第9話



 地図と資料の入った段ボールを千藤さんと教室へ運ぶ。


 朝礼開始の鐘の音が鳴る前には教室へ戻って来ると、教室には担任の大山先生が教卓の近くに立っていた。


「おっ、ありがとう。西田も手伝ってくれたのか」

「はい。千藤さんにお願いされたので」

「そうか。なら、良かった。少し気になって様子を見に来たんだ」


 ワイシャツに黒のスラックス。ワイシャツの第一ボタンは外して、長袖を腕まくりしている姿の大山先生は、やる気の無さそうな目元を緩くした。


 その腹に何かを抱えたような表情に俺は目を細めるが、大山先生は気にすることなく千藤さんへ視線を向けた。


「悪いな、千藤。助かったよ」

「あ、いえ。大丈夫です」

「頼れる奴がいて少し安心した」

「……え、いや、あのっ!」


 そういうと大山先生は話を聞かずに片手を上げて教室を出て行った。


 頼れる奴という部分を真面目そうな千藤さんに否定されかけて傷心気味だ。いや、あれは半分言いかけて辞めたから、ほぼ言っている。考えるほど余計に傷が増えていく。


 黙って席に戻ろうと、机まで行くと金髪のヤンキーが俺の席に座っていた。彼はこちらを睨んで肘を机についている。


「うわぁ、ガラ悪いな」

「見た目はそうかもしれないけど、実際は違うからな」


 頬を膨らませて怒っているとアピールしてくる彼、本町もとまちかおるは見た目よりも気さくな人だ。


「そんな男に頬膨らませられても可愛くもない」

「モテ仕草だ。女子がやれば男はイチコロだ」

「いや、女子がやっても微妙だろ。作ってんなぁーぐらいに思うのが関の山だ」

「そうやって可愛いアピールしてくるのが可愛いだろ」

「あー、そういうもんか」


 正直、あまりピンと来ていない。


 可愛い仕草とか意識して見たこともないし、ぶっちゃけ関わりがない話だと思っている。


「だから、オドオド系女子とか俺は好きだぜ?」

「ん?」


 本町はそういってニヤニヤと笑みを浮かべる。


 その表情に何を探ろうとしているのか理解する。しかし、真面目に取り合っても面倒な気しかしない。


 このまま無視してしまってもいいが、俺の席を占領しているのは彼であって、無視しようにも出来ない状況ではある。


「退いてくれ。そこは俺の席だ」

「おっと、簡単に退かせていいのかな?」

「意味わからん。早く退け」


 彼に苛立ちを覚えるが、彼は余裕しゃくしゃくと人差し指を立てると左右に振った。


「西田に伝言がある。聞きたいだろ?」

「いや、別に。俺に用ある奴って面倒事を持ってくるからな」

「卑屈だなー。それに俺は用ないけど話すだろ?」

「用がないから別になんとも思ってねぇーわ」

「……それもそうだな」


 彼は妙に納得したように頷く。


「んで、伝言を言って席を退くのか。さっさ退くのか。どっちなんだ?」

「どっちも席を退く選択肢なんだけど?」

「当たり前だろ。人の席に図々しく座ってるんだから」

「二つの選択肢から第三の選択肢を選ぼう。退かずに話そう」


 妙に得意げな表情に大きく息を吐く。

 さっさと話す考えはなかったのだろうか。


「んで、伝言ってなんだよ」

「ああ。ショートカットの可愛い一年生からだぜ」


 ショートカットに一年生。そのキーワードで誰なのか頭の中に顔が浮かぶ。


「“今年のお墓参りは一緒に行くのか?”だとさ。お前、その一年生とどんな関係だよぉ!」


 本町はそう言って腹をポカポカと両手で叩いてくる。


 そういうあざとい行動されても、可愛くも何ともない。


「リア充なのか? 朝から見せつけてくるクソゴミなリア充なのか?」


 本町は叩くのを辞めたと思うと、ギラついた視線で睨んでかな。


「一緒にお墓デートとかゾンビ映画のカップルなのか?」

「それ、一番初めにゾンビに食われる奴らだろ。それにお墓デートってなんだよ。趣味悪すぎるだろ」

「でも、そんなの関係ねぇ! 滅びろリア充!」


 理由の分からない私怨を含んだ発言に思わずため息が出る。


「……ウザい」


 妙な熱の入った本町の相手は既に面倒になり、彼の話は聞いても抜けていくだけだった。




 本町のしつこい質問や怪訝そうな視線を無視して一日を過ごす。


 授業を受け、ノートを写して、休み時間は本を読む。たまに本町に絡まれ、無視して本を読み続ける。そんな変わらない日々を過ごして、家に帰る。


 母親に挨拶し、部屋へ行くが、誰かがいた様子もなく、静かに橙色の夕陽の明かりが窓から入っていた。


「……あいつ、本当に言い逃げしやがったな」


 部屋で漫画を読んでいると思っていたが、彼女はこれから夏祭りの日まで姿を現すつもりがないようだ。

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