第7話五日市 光厳寺の山桜

⑦光厳寺の桜。


平成十三年四月二十二日


 ある巨樹の本を見て、五日市の光厳寺というところに山桜があることを知った。


それと前後してラジオの番組で五日市に四百年経った山桜があると聞いた。


多分同じ樹であろう。


これはぜひ行って見なくては・・・


今年はもう花は終わりかもしれない。


でも、樹だけでも見てみたい。


思い立ったら行ってみるまでそのことが頭から離れない私の性格である。


早速、出かけていく。


五日市まで行ってみてそこで聞けば良い。


寺の名前が分かっているから簡単であった。


せりあがるような急な道を登っていく。


坂道は苦手だ。


私の車はギア付きの今どき骨董のような車である。


ギアチェンジで止まったら、そのまま落ちてしまいそうな気がする。


急な坂道である。


ギアをローに切り替えて一気に上っていく。


対向車の無いことを願いながら。


その光厳寺は頂上にあった。


庭先を借りて駐車させてもらう。


樹齢四百年という山桜は寺とは反対側の斜面に立っていた。


右は畑で左は小学校への斜面になっている。


美しい姿である。


両手を大きく広げて立つ、鎧武者のようだ。


当然ながら花は終わって新芽を美しく纏っている。


この迫力のある鎧武者に私は惚れてしまった。


枝垂桜ではないが、充分に私を魅了してやまない。


四百年も経っているというのに、この若武者のような姿はどうだろう。


生命力がみなぎっている。


ここに立っているだけで私は百年分のパワーをもらえそうだ。


この興奮をスケッチブックに写し取ることが出来るだろうか。


手が震えるのはあながち寒さのせいだけではないだろう。


スケッチブックの右側にその太い幹を描き、左手のようなその太い枝を


描くのに二枚分掛かる。


幹も太いが枝も長い。


しかも、左手だけで右手や頭に当たる部分まで描くとなると五枚や六枚では描ききれない。


夕方になり寒くなってきた。


手がかじかんできたりしびれてきたり

とりあえず今日は二枚分だけにとどめておこう。あとの分は今度来よう。


必ず来よう。


しだれ桜でもない樹に惚れた経験は初めてだった。


巨樹だからだろうか。


山の中に一本で頑張っている樹だからだろうか


この時から私は巨樹に対しても関心を持つようになっていった。


一人で頑張っている樹はエライ。


まるで父親に抱かれて眠っている幼子のような安心した気分にさせてくれる。


後ろ髪引かれる思いでこの樹を後にした。


暗くなりかけていた。


また、来られるという安心感もあった。


秋でも良い。


紅葉の頃の桜も素晴らしいだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る