Episode66 もう1人の太陽編攻略対象者がやって来た

「夕紀!」

「は、陽翔。どうしたの。今日は僕、来客があるって言ったよね?」


 茂みの中からでも聞こえる会話に、じっと聞き耳を立てる。そして思念を送る。


 去れ! アポイントなしの礼儀知らずな太陽編のヒーローよ、今すぐここから立ち去るがよい!!


「そうだったか? んで、その来客は?」

「えっと、それが……」


 大分困惑している春日井の声が私のいる茂みに向けられているような気がするが、枝と葉っぱしか見えないので正確なことは何も分からない。


 ええい、この際お腹を下してトイレに引きこもったとでも言えばいいさ!


「……母と、一緒にいるかな」


 すごく優しい返答をしてくれて私との差が知れた。


「ふーん。……あ、思い出した。そういや言ってたな。悪い」

「いいよ、来たものは仕方ないし。今日はどうしたの?」


 カタン、と椅子が引かれる音がしたので、緋凰が私の座っていたガーデンチェアに座ったらしい。


「いや、別に用事ってことでもねぇけど。何となく」

「陽翔にしては珍しいね、そういうの」

「そうだな。……なぁ、ちょっと聞きたいんだけど」

「ん? なに?」

「お前、しょ……しょ……」

「しょ?」


 しょ?



「薔之院のこと、どう思う?」



 ガササッ!!


「っ! 何だ!?」

「ね、猫でも迷い込んだのかな!?」

「何だ、猫か」


 何だ、猫かじゃないよ!


 ヤダもうお家帰りたい! 麗花の方は眼中にないのに、何か知らないけど緋凰が麗花のこと春日井に聞いてきたんですけど!?


 身を縮こまらせながら唐突に襲ってきた胃痛に耐えていると、春日井が話をよく聞こうと質問で返す。


「薔之院さんをどう思うかって、それこそ急だね。一体どうしたの?」

「……いや。まぁ、最近さ。様子変わったかと思って」

「様子? ……あぁ、確かに少し変わったかもね。学院に入学する前に会ったことあるけど、その時とは随分印象違うなって思うよ」

「ん? お前、会ったことあったのか」

「ちょっとした催会でね。というか、サロンくらいでしか会わない僕よりも、陽翔の方が知ってるんじゃないの? 同じクラスだよね」

「そうだけどよ。俺、直接薔之院と話したことないし。それどころか、今まで一度も目が合ったことさえない」

「え?」


 え? そんなことってある?


 聞かないに越したことはないと思っていたけど、そういえば話振らない限り麗花、眼中にないからか緋凰のこと自分から話したことないな。


「入学してからもう二ヵ月くらい経つよね? 最近サロンにもよく来ているよね? それなのに話したことも、目も合わないの?」

「そう言っている」


 何だその不機嫌そうな声は。

 いいじゃないか。麗花は麗花で、いま最高にハッピーなんだぞ。


 念願の学院での友達もできたし、友達(仮)もいるし、それにアンタじゃない初恋を謳歌おうかしている最中なのだ!

 一目惚れもされず婚約もしておらず、追いかけ回されてもおらず、それで何の不満があるのだ贅沢な!!


「アイツ、変だ」

「変?」

「入学した時から、全っ然俺の方見ねぇ」


 ガサッ、ガササッ!!


「……おい、本当に猫か?」

「猫だよ」


 猫ですよ。


「……クラスやプティの女子どもは、俺がちょっと椅子から立ち上がったくらいで騒ぐのに、違う方見てんのはアイツくらいだ。だから何か気になって見ててさ、たまに楽しそうな雰囲気出してんだよ。そうしていたら何かいつの間にか、同じクラスでもねぇ知らねーヤツと楽しそうに話してた。何なんだろうな、アイツ」


 何なんだろうはお前だよ。


 自意識過剰の自惚れ屋か。クラスやプティの女の子達がアンタを見て騒いでいるからって、麗花まで同じと思うなよ!


 しっかり者の麗花さんはね、将来は我が百合宮家の頼れる長男のお嫁さんになる予定なのだ。そして私達ライバル令嬢は義姉・義妹という新たな関係となって、末永く共に暮らしていくのだ。ホーホッホッホ!


「あの茂み、何か変な笑い声みたいなの聞こえるぞ」

「うん、猫がエサでも欲しがっているのかな。住みつかれても困るからあげないけどね。で、それで陽翔はどうしたいの。薔之院さんと仲良くなりたいの?」


 えぇっ!? 麗花と仲良く!?


