Episode3 恐怖の招待状
「嫌です。無理です。辞退いたします」
「花蓮、我儘言わないで一緒に参加してくれないか?」
「断固拒否します!!」
皆さま緊急事態です。
遂に、遂に恐れていた事態がやって来てしまいました!
何とこのヒョロヒョロしたガリガリ男……私のお父様ではあるが、こともあろうに今度開催される白鴎家のパーティの招待状を私の目の前に提示しやがったのだ!
白鴎家、私達一家を路頭に迷わせる宿敵の家。
にこやかに差し出されたそれをプレゼントか何かと勘違いして、笑顔で受け取ろうとした私はその実態を知った瞬間、思わず悲鳴を上げて床へ叩きつけた。
リアルに呪いの手紙かと思ったわ。
「何でこんなものを受け取ったりしたんですか!?」
「こんなものって、相手様に失礼だろう。このパーティは白鴎家の次男詩月くんの生誕を祝う大切なものなんだよ。詩月くんは花蓮と同じ歳の男の子だ。せっかくだから参加してお友達になったらどうだい」
なお悪いわ!!
よりによって死刑執行人の誕生日会かよ!!
「せっかくですが、ぜひお断りしてください」
「娘よ、ぜひの使い方が間違っているぞ」
行く行かないの醜い押し問答を広いリビングでぎゃあぎゃあ繰り広げていると、そこへ何冊か本を抱えたお兄様がやってきた。
「何の騒ぎ?」
「お兄様聞いてください、お父様が」
「奏多、良いところに来た! お前からも花蓮に言ってやってくれ」
ちょっと。愛娘の言葉を遮るとはどういう了見だ父よ。
「えっと、話が見えないんだけど」
「取引先と約束があって、その移動先で偶然白鴎夫人にお会いしてな。その時ぜひにと詩月くんの生誕祭の招待状を頂いたんだよ。だから同じ年の花蓮を誘っているんだが」
そこでちらりと恨みがましそうな目で私を見てきたお父様に、フンッと思いっきり顔を背ける。
何があろうと私は絶対に行かないからね!
そんな私達の様子から大体のことを把握したのか、お兄様は私の真正面へとやってきた。
「花蓮は生誕パーティに行きたくないの?」
「行きたくありません!」
「それは“百合宮家の長女”としての返事かな?」
「!!」
指摘されたその言葉にぐっと詰まる。
お父様との問答よりも、お兄様の方が手厳しく来るとは思わなかった。
そう問われてしまうと、私が出さなければならない正解の返事は「いいえ」だ。
でもそんな言葉絶対に言いたくない……っ!
唇を噛みしめて黙り続ける私をどう思ったのか、お兄様は一つ小さく息を吐いた。
「どうして行きたくないのか、理由は言える?」
分かっている。事情を知らない二人から見たら、こんなのただの駄々を捏ねた我儘でしかないことなんて。
「だって、だって。嫌なんだもん! 怖いんだもん!」
白鴎に会った瞬間、もしゲームの花蓮のように彼を好きになってしまったら?
もし、誰が傷つくことになっても何とも思わないようになってしまったら?
“私”が、“私”でなくなってしまったら。
「怖いって……、花蓮は人見知りだったっけ?」
「いや、確か咲子が連れて行った婦人会では平気だったと報告を受けているから、その線は無い筈だが」
振り絞った返答に首を傾げた親子がどうすべきか迷っていると、花蓮にとって最後の関門が姿を現した。
「お部屋にいないからどこにいるのかと思ったら、皆してここに集まって何をしているの?」
「咲子!」
「母さん」
口々に名を呼ぶ面々の顔を見回した後、最後に目を向けた私の表情にお母様は「まぁっ!」と口許を片手で押さえて、こちらに駆け寄ってきた。
そしてお父様に向けて目を吊り上げる。
「貴方! 花蓮ちゃんに何をしていらっしゃるの!? 可愛い花蓮ちゃんを泣かせるのは、いくら貴方でも許せません!」
お母様のその剣幕に、ヒョロっとしたお父様は慌て出した。
「違うんだ咲子! ご招待された白鴎家の詩月くんの生誕パーティへの出席を花蓮が嫌がるから、その説得を」
「行きたくないものを無理に連れていく必要はございません!」
えっ、と目を丸くするお父様とお兄様。
私もお母様の言葉を信じられないと思わず顔に出してしまったせいで、その場の空気がなんか変な感じになった。
だってこう言う話に一番家の体裁を気にしていたのは、お母様だった筈だ。
そのお母様が一体どういう風の吹きまわしで、行きたくない派の私の味方のような発言をするのか。
そんな私達の空気をものともせず、お母様はビシッと強く言う。
「花蓮ちゃんは頭を打ってそれが完治したばっかりなのですよ!? 白鴎家で開催されるパーティだなんて、そんな参加者の多そうな場所でもしまた不慮の事故で頭をぶつけてしまったらどうなさるおつもり!?」
過保護きたーーーーっ!!
いつまでそれ引きずる気ですかお母様、本当に完治してお医者様のお墨付きも貰ってますから!
というかぶつけたのは頭じゃなくて正確には顔面ですけど。何かこれ以上馬鹿になったらどうしてくれるのみたいに聞こえるのは私だけですかね。
「た、確かに」
何頷いているんですかお父様。
え、なに。皆して私の頭が退化したと思ってんの?
「……ごめんね、花蓮」
頭ナデナデは嬉しいんですけど今は止めてくださいお兄様。それ一体何に対する謝罪ですか。
私は不名誉な誤解を撤回させるため猛然と抗議すべく口を開こうとしたが、それより先にお兄様がお母様に同調する方が早かった。
「さっきはああ言ったけど、実のところ僕も花蓮の出席は反対。詩月くんが主役といっても参加者の大半は大人でしょ? 見る目ある人には早々に目をつけられて、申し込みが殺到したら大変なのは父さんでは?」
お兄様の言葉にハッとしたお父様は急に眉間に深い皺を刻みこんでムムム!と唸り始めた。
申し込みって一体何の話だ。
「お兄様?」
「花蓮にはまだ早いよねって話しだよ」
さっぱり分からん。
けどまぁ、白鴎家主催のパーティに参加しなくても良くなったことに一先ず安堵する。
本当にあの時顔面ダイブして良かった。気絶するほど痛かったけど。
しかし安心するのはまだ早かった。
「ところで花蓮ちゃん」
「はい、お母様」
「実はね、同じ日に春日井夫人主催のお茶会があるのだけど、一緒に行かない?」
「え」
固まった私に笑顔のお母様が迫り来る。
「参加するのは主にご婦人方よ。それにその方達のお子さんも参加されるから、女の子のお友達もたくさん作れるから安心して頂戴」
ずいっと一歩近づいてくるお母様に、障害となる壁は無い。
「ねぇ花蓮ちゃん、一緒に行くでしょう?」
ぎゃっ、肩に手を置かれた! 重い!
お母様の
お父様に目を向けるとそっと視線を逸らされ、お兄様には諦めの微笑みを送られた。
お兄様はまだ小さいから仕方ないがお父様、アンタはダメだ。
愛娘の危機を二度も救えぬ愚かな父親に神の鉄槌を!
「花蓮ちゃん?」
「い、行かせていただきます。お母様」
正解も不正解も何も、私には「
やはりこの百合宮家のヒエラルキーの頂点は、お母様であることが再認識できた日であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます