第6話 推しと疼き出しそうな魔眼と車種名と

リリエールさんが震えながらスノウにベルトを一応つけて(試行錯誤してなんとか良い位置を見つけていた。リリエールさんが涙目になっていて同情してしまった)、地獄へのドライブが始まった。


 初速を出すためにガッタンガッタン揺れるのは、前世で言う飛行機の乱気流に巻き込まれたみたいな恐怖を思い出したけれど、五分もしないうちに安定した走行に変わった。


 とはいえ揺れるには揺れる。馬車とぶつかったら大変なため、道なき道を走っているからだ。獣道とも言う。野生動物が出てこないか不安だが、車体から野生動物が嫌う音波を出しているらしい。


 野生動物には優しい作りなのに、なぜ人間には優しくない機能を追加しているんだと聞いてはいけないだろう。


 なにかの深淵を覗いてしまいそうである。


 この車みたいなものの名前は、「ケルベロス」というらしい。随分と雄々しい名前をつけたな、と思ったけど、推しが「命名権は魔導師連盟にあるので……」と苦々しく言っていた。王太子様が主導していたプロジェクトだったのだが、命名権を作り手たちに委ねたそうだ。一番愛着があるだろうから、と気をきかせたのだが、あまりにも魔眼が疼き出しそうな名前になってしまった。


 そして回り回って王太子様のネーミングセンスを疑われることになっている。


 哀れな……。


「最初バーニングヘルという名前になりそうだったんですよね」


 リリエールさんが補足してくれた名前に口の端が引き攣った。思い出したくもない前世の黒歴史まで蘇ってきそうだ。というか乗り物に炎上しそうな名前をつけるな。


「ヘルズファイアとかもあったな」

「インフェルノとかもありましたね」


 あれ、前世の車種名とあまり変わらないのでは……? と気づいたことを気づかないフリをした。

 深淵を覗いたらいけないのだ。

 技術集団とオタクの相性の良さは宇宙共通とだけまとめておこう。

 この世界どこにあるのか知らないけどね。


 スノウに口で猿轡を外してもらう。ついでとばかりに頬まで舐められたが、もう慣れっこだ。


 それよりも、この世間話の流れ、いける!

 この世界の主人公、ルシアちゃんのことが知りたい!


「あの、ルシア姫って、もうヒュドールにいらしてるんですよね?」


 さりげなく、世間話をよそおって聞いてみた。


「ええ、ルシア様は今は宮殿にお住まいです」


 てっきりルシアちゃんの護衛騎士である推しが返事をすると思ったけど、リリエールさんが教えてくれた。


「どんな方なんですか?」

「それは副団長に聞いたほうがいいですね」

「……」


 推しの雰囲気が変わった。聞かないでくれ、と言わんばかりの空気が発せられている。

 え、なんかあったの?


 というか、今原作の何巻なんだろうか。

 最後に読んだ七巻は、戦争の前の気配というか、国同士の小競り合いが始まりそうな空気がすごかったけど。


 王都行って大丈夫かな……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る