十五 4D探査
二〇三四年三月二十二日、水曜、一七〇〇時。
フェルミ艦隊壊滅後。
PDとPeJは、フェルミ艦隊がいた位置から地球の自転方向へ36000キロメートル離れた静止軌道上に、宇宙戦艦〈ガヴィオン〉級の、八個の曲面を持つアステロイド型幾何学立体の巨大戦艦がステルス状態で留まっているのを4D探査捕捉した。その最大長は〈ガヴィオン〉と同様に20キロメートルだ。
「これがフェルミ艦隊の本来の旗艦〈ユウロビア〉です。
現在、かつての旗艦〈ユウロビア〉は〈ザルド〉と改名しています。
今までの旗艦〈ユウロビア〉は本来の大きさの十分の一でした。レプリカです。
そして、我々が壊滅したフェルミ艦隊自体がレプリカのようです。
これをご覧下さい」
言葉でそう言ってPDとPeJはコントロールデッキの空間と各クルーのコントロールポッドに4D映像を投映した。壊滅前のフェルミ艦隊クルーの波動残渣である。
「フェルミ艦隊クルーはニオブのニューロイドですがバイオロイドです。
最初に壊滅した旗艦〈ユウロビア〉のセリウス艦長の顔の状態を分析しました。
4D映像のセリウス艦長の顔を分析した結果、皮膚細胞の経年劣化が一年以内、と判明しました。
旗艦〈ユウロビア〉に代って旗艦〈フェルミナ〉となった、突撃攻撃艦〈フォークナ〉のサマー・リー艦長の顔も、皮膚細胞の経年劣化が一年以内でした。
旗艦〈フェルミナ〉の波動残渣からも、艦体隔壁の経年変化は一年以内との結果が出ています」
「フェルミ艦隊は、壊滅を見越してレプリカ艦隊を用意していたか。
こっちの手の内を読んでいたなら、対応を急がねばならない・・・」
とは言っても、何をする?
Jは考えに行き詰まった。Jの困惑は精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)により、コントロールデッキにいる皆に伝わったが、コントロールデッキ内を多重位相反転シールドしているPDの操作で、コントロールデッキ外へは漏れていなかった。
「J。思考をコントロールしないと考えが全クルーに筒抜けだぞ」
CがJの精神思考を気にして言葉で伝えた。
すかさずPeJが言う。
「心配ないよ。PDとぼくが、ここから精神思考が漏れるのをシールドしてるよ。
思う存分、計画を練ってね。
あっそうだ。国際宇宙ステーションISS-ST2(ジャイロ型)には、
『シールドしたままステルスでいてね』
と連絡してあるよ。地上のPRIORUN(環太平洋と環インド洋連合国)本部にはそれなりのデータを送ってるから、気にしなくていいよ」
「PRIORUN本部も騙したのか?」
特捜班長前田に精神共棲したG(ガル(ゲイル)・ヘクトスター)が驚いている。
「騙してないよ。ちゃんと位置情報を送ってるよ」
PeJはそう説明して笑っている。
「何とも頼もしいサブユニットだな」
指揮官の吉永にはC(カムト・ヘクトスター)が精神共棲している。
班員倉科と山本に精神共棲しているZ(ザック(ザクレブ)・オオスミ)とM(マックス(マクシム)も納得している。
「そうでしょう!
