幸せそうな顔してるだろ。嘘みたいだろ。裏切られるんだぜ。

柚津を家まで送った帰り道、梨樹人は今にもシャドーボクシングを始めてしまいたい、そんな行き場のない高ぶりをニヤけ面だけに閉じ込めながら歩く。


うぉぉぉぉぉぉ〜!!!!え!?何!?俺にもとうとう彼女ができたのか!?


頭の中お花畑、とはまさに今の梨樹人のような状態をさすのだろう。そう確信できるくらいには初めての恋愛に浮かれていた。

その心情とは裏腹に、ある程度クールなキャラを保っていきたいという中二心も活火山状態であり、その気持ちが付き合い始めて最初に送信したメッセージに表れる。


『改めて、卒業おめでとう!

それと今日はありがとう。告白してもらえて嬉しかった。

これからよろしく!』


これだけ考えるのに1時間もかかったけど、できるだけ浮かれた気持ちがばれないように文章を綴って推敲したつもりだ。これならがっかりされないで済むよな?

そう思ってからもう一度文章を見直して送信。数瞬の後、メッセージの送信が完了したかと思うと、その隣にはすぐに「既読」の文字が浮かぶ。


え!?もう!?ずっと見てたってことか!?かわいいかよ。


と感動してからすでに早30分、スマホを片手に返信を待つが、柚津からの連絡は未だに無い。

時計の針が時間を刻むたびに、既読無視をされていることに梨樹人の心のざわつきは強くなる。


なんだなんだ?俺のメッセージ何か悪いとこあったか!?気を悪くさせたか?


何度も自分のメッセージを見返すが、自分では特に変なところは見つけられない。

焦燥を抱えながら時間だけが過ぎていく中で、梨樹人は初めてメッセージの返信を待ち遠しく思っていた。


柚津と梨樹人のメッセージのやり取りはなにもこれが初めてではない。

小学校から何度も同じクラスになったり、卒業の前も席が前後になっていたり、同じ班になったり。公立の中学校なのだから同級生は皆、幼馴染ばかりなわけだが、これだけ縁のある相手は実はそれほど多くない。


これまでにも班活動やら、勉強を教えあうやら、その他いろいろなところでメッセージのやり取りはしてきた。

ただ、梨樹人は基本的に面倒くさがりであり、普段のメッセージのやり取りは相手が誰であっても事務的かつ返信スピードも遅い。


本来であれば、そのことを踏まえて自分の今の行動――メッセージへの即レスを期待してソワソワしている状態――を振り返るべきなのだが、やら初めての恋愛というのはそんな些末なことは意識の外に押しやってしまう麻薬のようだ。


焦りをごまかすのと時間をつぶすために、柚津との過去のメッセージ履歴を遡る。

といってもその履歴には数回のやり取りしか無い。

20回に満たないやり取りのほとんどは柚津からの事務連絡に対する梨樹人の素っ気ない遅レスかスタンプだけの返信で終わっていた。

そんなわけで梨樹人の過去メッセージ探訪もすぐに終わりを迎える。


だぁ゛〜だめだぁ!一回風呂に入ってこよう!


メッセージの送信からおよそ1時間経っても返ってこない状況に焦れた梨樹人は、ひとまず別のことをして気を紛らわせようとシャワーを浴びに行くのだった。


***


シャワーから出てスマホをチェックすると、メッセージアプリの柚津との欄に通知が4件。

メッセージが来た時間は5分前。


アプリを開く前に確認できる通知に表示されるのは、最後に送られてきたメッセージだけなわけだが、そこに書かれていたのは「yuzuがスタンプを送信しました」という通知であり、その内容をうかがい知ることはできない。


梨樹人は慌ててそのメッセージを開とそこには、


『おめでと〜!』

『こちらこそ、告白を受けてくれてありがとぉね』

『これからよろしくおねがいします』


というシンプルなメッセージのあとに、犬がデフォルメされたキャラクターが「よろしく」と言っているスタンプが添えられている。


単純に見ればこの返信に違和感を感じるところはない。

しかし、メッセージを送った瞬間に既読がついたことに気づき、それから1時間+α待機していた梨樹人にとっては不思議に感じられた。


なんでこれだけのメッセージを返すのに1時間以上もかかったんだ!?気になる!


とはいえひとまず返信があったことに安堵した梨樹人はすぐに『既読無視されたのかと思ったw』と、素直な感想を返す。今回は既読だけでなく、メッセージもすぐに返ってきた。


『え!?なんで!?そんなことしないよ〜』


『いや、だって、既読ついてから1時間たってもなんも返ってこないからさw』


ご覧の通り、梨樹人の思考回路は童貞丸出しである。

自分が同じようなメッセージを書くのに同じくらいの時間をかけたことは棚上げすることも、デリカシーをパージすることも難しくはない。

そもそもそこまで思考が回っていないのか、こういった繊細な部分はあえて突っ込まない暗黙の了解があるところなのだが、梨樹人は驚くほど配慮のないメッセージを返す。


当然というべきか、既読はすぐにつくが、そこからまたしばらく柚津からの返事が来ない。


5分待ってもこないので、『ごめん、気に障ったりした?』というメッセージと「ごめんなさい」というスタンプを追撃してみた。


これもすぐに既読がつく。

数分も経過していないにもかかわらず無反応なスマホに対して不安感が最高潮に達したころ、返信が届く。


『ふっふっふ〜いままのでこと、反省した〜?』


え、なんだろ。わからない。多分反省できてない。俺何か怒られてたの?


『ごめん、多分反省できてない。なにか怒らせることしたっけ?』


『も〜なんでわからないのー』

『いつも返信が遅いのは神夏磯くんでしょー』

『柚津がいままでどんな気持ちで神夏磯くんからの返信を待ってたか、わかってくれたかな〜って思ったの!』

『そのために頑張ってすぐにお返事するの我慢したんだから!』


なるほど、確かに待ってる時間はつらいな。


『よくわかった。これまで申し訳なかった』

『これからはできるだけ速く返すようにするよ』


『わかってくれればいいの〜♫』

『今回も我慢するのめっちゃ辛かったんだからね〜』

『あぁ〜神夏磯くんのこと好きすぎておかしくなっちゃうよぉ〜』


まじか、かわいいかよ。いや、かわいいだな。なんだこれ、これが恋か。


このメッセージを確認したときに、一日卒業イベントに忙殺されて疲労が溜まっており告白からの返信待機で興奮と緊張状態が維持されていた梨樹人の意識は、大量の安心感の投与によって急激な睡魔に襲われる。


あぁ......とりあえず......よかった........................。


眠りに落ちた梨樹人の手には、未送信状態の『おやすみ』のメッセージが表示されたスマホが握られていた。

無論、翌朝には、いきなりメッセージのやりとりをぶち切ったことを怒られて釈明することになった。


このときはちょっと怒られることも幸せに感じてしまうくらい舞い上がっていて、これから進む高校は違うけど、進む将来が違っても、その未来にはなんの障害もあるはずがないと思っていたんだ。

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