日ですし、当日は私もプレゼントを持って行きますわ」

「二人ともありがとう! ブルーベリーが好きだから、ブルーベリーが使ってあるケーキなら何でも喜ぶと思う」

「歌鈴ちゃんって、花蓮ちゃんの妹さんだよね? 六歳になるの?」


 春生まれの鈴ちゃんのお誕生日はもうすぐ。

 瑠璃ちゃんと麗花からその話題を振られて返すと、たっくんからも鈴ちゃんのことを聞かれた。


 女子二人とは私の家に来た時に会うものの、たっくんは鈴ちゃんが赤ちゃんの時以来、私の家には遊びに来ていない。一体何故なのか。


 ――それは張り切りガリヒョロのせいである。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 それまでは家にいるのはお母様とお手伝いさん、たまにお兄様くらいだったのに、たまたま祝日でたまたま我が家で女子会をして、たまたまガリヒョロが家にいたことで悲劇が発生した。


 社会科見学や運動会で顔は見て知っていても、直接話したことなどなかった二人。


 私がお手洗いで席を外してその場に戻った時には、たっくんの姿がなく首を傾げると、女子二人の証言によりガリヒョロがたっくんを呼んで部屋から連れ出したとのこと。



 ――たっくんが誘拐された!



 本能とも呼べる危機管理能力が私にそう告げ、書斎・リビング・キッチンへと二人を探しに行ったが、どこにもいない。目を三角に吊り上げた私が最終的に巨大スクリーンのある観賞部屋へと辿り着いた時には、既に事件は発生していた。


 暗がりの中で見える細身の男の頭と、椅子から少しだけ見える丸い頭。


 巨大スクリーンの前、二人隣り合って並んで見ているその画面。


 映っているのは私と麗花、瑠璃ちゃんとたっくん。



 ……そう、巨大スクリーンに流されていたのは、子どもオンリーな筈の私の部屋で行われた、女子会だったのである――……。



 もう悲鳴上げたよね。

 隠しカメラ設置されてたのかと思ったよね。本当恐怖だったよね。


 私が悲鳴上げたもんだから皆来て、ガリヒョロは現行犯で取り押さえられた。

 被害者であるたっくんは犯人がいるために身動きが取れず、どうやって撮影されていたのかも不明な動画を見せられる羽目になり、呆然としていた。


 取りあえず被害者を麗花と瑠璃ちゃんに託し、その場で私とお母様とお兄様による、犯人の取り調べが行われた。


 ――まず、凶器であるあの動画の取得動機について。



『会社で仕事をする私は、普段花蓮がどのように過ごしているのか、話を聞いて想像することしかできない。実際に誰とどう過ごしているのか、この目で見て知りたかったのだ』



 ――次に、動画の取得方法について。

 平日は常に会社にいて、家に犯人は存在しなかった筈。誰か動画を撮る共犯者がいただろう。



『すべて私が一人でやったことだ。その日工場視察ルートの途中に家に寄って、ビデオカメラを花蓮の部屋のぬいぐるみの間に隠して設置した。その日は女子会ということも把握していた』



 ――最後に、なぜ犯人はたっくんを連れ去ったのか。



『一人で見るのは寂しかった。柚子島くんとは話をしたことがないし、これを機に仲良くなりたかったのだ』



 以上を以って取り調べ終了。

 被告人に対する判決を言い渡す。


 愛娘の日常を知りたいという動機で、その娘の部屋にこっそり隠しカメラを仕掛けるなど言語道断。それも仕事途中に抜け出し、女子会の日程を把握した上での計画的犯行。


 何より許し難いことは、被告人に対し一切の抵抗が不可能な相手を身勝手な理由で連れ去り、大いなる精神的苦痛を与えたこと。情状酌量の余地なしである。――よって!


 当面の間ビデオカメラ没収、秘書・菅山さんによる厳重なる管理を命じ、私との会話一週間厳禁の刑に処した。

 その時の自分が犯した罪による罰が相当堪えたようで、二度と再犯することはなかった。


 しかし被害者の心の傷は深く、あの時の自分含まれた盗撮映像と、百合宮家という彼にとって雲の上のお家のトップから隣に座らさせられるという極度の緊張により、一種のトラウマを植え付けられてしまうこととなった。


 激怒した私は更にプラス一週間、会話厳禁刑を延長したことは言うまでもない。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「花蓮ちゃん?」

「あぁ、すみません。ちょっと昔のことを思い出していましたので。そうなんです。鈴ちゃんもう六歳になるんですよ。つい最近まで赤ちゃんだったと思うのに、本当に時が経つのって早いですよねぇ」

