Episode4 春日井家のお茶会
白鴎家のパーティにはお父様と一緒にお兄様が行くことになり、私はとてもニコニコと笑顔のお母様に連れられて、春日井夫人主催のお茶会へと馳せ参じていた。
「ごきげんよう咲子さま。お越しをお待ちしておりましたわ!」
「お久しゅうございますわ、雅さま。本日はご招待下さってありがとうございます」
優雅に
和風美人を体現しているお母様に倣い、淑女見習いである私も着物で……といきたかったところではあったが、ここでもお母様の過保護が発動した。
曰く「着慣れないものを着て躓いてこけて頭を打ったらどうするの!」とのことであるが、最早お母様の中で私がこけたら頭を打つのは確定事項らしい。
そんな訳で本日のお茶会での私の装いは膝丈までの清楚な白いレースのワンピースと、随分足元がすっきりしている。ちなみに髪はハーフアップ。
と、お母様とにこやかに挨拶を交わしていた春日井夫人が私にも笑いかけてきた。
「まぁ、今日は花蓮ちゃんも来て下さったのね」
「お誘いくださりありがとうございます、春日井さま」
ニコッと子供らしく、けれど控えめな微笑みを浮かべゆっくりとお辞儀をすれば、周りの招待されている他の夫人方からほう……と感嘆の息が漏れる。
「さすが、百合宮コーポレーションのお嬢様ですね。まだお小さいのにこのような完璧とも言える礼儀を身につけておられるなんて」
「そうですわ。我が家の娘など花蓮ちゃんと同じ年なのに、こんなに落ち着いてはおりませんわ」
「我が家の娘にも見習わせたいくらい」
「まぁまぁ、ほほほ」
次々に贈られる娘への賛辞にお母様は口許を押さえて上品に笑う。
うん、これはご機嫌だなお母様。私だってやる時はやるんです!
けど、ちょっと気になることが。
「あの、春日井さま」
「なぁに、花蓮ちゃん?」
「今回子供は私だけなのでしょうか?」
見渡す限り、会場であろうこの場にはご婦人方だけで子供の姿が見えない。
参加者のお子さんたちも参加されるからと私は聞いていたんですがね。
しかしそんな私の思いは杞憂だったらしく、春日井夫人は丁度お茶を給仕していたお手伝いさんを呼んで微笑んだ。
「参加者のお子様達は既に別室でお集まり頂いているのよ。花蓮ちゃんあんまりこういう会に参加してくれないから、きっと皆とっても楽しみにしているわよ?」
「そうね、皆さんと仲良くね花蓮ちゃん」
「はい、お母様。ありがとうございます、春日井さま」
ご婦人方に笑顔で見送られ、お手伝いさんに連れられて子供たちが集まっている別室に案内されている途中、私はふとどこか頭に引っ掛かった。
そういえば春日井って、どっかで聞いたことあるような……?
面に出さずうーんと思い出そうとしていると、行く先の方から何か騒いでいるような声が聞こえてきて一旦中断する。
やっぱり同じ年くらいの子は騒ぐものなのかぁ、二十九歳が同じテンションで騒げるかなぁとか初めこそ呑気に考えていたが、近づくにつれて何だか騒ぎ方がおかしいことに気づいた。
わーきゃー楽しそうなものではなく、何か怒鳴っているように聞こえる。
お手伝いさんもそんな様子に気づいたらしく、騒ぎの部屋まであと少しの所で足を止めて私に待機するように言い、問題の部屋へ入って行った。
……気になるけどまぁ、ここは大人しくしておくべきだろうなぁ。
子供同士の諍いとはいえ、ただの子供の喧嘩という
百合宮家は一通り見た参加者の顔ぶれの中では、招待者の春日井家よりは低いが、家格は頭一つ抜けて上位にある。
そんな家の子供が他の家の子の争いに口を出して、家の
それにお手伝いさんにしても、働いているお家で起こった問題をよそ様に見せたくはないだろうし。
とんだお茶会の始まりだと思いながら軽く溜息を吐いたところで、そんな呑気な考えは部屋の中からガッシャーンッという何かが割れた音でそうも言っていられなくなった。
お手伝いさん何やってんの!?
てか子供どんな暴れ方してんの、上流階級の子でしょ!?
ここは大人(ご婦人方)を呼んで来るべきだとは思うが、お茶会場は子供の足ではちょっと距離があったし、目を離した隙に怪我人が出たらたまったものじゃない。
家の体裁を捨て、私は意を決して騒ぎの起こっている部屋へと顔をのぞかせた。
すると。
「お嬢様、少し落ち着きましょう!」
「うるさい、うるさいっ! 関係ない方が口出ししないでくださいませ! 私はこの無礼者と一対一でお話しておりますの!!」
「でもですね、ッ」
ガッシャーンッ!
「うっ、うええ~!」
……そこは阿鼻叫喚の図であった。
一人の派手な格好をした女の子が顔を真っ赤にして物を投げつけるほど癇癪を起し、お手伝いさんは他の子を庇いながらもその子を必死に説得中、その他の子供は女の子の怒鳴り声と破壊音に身体をビクつかせ皆大泣き状態。
ティーカップが無残な姿でカーペットに転がっていることから、先程からの破壊音はあれが割れたのだと分かる。
というかあの子、あの怒鳴り散らしている巻き髪縦ロールの子。
何か非常に見覚えがある気がするのは気のせいでありたい。
「いつまでもうしろに隠れて泣いてるんじゃありませんわよ!! この
名乗っちゃったよ。
気のせいにしてくれなかったよ。
はあああぁぁああ!?
