このころ思い描いた未来には辿り着かないんだなこれが
「ふぅふぅ......はぁぁ」
ダッシュで上がった行きを整えつつ教室を見渡すと、いくつかのグループが雑談をして残っており、柚津も多分に漏れず、いつも仲良くしている3人の女子との会話に花を咲かせていた。
ちょっと声かけにくいけど、待たせてるわけだしな。
「あー、ごめん、今いい?」
4人の視線が突き刺さるが、全員が事情を察しているようで、柚津は彼女らに「じゃあまたね〜」と言い残して、タッタッタッと梨樹人の方に駆け寄ってきた。
「ごめん、お待たせ。結構待った感じ?」
「めちゃくちゃ待った!もー遅いよ!......なんてね☆
水泳部が長引くのは知ってたし。
でももしかしたら忘れてたり来てくれないんじゃないかとも思ってたから安心した」
柚津の満面の笑みに、梨樹人の心臓はダッシュで高まったそれよりも早く鼓動を打つ。
梨樹人の身長は169cmで、柚津の頭の先は梨樹人の肩より上くらい。
幼さの残る少し丸みを帯びた輪郭ときれいな黒髪の間からこちらを見つめる柚津の目はパッチリとしていて、胸部の成長はこれからに期待したいところだが、女性らしい唇や体つきには、年相応の女性性を感じさせる。
総じて、目立つ方ではないとはいえ整った容姿をしている。
告白されるかもって思うと、いつもより可愛く見えるなぁ。
そんな下心にまみれながらも、普段のクールキャラを守ろうと努めて普通に返す。
「さっき言われたばっかなんだから忘れたりしねぇよ。
まぁ、何にせよごめんよ。とりあえず帰りながら話す?」
「そうだね」
梨樹人と柚津の帰り道は途中まで同じ。15分ほど雑談しながら歩くが、本題に入ってはいない。
話が途切れたときには、柚津がなにか言いたそうにしていることはわかりつつも、梨樹人も恥ずかしさから別の話題を出してしまう。
そうこうしているうちに、とうとう分かれ道に差し掛かる。
「あー。その......今日は家まで送るわ」
「あ......えっと、いいの?」
「まぁ......な。その......本題もあるだろうし......」
「そっ!そうだね......ありがと。
でもその前にあそこの公園でちょっとゆっくりしない?」
柚津は少し先にある小さな公園を指差して言う。
人通りは少なく、2人が座るには丁度いいベンチがある公園だ。
話をするには丁度いいところってわけか。
「もちろん、いいよ。」
===
「ほいっ」
梨樹人は近くの自販機で買ったミルクティを手渡す。
ドラマとかではこういう感じでしれっと気を遣えるのがカッコいい漢なんだよな。
「わ、ありがと!あー、温か〜い♡」
そういって頬にペットボトルを押し当てて笑顔になる柚津。
うん、かわいいな。
あ、だめだわこれ、今までそんなに考えたことなかったけど、もう好きだわこれ。
え、これで俺が告白されるわけじゃなかったら心痛すぎるわ。
最近マンガで読んだわその展開。告白されるかと思ったら彼氏じゃなくて相談相手として付き合うことになる展開。
うわ想像しただけで辛い。帰りた......
とごちゃごちゃと考えている数瞬の沈黙は柚津によって破られる。
「あの......ね?」
「はい」
二人の間に走る緊張が目に見えるかと感じられるほどに張り詰める。
「その......呼び出してしたかった話っていうのは......ね?」
「うん」
「えっと......なにかわかる?」
「んー、どうだろ。わかる気もするんだけど、わからんっていうか。俺が言っちゃって良いのかわからんっていうか」
「あはは、そっかぁ。まぁ、さすがにわかっちゃうよね。あのね、話したかったのは..............................ずっと昔から好きだったっていうこと!私と付き合ってくれませんか!」
柚津は足元を見つめているが、その顔は首や耳まで、ゆでダコも斯くやと言わんばかりに赤く染まっている。
梨樹人の方はいかでか。
言うに及ばず、夕日も出ていないにもかかわらず、冷える気温の中で今にも湯気が立とうかという具合だ。
束の間の沈黙のあと、梨樹人が口を開く。
「その、俺なんかで良ければ、ぜひよろしくおねがいします」
「「..............................」」
「はぁ〜〜〜〜〜よかったぁ〜〜〜〜〜〜ー!」
無音の後に発せられた柚津の安堵の声に、張り詰めた空気が一気に緩む。
無論、2人を包む空気の温度は物理的に高いままだ。
「振られちゃたらどうしようって思ってたんだぁ」
柚津の目はほほえみをたたえながら涙を浮かべる。
くぅ〜!どんどん可愛く見えてきやがる!
どんだけちょろんだ俺は!
でもここであんまりにもテンション上がったらかっこ悪いよな。
できるだけ冷静に、できるだけ冷静に、っと。
「ありがとう。死ぬほど嬉しいよ。でも、なんで俺なの?
すごい申し訳ないんだけど、夏海に好かれてるなんて思ってもみなかったっていうか。
なんで好きになってもらえたのか、あんまり心当たりないんだけど......」
梨樹人にとって、手紙を受け取るまでは、他の女子と同様、時々話すクラスメイトの1人、という程度の認識だった。
特別親しかったつもりもなければ、何かを与えたりした記憶もない。
なぜ告白してもらえるのかに疑問を持つのも無理からぬことだった。
「それ、今言わないとだめかな?恥ずかしすぎてちょっと今日はこれ以上喋れそうにないんだけど」
涙は相変わらず溢れていたものの、ジトッとした目つきで抗議する。
「あ、そうだよな!ごめん、いろいろ急ぎすぎたかも。あー、とりあえず、今日は帰ろうか。」
「うん、そうだね」
そう言って微妙な距離を開けて歩き出した後、2人が口を開くことのないまま、柚津の家にたどり着いた。
「送ってくれてありがと。それと、これからよろしくおねがいします。じゃあ、またね」
「あー、うん。こちらこそ、いろいろありがと。よろしくおねがいします。その、なんだ。帰ったら連絡するわ」
「うん!よろしくね!」
締まりかけのドアの向こうから「ただいま〜」と少し間延びした、でも上機嫌なのがわかるような柚津の声が聞こえてきた。
梨樹人は今日の柚津のことを思い出しながら、いずれ訪れるだろう幸せな未来を想像しつつ帰路についた。
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