「だからお婆ちゃんくさいですわよって」

「赤ちゃんの時から知ってるけど、歌鈴ちゃん、本当に可愛いわよね。私達にもいつも笑顔でお出迎えしてくれて」


 ニコニコと笑って言う瑠璃ちゃんに、麗花も頷いて微笑む。


「そうですわね。私達の真似して遊ぶの、とっても可愛くて癒されますわ」

「真似したいお年頃なんだと思うよ。……あら? あれに見えるは」


 縁側えんがわから出てきて、お盆にティーポットを乗せてこちらにやってくる小さな姿を発見し、私はパァッと顔を輝かせた。


そうちゃんおてつぶっ!」

「大きな声を出したらびっくりして、落としますでしょう! ここは静かに見守るのが鉄則ですわ!」

「ほへんふぁふぁい」


 速攻手で口を塞がれて麗花に小声で注意され、瑠璃ちゃんとたっくんから苦笑されてしまった。言われた通り黙って見守る。


 ヨタヨタしながらも、落とさないよう真剣な顔でお手伝いをしている姿は、鈴ちゃんに負けないくらい可愛くてキュンとしてしまう。


 そうして慎重に気をつけて運んで、よいしょっとテーブルの上にやっとこさ置いたその子は、瑠璃ちゃんによく似た癒し笑顔を私達に向ける。


「おまたせしました! ミントティーのおかわりをもってきました」

「蒼ちゃんありがとおぉぉっ! 今日も超可愛いぃぃぃっ!!」

「すぐ近くで叫ぶんじゃありませんわよ! ご近所迷惑ですわ!」

「ありがとう。僕の隣に座って一緒に飲む?」

「はい!」


 たっくんの提案に笑って頷いたその子は、彼と瑠璃ちゃんの間に座った。

 持って来てくれたティーポットから、瑠璃ちゃんがカップにミントティーを注いでいく様子をキラキラと見つめている。


「あぁ、この三人の並びも可愛い……。この世は可愛いで溢れてる……」

「いつまで経っても全く自重しない子ですわね。……あら? どうしましたの、蒼佑そうすけ


 瑠璃ちゃんが注いでくれたカップを麗花の方に押し出すのを見て、不思議そうに彼女がそう聞けば、蒼ちゃんは恥ずかしそうにほっぺを赤くして、テレテレと。


「れいかお姉ちゃんのがすくなかったから。おかあさん、おきゃくさまだいいちって」

「まぁ! このお歳でもう立派な紳士ですわね。ありがたく受け取りますわ。では紳士の蒼佑には、私がお茶を入れて差し上げますわ」

「わぁ! ありがとう!」


 嬉しそうにほっぺを赤らめてはしゃぐ蒼ちゃんを、微笑ましく見つめながらお茶を注ぐ麗花。断らずに受け取ってお返しをするとは、さすがである。

 

 というか。


「ここには可愛いしかない。私は一体どうすれば」

「どうもしなくていいよ。強いて言うならババロア食べてお茶飲んでて」

「はい」


 たっくんに言われ大人しくお食事をする私に、麗花からカップを受け取ってニコニコしていた蒼ちゃんの目が向いた。


「かれんお姉ちゃん、かみ、なにかついてる?」

「ん? あ、これ?」


 首を傾げて聞かれたことに手を当てて確認すれば、コクンと頷かれる。


 本日私の髪型は髪を下ろしているパターンだが、前髪の横の髪をカッチンピンで留めている。


 そしてこのカッチンピン、何と我が超絶可愛い妹の鈴ちゃんお手製! 今朝、鈴ちゃんの手でつけてくれたのである!


「ふ~ふ~ふ~♪ 私の可愛い子による、手作りピンなの!」

「発言が相変わらず変態くさいですわ」

「歌鈴ちゃんの手作りなの? すごく良く出来てるわ!」

「ピンと飾りをボンドで接着して、作成するキットなんだって。お母様と一緒に作ったみたいで、自分用じゃなくて私にって! 可愛すぎて死ぬかと思った!」

「生きてて良かったですわね」

「本当にね」


 麗花とたっくんが生温い目で見てくるのに対し、瑠璃ちゃんだけが笑顔を向けてくれる温度差よ。麗花は元からだけど、たっくんは年々私への対応が厳しくなっているような気が……。


 と、蒼ちゃんが目をパチクリさせて、「かりんちゃん?」と瑠璃ちゃんに聞いている。

 