何でここにいんのさ、ちょっとさっきの顔ぶれの中に親いなかったよねえぇ!!
私は扉に齧りついて項垂れた。
だって誰が思うだろう、乙女ゲーム関係者との遭遇回避成功した先で違う関係者と遭遇するなど。
思わぬ展開に言葉通り頭を抱えていると、問題人物から聞き逃せない言葉が飛び出した。
「あなた程度の家なんて、薔之院家の力で何とでもできますのよ!」
あ、これはアカン。
「失礼いたします」
こちらに目を向けてもらうため少し大きめの声を出して、隠れていた扉から一歩部屋の中へ入ると、思惑通り室内の目が一斉にこちらに向く。
私は先程ご婦人方に見せた対大人用の慎ましやかな微笑みではなく、子供らしいにっこりとした笑みを浮かべて小首を傾げてみせた。
「遅くなってしまいました。私、百合宮 花蓮と言います。ところでこれは、一体なんの遊びなのでしょうか?」
どう見ても遊びではないと分かる状況だが何も分かっていない振りをしてそう問うと、困った顔をしたお手伝いさんより先に問題児が怒鳴り返してきた。
「よくこの状況をみて遊びだなんて言えますわね!! どこに目がついておりますの!」
顔についていますが何か。
まったく、子供の頃から高飛車なのかこの子は。
「では、何をしていらっしゃるのですか?」
「あなたには関係ありませんわ!」
「関係はありますよ?」
「は!?」
語気荒く聞き返した問題児にニコッと笑って返す。
「私もお茶会に参加する子供の中の一人ですもの。私、あまりこういう会に参加したことがなくて勝手がよく分からないのですけど、でも、春日井さまのご迷惑になることだけはしてはダメだと思っています。今のこれは、ご迷惑な“遊び”ではないのですか?」
「……っ!」
遠回しに言ってみたがやはり歳の割に賢いのだろう、途端ハッとした様子で、でも悔しげな表情をする彼女に内心溜息を吐く。
「お手伝いさん。私が話しを聞いてみますので、壊れたカップを片づけてきてくださいませんか?」
「あ、はいっ」
待機指示した筈の私が乱入したことでオロオロしていたお手伝いさんは、相手が薔之院家の娘だと強く出れなかったこともあり、私が相手して一旦落ち着いたので素直に行動することにしたようだ。
手早く室内にあった掃除用具を取り出してくるとササッと片づけ、破片を捨てに外へと出ていく。
これで大人はいなくなり、子供だけが残った状態となったわけだがさて、どう収拾しようか。
取りあえず近場にあった椅子に座る。
「それで、どうしてこんなことになったのですか?」
問題児――薔之院 麗花が怒鳴らなくなったことで多少はマシになった筈だが、一向に泣きやまない子供たちに聞いてもはっきりしないと思ったので、麗花の方へと問い掛ける。
麗花は未だ悔しそうに顔を歪めて床を睨みつけている。
「……彼女が悪いのですわ」
「えっと、悪いってどうしてです?」
「…………」
だんまりに入ってしまった。
ちょっとこれじゃ埒があかないじゃん、どうすんの。
「わ、わたっ、わたしが! しょうのっ、しょうのいんさまのお洋服をよ、よごしてしまったからっ!」
泣いていた一人の大人しそうな女の子がどもりながらも言った言葉を聞き逃さず、慎重に今度はその子に質問する。
「お洋服を汚してしまったの?」
「そ、それでっ、あ、あやまろうと、したのにっ」
そこまで言ってその時のことを思い出したのかまた泣き始めてしまった子に、けど状況は何となく読めてそっと息を吐いた。
置かれていたのがティーカップだったことから入っていたのは紅茶だと思うが、麗花が来ている服は真っ赤なフリフリのドレス風のワンピースだ。
それが掛かったからと言って目立つ汚れになるでも、シミになるでもないわけだからそんな怒るようなことかと呆れていたところで、バタンッと乱暴に扉が閉まる音が聞こえた。
「え?」
見ると、さっきまで仁王立ちのまま床を睨んでいた麗花の姿がない。
え、ちょっと話は済んでいないのにどこ行った。
「私、薔之院さまを探してきますね」
泣いている子供を置いて行くのは忍びないが、今は問題児の方を一人にするべきではないと判断する。
部屋を出てみても麗花の姿は廊下のどこにもなく、子供の足でそんな短時間に遠くに行ける筈は無いので春日井夫人には大変申し訳ないが一室一室開けて探していると、丁度四室目で部屋の隅っこに
「薔之院さま…………、え」
音を立てないように近づいてそっと声を掛けてみたが、体育座りで顔を膝小僧に埋めて肩が震えているその様子に、まさかとギョッとする。
「しょ、薔之院さま……?」
「……うっ、ふぇ」
漏らした嗚咽から泣いていることが確定した。
えええぇぇぇどうしようこれ、プライド高いこの子が泣くと思ってなかったのに!
とんだ事態に頭真っ白になりながら、泣いている麗花を凝視し、その場に置物化するしかなかった私なのだった。
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