「違ぇ! 別に仲良くとか、そんなこと思ってねぇ! ただ、母さんがあっちの母親と仲良いし、母さんによくどんな感じか聞かれたりすんだよ。ったく、別に子どもは関係ねぇだろ」

「うーん」


 ここで春日井が即答しないのはアレだな。私と自分が今まさにコレだもんな。

 というか逆に遠足の時に私が心配を蹴散らかした腹いせに、自分から親の関係持ってきたしな。


「とにかくだ。母さんがどうしても知りたいって言うから、仕方なく様子見てんだよ。クラスとかサロンでも、今んとこ女子まとめてんの薔之院だし。まぁアイツに逆らうような女子もいねぇし、そこら辺はありがたいけどな」

「仕方なく、ね」

「仕方なく、だ」


 ふーん。仕方ない、仕方ない。

 ……イラッとするな。


 帰ったら麗花に電話して、ファヴォリのお姉さま方監修による緋凰の情報聞き出して、面白おかしく返答してやろうっと。


 ふん、女の子に騒がれていい気になっているのも今の内だ。この場にいない麗花に代わって、この月編ライバル令嬢の私が太陽編のヒーローを成敗してくれる! ケケケ!!


「……なぁ、あの茂み」

「陽翔、僕午後から水泳指導があるんだ。そろそろ準備とかもあるし申し訳ないけど、またでいいかな」

「お、そうか。分かった。こっちも悪かったな、急に来て」

「ううん。見送るよ」

「いや良い。勝手分かるし、お前も準備あるんだろ」


 ガタッと席を立つ音が聞こえ、「じゃーな」という声とともに足音が遠ざかっていく。さすがに扉が閉まる音まではここからでは聞こえないので、しばらくジッと動かないでいると。


「……百合宮さん」

「春日井さま」


 茂みの上から、どこか呆れたような顔をしている春日井が私を見下ろしていた。


 おや、微笑んでいない春日井とは珍しい。


「もう行かれましたか?」

「うん。隠れるなら隠れるで、今みたいに静かにしていてほしかったかな」

「すみません」


 茂みから出てパパッと服についた葉を落とす。

 落とした葉っぱを拾おうとしたら、それは春日井に「そのままで大丈夫だから」と止められた。


 そして何故か私の手を引いて、元々座っていたガーデンチェアに座らされた。


「びっくりしたよ。何であんな風に飛び出していったの」

「えっと、それは私も何というか……。考えるより先に体が動いておりまして」

「僕もつい誤魔化しちゃったけど、良くないよ。あんな風に隠れるの。陽翔と初対面だったのなら、僕から紹介したのに」


 いや、それは遠慮する。


「話を聞いてしまったことは、申し訳ないと思います。……ただ、私も見知らぬ聖天学院の方には、少しだけ怖くなってしまいまして……」

「あっ……」


 遠足の時の騒動を匂わせる言い方をしたら、即察したようで表情が僅かに曇る。


 ううう、ごめん!

 だってできる限り、攻略対象者との接触は避けたいんだよ~。


「そうなんだ……。ごめん」

「いえ。時間が経てば、自然に良くなると思いますから」


 そう、これは高校を無事に卒業した瞬間に完治する症状である。


 にっこり笑って深刻ではないことを表現すると、春日井も気を取り直したようで先程の話に戻る。


「話に出てきた薔之院さんっていう女の子なんだけど、知ってる?」

「いえ知りません。お会いしたこともありません」

「……そう? 女の子の中では、百合宮さんとは家格が一番近い家の子だと思うんだけど」

「そうですか。ご存知かどうか分かりませんが、私は今でも催会に参加しておりませんので、学校も同じでないのに知り合う機会なんてありません」

「奏多さんからも聞かない?」

「さぁ? お兄様からそんな……薔之院さま?のお名前も、お聞きしたことありませんネー」

「そう、なの。なら、別にいいのか……」


 知らぬ存ぜぬを貫いたら何度目かで納得(?)したようで、口止めを回避した。


 そりゃ知らない振りするでしょ。私と友達なんて知れたら、私と違って聖天学院魔の巣窟に通っている麗花に乙女ゲー関係で、迷惑がどこで降りかかるか分かったものじゃない。


 麗花だって多分思うに、私との関係のことは生徒には言っていないと思われる。


 彼女は友達をずっと大事にするタイプだ。自分が気を許した相手でないと、私と瑠璃ちゃんのことは話さないだろう。


 麗花が私を守ろうとしてくれるのなら、私だって麗花を守る。


 そう、さっきまでここに座っていた、いやに仕方なくを強調していた太陽編のヒーローなんぞ、私と麗花の友情の前では恐れるに足らず!!


「その薔之院さまという方ですが、お親しいのですか?」

「いや、そんなに親しくはないかな。クラスも違うし、そう会話することもないから」

「そうですか」


 麗花との関係は今のところどうなのかと探ってみるも、あまり話したくないのか、それなりの返答で会話が終了した。


 うーん。緋凰のことは何度か話振ってはいるけど、春日井のことには全く触れたことないし麗花も何も言わないから、本当にこの二人とは顔見知り程度の関係っぽい。緋凰とは名前知り程度っぽいが。


 なるほどなるほど。了解でござる。

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