 あ、そっか。

 蒼ちゃんの前では、今まで鈴ちゃんの話ってしたことなかったっけ。


「歌鈴ちゃんは花蓮ちゃんの妹さんよ。蒼くんと一緒のお歳だから、お友達になれるかもしれないわ」

「いもうと……?」

「蒼くん?」


 話を聞いて何やらショックな顔をしている蒼ちゃんに、瑠璃ちゃんが首を傾げる。私達もどうしたのかと見つめていると、蒼ちゃんの瞳が潤んで。


「かれんお姉ちゃん。ぼくのお姉ちゃんじゃ、ない……?」


 ギューーーーンと心臓を打ち抜かれる私。


 瑠璃ちゃんは困った顔をし、麗花は俯いて震え、たっくんは慌てて蒼ちゃんの涙を拭く。


 今日が私の命日になるかもしれない……っ!


「あのっ……あのねっ……!」

「蒼くん。確かに花蓮ちゃんと麗花ちゃんはお姉ちゃんだけど、蒼くんのお姉ちゃんは私でしょ? それと一緒なのよ? 花蓮ちゃんには、歌鈴ちゃんっていう妹がいる」

「えええっ!?」


 息も絶え絶えな私が言う前に瑠璃ちゃんがお姉さんらしく説明し、衝撃の真実を聞いたとでもいうような顔をする蒼ちゃん。


「ぼくじゃない、いもうと」

「蒼ちゃん、蒼ちゃん! 大丈夫! 鈴ちゃんは妹だけど、蒼ちゃんは弟だから! 弟は蒼ちゃんしかいないから大丈夫だよ!!」

「いつか聞いたような原始的な言い訳」


 たっくんがポツリッと言うのも今はスルーし、真摯な表情で蒼ちゃんと見つめ合うと、熱意が伝わったようで涙目ながらも頷いてくれた。よっしゃ!


「蒼佑が……っ、蒼佑が可愛い過ぎますわ……っ!」

「だよね!」


 激しく同意。

 蒼ちゃんの瞳のウルウルも収まってきたところで、ツボを刺激されていた麗花も復活してその話題を振ってくる。


「来年、蒼佑は私と同じ聖天学院に入学するんですわよね?」

「うん。私が通っているのは女学校だから」

「蒼ちゃんファヴォリ? 家柄的には選出されていても、おかしくなさそうだけど」


 瑠璃ちゃんはプルプルと首を横に振る。


「辞退したの。特権階級だけあって待遇は良いけれど、その分評価も厳しくなるでしょう? 蒼くんにはちょっと難しいかなって」

「そうですのね。私に仲良しのファヴォリの後輩ができるのではと、期待しておりましたのに」

「あ、そこは心配ないよ。鈴ちゃんファヴォリ」


 麗花の憂いを払うべく口を挟んだ私へと、「「「ん?」」」と三対の視線が突き刺さった。


 ん? 何かね?


「歌鈴、聖天学院ですの?」

「花蓮ちゃんっ子だから、私てっきり清泉の方だと思ってたわ」

「百合宮家って自由そうだから、僕も別の学校なのかなって」


 なーるほど。違うんだなぁそれが。

 まぁ鈴ちゃん自身は私とお兄様には、『お姉さまといっしょのとこがよかったです!』って、プックゥーしてたけどね。


「ほら、百合宮 奏多都落ち事件の時。学院の偉い人から、『お子さんはぜひ! ぜひウチの学院でファヴォリに!』って、血走った目で言われちゃったみたいで。まぁ勉強面ではお兄様も認めてたし、麗花もいるしって感じで、そう決まっちゃったんだよねー」

「み、都落ち……」

「貴女、自分のお兄様のアレをそう呼んでいるんですの!?」

「えーだって、自分からファヴォリ返上して一般学生になったんだよ? 都落ちってぴったしだと思うけど」

「花蓮ちゃん、奏多さまの前でもそれ言える?」


 ……ふふふふー。


 瑠璃ちゃんからの問いには微笑みで返答し、私達の会話をミントティーを飲みながら聞いている蒼ちゃんへと、にっこりしながらお願いする。


「だからね蒼ちゃん。私の妹の鈴ちゃんも蒼ちゃんと同じ学校に来年通うから、仲良くしてあげてね?」

「……? はい!」


 急に話を振られたからかコテッと首を傾げはしたものの、次の瞬間には笑顔で了承してくれた。よっしゃ!



 来年のこの春、百合宮家が次女・百合宮 歌鈴と米河原家が長男・米河原 蒼佑。


 この二人ともう一人が入学したことで、またその未来、三人を取り巻く彼らの物語は動き出すこととなるのであった。

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