だけど、ぼくはSAS〈M1〉とともに生まれて一週間だよ」
SASは、精神生命体ニオブの円盤型小型宇宙艦〈SD〉を模した球体型攻撃艦で名はAIの名で〈M1〉だ。PeJ同様にPDのサブユニットでPDの分身だ。
「旗艦〈ザルド〉レプリカ艦隊を壊滅させて何を知った?」
班員倉科に精神共棲しているZ(ザック(ザクレブ)・オオスミ)が呟いた。
「中国の宇宙ステーション・CSSと実験モジュールは隕石で破壊しました。
本来の旗艦〈ザルド〉は、我々を疑って我々の戦力を確認したのです。
これをご覧下さい。位相反転シールドとレプティカを破って思考記憶探査しました」
PDが旗艦〈ザルド〉内の4D探査映像をコントロールデッキに投映した。
コントロールデッキに、警察機構局特捜部指揮官室を連想する部屋が現れた。小柄な老年の女が執務机のようなコンソールに向ってシートに座っている。老年の女の前のソファーに、バトルスーツのような軍服を着た身体の大きな男がいる。
JとCたちは小柄な老女と大男だと思った。しかし、顔が人と違っていた。
小柄な老女と大きな男の顔はのっぺして、縦長の瞳の大きな目と鼻梁の無い二つの穴と、唇が無い口角の上がった口がある。声は聞き取りにくい小さな声で動物の鳴声でも人間の言葉でもない、喉を鳴らすようなくぐもった音だ。軽部が入院している中野の東京警察病院に現れた、軽部の上に身投げした女や、その両親や、担当していた看護師と、顔と声が同じだ。
「コイツラは何だ?」とZ(班員倉科)。
「レプティリアです。フェルミ(精神生命体ニオブの末裔の一族・フェルミ)に意識内進入して支配しているレプティリアです。
小さい方がレプティリアの女帝リズ。大きい方がレプティリアに隷属しているマコンダのアーサー・ブリット大佐、旗艦〈ザルド〉の艦長です」
爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティリア(レプティロイド)は、獣脚類が収斂進化したディノス(ディノサウルスが収斂進化したディノサウロイド)やラプト(ヴェロキラプトルが収斂進化したラプトロイド)とは異なる。レプティリアはディノスやラプトより穏やかだ。とはいえ爬虫類だ。基本的な捕食は獣脚類同様に哺乳類が対象だ。
フェルミはエネルギーを求めて、爬虫類の蛇が収斂進化したエネルギーを体内保存できる蓄電家畜マコンダを飼育した、と思っているが、マコンダはレプティリアの一種族であり、レプティリアはマコンダに意識内進入してマコンダを隷属している。
「コイツラがフェルミに、独裁者を操らせているのか?」とC(吉永)。
「そうです」とPD。
Jは旗艦〈ザルド〉と交戦するのは無駄だと考えた。
〈ザルド〉にくらべ、ISS-BS1の艦体規模は劣るが、防御エネルギーフィールドも兵器戦力も〈ザルド〉を遥かに上回っている。
〈ザルド〉のスキップ能力は亜空間転移までだが、ISS-BS1は時空間転移と時空間転送が可能だ。
〈ザルド〉を4D映像探査捕捉している今がチャンスだ。
JはおちついてPDに訊いた。
「ありったけのメテオライトを〈ザルド〉のスキップドライブ(亜空間移動推進装置)にスキップ(時空間移動)して〈ザルド〉もろとも、女帝リズとアーサー・ブリット大佐を消滅させるのは可能か?」
メテオライトのスキップ攻撃で〈ザルド〉のスキップドライブ(亜空間移動推進装置)が捕捉しているヒッグス場の全エネルギーを解放すれば、巨大なヒッグス粒子と化す。
解放されたヒッグス粒子は、ドライブ中枢防護隔壁を分子に変え、さらに原子から素粒子、そしてヒッグス粒子へ変え、ドライブ格納区画、そして艦体を分子に変えてさらに原子から素粒子へ、そしてヒッグス粒子へ変えて、ダークマター空間へ消える。女帝リズもアーサー・ブリット大佐はも、この世界から消滅する。
「4D探査していた〈ザルド〉の艦体とクルーの経年劣化の探査結果が出ました。艦体も、女帝リズも、アーサー・ブリット大佐も、誕生して一年以内です。全てがレプリカです。
〈ザルド〉の警戒ランク3。兵器の充填エネルギー50パーセント未満。
戦闘態勢ではありません。
レプリカの〈ザルド〉はレプリカのフェルミ艦隊同様に、我々の戦力を確認する囮です。
ここで〈ザルド〉をスキップ攻撃して、オリジナルの女帝リズとアーサー・ブリット大佐に、我々の戦力を見せることはありません。
〈ザルド〉壊滅時は、ヒューマが巻き添えにならぬよう、状況判断せねばなりません」
PDはそう言って考えている。
レプリカの〈ザルド〉をメテオライトのスキップ攻撃で壊滅させた場合、その様子はどうやってオリジナルの〈ザルド〉にいる、オリジナルの女帝リズやアーサー・ブリット大佐に伝わるのだろう・・・。情報収集衛星か・・・。
そう考えたJはPeJに指示した。
「PeJ。〈ザルド〉に情報を送っている情報収集衛星を探せ」
