吸血鬼と少女

三郎

第1話

 村外れの森に、大きな屋敷がある。そこには一人の吸血鬼が住んでいる。吸血鬼は遠い昔、この村を魔物まものと呼ばれる怪物から守ってくれたのだが、その礼として毎年一人生贄を捧げるよう要求してきたらしい。

 以来この村は吸血鬼に守られ、支配されている。その風習はかれこれ百年以上続いてる。吸血鬼は不老不死で、性経験のない十代から二十代の女性を好むらしい。今まで生贄にされた女性達は誰一人として館から帰っていないが、一度男性を生贄に出した時は生きたまま村に返され、別の女性を要求されたと村の歴史書に記録してある。

 吸血鬼は、魔物が出た時以外は村に降りてこない。魔物達は吸血鬼を恐れているのか、ここ数十年は村が魔物に襲われたことはないため、若い村人達は吸血鬼の姿を知らない。彼女——アリス・クローチェも世代的にはそうだが、一度だけ、たまたま吸血鬼の姿を見たことがある。

 幼い頃、彼女は吸血鬼が住む森で迷子になった。彼女はその森の奥に屋敷があることを知っていた。森に入ったのは屋敷に向かうためだった。

 その時彼女を助けたリリムと名乗った銀髪の女性は、吸血鬼だと自称した。風に靡く美しい銀色の髪、整った顔立ち、鈴の音のような美しい声、そして、血のような赤色の瞳。人間とほとんど変わらない姿だが、背中に生えたコウモリのような翼が人間ではないと主張するようにバサバサと羽ばたいていた。彼女はその翼を使って、木の上からゆっくりと降りてきたのだ。伝説として語られている恐ろしい姿ではなく、案外可愛らしい顔立ちをしていた。アリスは彼女に一目惚れをした。


「ほら、出口だ。村に帰りな」


「……」


「どうした? 帰らないのか?」


「……かえりたくない」


「親が心配するぞ」


「……しないよ。わたし、やくたたずだから」


 アリスは物心ついた時には親がおらず、遠い親戚の家で暮らしていた。しかし、アリスを引き取った親戚はドジな彼女を邪魔者扱いしており、口癖のようにこう言っていた。『お前なんて生贄になることでしか役に立たない』と。


「……だからおねえさん、わたしをもらってください」


 アリスが森に入ったのは、吸血鬼に拐われるためだったのだ。


「……そういうことなら……と、言いたいが、無理だ。村の娘をかってにさらうことしないって契約を交わしてるからな」


「……じゃあ、わたし、いけにえになる」


 アリスがそう言うと、リリムはニヤリと笑った。その言葉を待っていたと言わんばかりに。


「あぁ。そうするといい。それなら村からも文句を言われずにお前を手に入れられる。さぁ、とりあえず今は村に帰るといい。次の生贄は八年後。それまで絶対に死ぬんじゃないぞ。お前はあたしの大事な大事な餌だからな」


 リリムのその言葉に、アリスは素直に頷いた。

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