13

 ただ、私は彼に、なぜフランスにいたのか、なぜ日本にきたのか。それから、マユズミさんは普段何をしているのか。という質問を二度ほどずつしたのですが、その質問はうまくかわされてしまうのでした。きっと何か伝えたくない事情があるのであろうと、私はあまり考えないようにしました。

 ある日のことです。彼はいつも通りに微笑みながら、私に淡々と告げました。

 「一つだけ、申し上げなければならないことがあります。僕としてはとても辛いことで、これはどうしても仕方がないことなのですが、そろそろ僕はここから遠くへ行かなければならないことになりました。先ほども申し上げましたが、こればかりは僕の立場ではどうすることもできないものなのですよ、どうしようもないことなのです」

 あまりに突然告げられたので、私は、驚きのあまり、言葉が出ませんでした。

 しかし、次の瞬間、私はつい口にしてしまったのです。

 「私も一緒にそこへいくことはできないのでしょうか」

 彼はしばらく黙ってしまいました。表情こそ優しく穏やかなままでしたが、大真面目に考えていることが私にもはっきりとわかりました。今までたくさんの質問をしてきましたが、これほどまでに考え込んでいるマユズミさんははじめてでした。

 「はは、わかりましたよ、かまいません。しかし、もし私についてくるのであれば、ほんのわずかですが、あなたには知らなくてはいけないことがあります。ですが、その知らなくてはいけないことというのが、極めて大変なものなのです。それは、僕がなぜフランスにいたのか、なぜ日本に来たのか、それから、僕が一体何者なのかということなのですよ。あなたには、二度ほどずつ尋ねられたことがありましたが、僕はずっとこの質問に答えていませんでした。その理由は、簡単に知られてはいけないものだったからなのです。そして、この答えを知りたいのであれば、あなたは私についてくる必要があるのです」

 マユズミさんがしばらく考え込んでいたので、私はとても悲しい答えがくるのではと考えていたのですが、けして、そのようなものではなく、むしろとても嬉しいものでした。私は運命の人であるマユズミさんについていくことができるばかりではなく、マユズミさんが一体何をしている人なのか。ということも知ることができるのです。私の心はこれまでにないほどの歓喜に包まれました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る