第8話



 何もそんな驚くことではないと思う。


 基本的に行事には協力的ではないが、何かと仕事を頼まれればこなしている。


「それで、何を運べばいいの?」

「え、あーうん。資料室から地図を運んで欲しいって言ってた」

「そうか」


 そう言って、教室から先に出ると、彼女は後を追いかけてくる。


「あの……ごめんなさい」


 後ろから謝る言葉が聞こえて思わず振り返る。


「……えーと、何が?」


 何もしていないのに謝られてしまうと、逆に自分が何かをしてしまったのではないかと思い、色々と思考を巡らせる。


 ひとまず、話をするために歩幅を彼女に合わせると横に並ぶ。


「い、いえ。あの、面倒ごとをお願いしてしまったので……」

「……いや、謝るようなことじゃないけど」

「……そうですか」


 この絶妙に気まずい雰囲気は、どうにも得意ではない。


 何もかも気にせずにいれたら良いのだろうが、残念ながら、俺の精神はそんなに強くできていない。


「なんで、大山先生からお願いされる事になったんだ?」


 話題作りと単純な興味。

 朝に先生から面倒ごとをお願いされる状況ってなんだろう、という関心だ。


「えーと、朝早くに教室に来たら、筆箱が無いのに気が付いて。それで昨日に自習室で勉強してたから、そこにあるのか探しに行ったら大山先生と鉢合わせちゃって……」

「ふーん。顔を合わしただけで面倒ごと押し付けられたのか。運ないな」

「あはは……そうだね」


 元々、彼女はおしゃべりではない。それでもこの状況に慣れたのか少し硬さが取れた気がする。


「自習室で勉強って毎日やってるのか?」

「うん。私、取り柄とかないから勉強ぐらいはできないといけないし」


 彼女は自虐的に弱々しく言葉を吐く。


 こういう時になんて励ましたら良いかわからない。こういう自虐的な言葉の返答は、ぶっちゃけると面倒だと思う。


 こういうことを正直に思ってしまうから、俺の社会性は壊滅的だと思うが、どういう言葉を返せばいいのかわからなく、考えるのが面倒になってくるのだ。


 だから、それっぽい言葉で彼女を褒めてみる。


「まあ、背高いし、眼鏡取れば顔悪いわけじゃないんだし、何もないわけじゃないんじゃねぇーの? それに何もないからって、それが悪いわけじゃねぇーし」


 彼女を横目でチラリと見ると、彼女はなんとも言えない困ったような表情をしていた。


 人が考えることは人それぞれだ。だから、俺はこれ以上、何かを言うのはやめる。


 しばらくして資料室へと着くと、扉を開ける。部屋の中は真っ暗で何も見えない。


「お化けでも出そうだな」

「あはは……そうですね」


 部屋の中に入り、壁際の蛍光灯のスイッチを探す。壁に手をついて、スイッチを探すと手に何かの凹凸を見つける。


 そのスイッチを押すと部屋が明るくなり、地球儀や巻かれた地図、埃を被ったダンボールなどが目に映る。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴の出どころを見てみれば、ダンボールを足に引っ掛けた彼女がいた。


「大丈夫か?」

「……い! いえっ! ごめんなさい!」

「いや、謝られても困るんだけど」

「……そ、そうですよね。すみません」


 会話に固さがなくなった彼女が元に戻る。これではやりにくくて仕方ない。


「お化けでも見たか?」

「あ……いえ、見てません」

「あー。なら良かった」


 適当に冗談を交えると、彼女は俯く。これでは会話が続かない。バレないように少し多めに息を吐いた。


「でも……お化けがいるなら会ってみたい……かも」

「ん? なんでだ?」


 突然の話に思わず聞き返す。


「お化けがいるなら、あの世があるってことだから……。そしたら、会いたい人に会える気がして……」

「ふーん。変わってるな」


 俺は適当に返事をすると、先程彼女が言っていた背丈ほどはある巻かれた地図を手に取った。


「そうかもしれない……ね。西田くんはいないかな?」

「何が?」

「お化けでも会いたい人」

「……さあね。会っても、大切な話なんて何もないよ。それにお化けなんてくだらない妄想だよ」

「それを言ったら何も言えないよ」


 彼女はクスリと笑う。彼女は自分の発言をくだらない妄想だと思って訊ねている。だから、こうして笑っていられるのだ。


 もし、本当にお化けでも会いたい人に会えたとしても、伝えたいことを伝えたとして、それは虚しいだけなのに。

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