わたくしの婚約者

 私はサミュエル・シュヴァリエ。オレリアン王国の第一王子だ。何事もなければいずれ国王になるであろう私に制約は多い。

 それは私生活においてもだ。


 私の許嫁は8歳の時に決まった。私の誕生日パーティーという名目で、私と歳の近い令嬢達を招いたのだ。令嬢と言えどもまだ幼児に近い年齢の子供達だ。親にいろいろ言い含められていただろうが、それを守れる程の持続性、集中力はもちろん無かった。

 その中で一人、人形のように動かない令嬢がいた。いや、動いてはいたのだが、席を立って走り回ったり、動かないまでも欠伸を噛み殺したり、ウトウトしだしたり…そんな様子は全くなくただ座っていた。

 彼女の名前はエトワール・ブラン。古くから続く侯爵家の、私と同じ歳の娘だ。彼女が私の許嫁に決まったのだが、勿論ただ座っていただけで決まった訳ではない。

 彼女は大人しく、馬鹿でもなく、しゃしゃり出ることもなく、黙って後をついてくるだけでもなく…質問をされると何もわからない訳では無いようで、ただ、返す言葉を慎重に選んでいるようではあった。

 彼女の父親もそこそこ優秀で母親も突出して目立つ訳でもなかった。

 第一王子の婚約者はいづれ国母となる可能性のある立場だ。自己主張の強い女は要らない。適度に賢く、適度に大人しく、王妃としての仕事が出来るなら人形のような女でも構わない。権力欲の多い縁者も要らない。

 彼女はその時点で全ての条件に当てはまった。


 婚約者と言ってもたまに会うだけの彼女は、年齢を重ねただけで、いつも口元にうっすらと笑みを浮かべているイメージだった。

 彼女が少し変わったのは12歳を過ぎた辺りだっただろうか?突然髪の毛をグルグルに巻いてきた。香水だろうか、人形のような彼女のイメージにはそぐわない、きつい匂いだった。それくらい、婚約者を辞させる程のことではない。のちの王妃としての教育はいつも完璧だったからだ。そばに居たいとは思わないが、世継ぎを作らねばならない時には匂いさえ落とせば問題ないだろう。

 それくらいだった。


 一体どうしたのだろう?


 一緒にいるのはあの精霊に招かれた女性か?

 かの女性が現れたのは王家が管理する精霊の泉だった。突然泉が光に包まれたかと思ったら、操られたように虚な目をした彼女が泉の上を歩いて来たらしい。彼女は岸辺に足をつけるとそのまま崩れ落ちるように倒れたのだと泉の管理人は言っていた。


 アースガルドには精霊がいる。精霊は色々なものに宿り、見えはしないものの人々の暮らしに影響を及ぼした。その中でも精霊王は別格だった。人間に近ければ平和と繁栄を、動物に近ければ滅びを…

 かつて、オレリアン王国では大規模な災害に見舞われる事があった。それも動物側に立つ精霊王の仕業だったそうだ。

 王家の管理する精霊の泉はその精霊王から預かったと言われている。

 ただ迷惑なものだと思う。しかし、その泉の管理を任されているから現在のオレリアン王国に災害が起こる事が無くなったのだと伝えられていれば、子孫としては真偽の程はともかくとして守っていかなくてはならない。

 そんな泉に現れた女性が只人ただひとの訳がない。


 宰相のルフェーブル卿が


 「輝く様な髪のお美しい女性」


 と言ったが、私には目と鼻と口のある普通の、そして王家にとっては扱いの厄介な女性としか思えなかった。


 その女性と婚約者が、仲良さげに手を繋いで私の所に?しかも、しばらく見ない間に婚約者は昔の清楚な姿に戻っていた。


 「…珍しいね。そんな所に立ってないで、中に入ったら?」


 珍しいどころか、彼女は私が生徒会の仕事を始めて一度だってこの部屋に来た事はない。


 「どうしたの?私に何か用事があったんじゃ無いのかい?」

 「ア、アヤカ様がサミュエル様をお探しでしたので…」


 アヤカ様?彼女がエトワールに何かを言ったのだろうか?

 学校内では何事にも関わる事のない彼女がどうして異世界から来た女性のファーストネームを呼ぶ程の仲になったのか?


 「アヤカ嬢久しぶりだね。それで何の用かな?」

 「そ、それじゃあアヤカ様、ごめん遊ばせww」


 走った‼︎エトワールが…いつも人形の様だったエトワールが…感情を表に出して…。

 ちらりとヴィクトーを見るとニヤニヤしている様に見える。


 「ちょ、エトワール‼︎待ちなさいよ‼︎あ、王子様失礼します。ヴィクトー君もまたね。えとわあぁぁぁるうぅぅ‼︎」


 ………どういう事だ?


 「エトワール嬢とアヤカ嬢、仲良かったのかな?サミュエル、何か言ったの?…って知らなそうだよね」

 「ああ…彼女とアヤカ嬢が知り合いだった事すら知らないな」


 初めて彼女に興味を持ったのかも知れない。今まで感じた事もないモヤモヤとした気持ちを、私は感じていた。

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