第8話 推しと過去の歴史と 2


 わたしのような人間が、過去に二人はいた。

 一人は今から五百年前に、一人は今から三百年前の時代に現れたという。


 最初の一人は、男性だった。

 男性は最初は天才ともてはやされたが、彼の披露する異端の技術に恐れをなした王が、火刑に処した。

 異端審問だ。

 男性は異端審問にかけられ、理不尽に痛めつけられ、無実のまま死んだ。男性は処される寸前に、嗤った。


 そして、言った。


「愚かな民よ、死する私を笑う民よ。恩恵を享受しながらも、強き者におもねる弱き者よ」


 男は唾を吐く。


「すべて、ほろんでしまえ」


 男の呪詛は雨となり、国に降り注いだ。

 国の発展を目指し、尽力し、人々に貢献した男の末路。あまりにもあんまりだ。

 そして、その国では感染症がはびこり、人々が減り。そして予言のように、その国は滅んだ。

 これが現在のヒュドール王国の元となった国である。

 ひとりの賢人を理不尽に痛ぶった国の、自業自得の末路だ。


 そして、三百年前の二人目。


 このとき、すでにヒュドール王国は建国されている。しかし、ひとりの賢者を自分の私欲のために葬り去った王様のことを、国民は覚えていた。その王様の愚策と「賢者の呪いで流行病が起きた」という妄言のせいで、感染者は膨れ上がり、ひとつの国が滅びたことも。

 それを教訓とした本は、ヒュドール王国では必読書とされている。


 国民はみな、思ったことだろう。

 賢者が生きていれば、流行病はすぐに治ったのだろう、と。

 その国は滅びず、千年も栄華を極めたのではないか、と。


 二人目は、気の弱い女性だったという。

 前世を思い出し、ヒュドール王国のもととなった国で同胞と言える男性がひどい扱いで処刑されたことを知り、卒倒したらしい。


 そして彼女は、ひっそりと隠れて暮らすことにした。


 しかし、彼女は公爵家の1人娘だった。そして不幸なことに、王太子の婚約者候補だった。

 彼女は静かに生きたかった。しかし、そうはいかないのが人生というもの。

 彼女の突飛なアイデアはじわりじわりと貴族の女性に伝わり、彼女は社交界のインフルエンサーとなってしまったのだ。

 ここから、百年は続く芸術文化が咲き始める。彼女は絵画や美術品に造詣が深く、そして彼女も創作者だった。


 王妃となった彼女により、大陸を巻き込むほどの芸術革命が起こった。そしてヒュドールは大国としての一途をたどり始める。


 彼女が前世の記憶があると判明したのは、彼女の没後だ。

 王妃の手記にそう書いてあった。

 そして、前世の芸術家たちに詫びる言葉もあった。


 わたくしのしたことは、ただの模倣だったのです。


 そう書いた彼女の手記を発見した歴史家は、その謙虚な人柄に感銘を受け、手記を出版社に持ち込んだ。

 そして王妃マーガレットの手記は出版され、ヒュドール王国初のベストセラーになったという。


 歴史家はのちに語る。

 すべてのものは模倣から始まる。

 そして、自分という絵の具を足して、絵は出来上がる。

 王妃の描いた絵画を見てほしい。

 彼女の繊細で謙虚な人柄と、気鋭の才能を見られるだろう。

 彼女は間違いなく自分の力で道を開き、多くの芸術家たちに大きな夢を抱けと教えてくれたのだ──と。


 これはあくまで世間一般での、二人の前世持ちへの評価である。


 さて、わたしの所感はこうだ。


 一人目のひと、知識チートだし、二人目のひとは乙女ゲーの悪役令嬢じゃない?

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