「はあい。待っててね。惑星ガイアの、つまり~、地球の周りにいるはずだから、見つけるね!」
PeJは自分のコントロールポッドで4D映像探査した。
「PD。オリジナルの〈ザルド〉を壊滅しよう。何処にいる?」
「レプリカの女帝リズとアーサー・ブリット大佐から遺伝子の波動残渣を得ました。
現在、オリジナルの存在箇所を4D探査しています・・・・。
見つけました。驚きです・・・」
コントロールデッキに地下空間4D探査映像が現れた。
Jが、ここはどこだ、と問う前に、PDが言った。
「地球の地下です。ユーラシア大陸の西側、古代遺跡の下です」
「もしかしてストーンヘンジの下か?」
「はい。彼らはフェルミ艦隊の旗艦〈ユウロビア〉を奪って〈ザルド〉と呼び、十分の一に縮小したレプリカの旗艦〈ユウロビア〉をフェルミ艦隊に残しました。
その時、〈ザルド〉は地球へ移動しましたが、スキップ(亜空間移動)に失敗して地下に埋没しました・・・」
〈ザルド〉は地下岩盤内の亜空間にスキップ(亜空間移動)した。艦体は位相反転シールドの防御エネルギーフィールドによって保護され、艦体内部に岩石が侵入しなかった。
〈ザルド〉はこの地下を格納庫として拠点化し、地球と地球外へスキップ(亜空間移動)している。
「オリジナルの〈ザルド〉は地球の地下にいて、レプリカの〈ザルド〉は静止軌道上だ。
PD。オリジナルのフェルミ艦隊はどこだ?」
Jの問いにPDが答えた。
「月の裏へ移動中です。
敵を倒すなら、中枢部の壊滅が最優先です。そして配下の艦隊壊滅です。
しかも中枢部の壊滅が艦隊に知れる前に艦隊を壊滅させねば、艦隊が逃亡しますが、どこへ逃げてもスキップ攻撃で壊滅できます」
「それなら、今、スキップ攻撃で〈ザルド〉とフェルミ艦隊を壊滅してくれ」
Jはそう指示した。
PDが困った表情で答えた。
「しかしながら、〈ザルド〉が地球にいる限り、スキップ攻撃はできません。
というのも、スキップ攻撃で〈ザルド〉を壊滅するには、スキップドライブ(亜空間移動推進装置)を破壊せねばなりません。
スキップ攻撃で〈ザルド〉のスキップドライブを破壊した場合、〈ザルド〉とともに地下空間の、厚さ1キロメートル、幅20キロメートル四方がヒッグス粒子と化して、ダークマター空間へ消滅し、地上は地震による多大な被害を受けます。
〈ザルド〉が地球の地下に留まる間は〈ザルド〉をスキップ攻撃で壊滅するわけにゆきません」
「〈ザルド〉が地球の地下に留まっているのは単なるスキップ(時空間移動)の失敗ではなかったのか・・・」
そう言いながら、 C(吉永)は、考えた。
ヤツラの逃避先が地球の地下とは、さすが、爬虫類のトカゲが収斂進化したレプティリアだけの事はある・・・。ヤツラには爬虫類の習性が残ってる・・・。ヤツラにトカゲの習性が残っているなら、それを使う方法は無いものか・・・。
トカゲは光を避ける。定まった温度と湿度の環境を好む。と言うことは女帝リズもアーサー・ブリット大佐も、直接〈ザルド〉の外へは出ないと言うことか・・・。
JはCの考えを読んで言った。
「Cが考えるように、〈ザルド〉を地球外へ誘き出そう。
女帝リズは、
『独裁国家と民主主義国家のどちらの体制がヒューマの増加に適しているかを見定める』
と言った。そして、
『現況を続行し、我々の侵攻を阻む戦艦〈ヒューム〉を叩き潰し、一刻も早く、ニオブのニューロイドを月へ行かせる』
とアーサー・ブリット大佐に話している。これを利用するのだ」
Jは説明した。
レプリカの〈ザルド〉は静止軌道上にいて、壊滅したレプリカのフェルミ艦隊がいた位置から地球の自転方向に距離36000キロメート先行した位置にいる。
レプリカの〈ザルド〉は位相反転シールドでステルスだ。
一方ISS-BS1は多重位相反転シールドしているがステルス解除している。
レプリカの〈ザルド〉にいるレプリカの女帝リズとアーサー・ブリット大佐は、ISS-BS1のJたちに気づかれていないと思っている。
このままISS-BS1を月へ移動させて、レプリカの〈ザルド〉とフェルミ艦隊を壊滅すれば、オリジナルの〈ザルド〉が月に現れる。その機会を逃さずに、〈ザルド〉を攻撃するのだ・・・。
「C、G、Z、M、PD、PeJ。
ISS-BS1を月へ移動する。皆、異論が有るか?」
Jはコントロールデッキにいる皆に訊いた。
「異論は無い!」
C(吉永)がそう言った。
PDとPeJも頷いている。前田班長と班員倉科と山本に精神共棲しているG(ガル・ヘクトスタ)、Z(ザック(ザクレブ)・オオスミ)とM(マックス(マクシム)も納得している。
「PD。月へ移動する。
ISS-BS1の全クルーに、月への移動を指示しろ。
ISS-ST2には、現状のまま静止軌道上に待機せよ、と伝えろ。
月へはスキップせずに、PDドライブ(プロミドン推進装置)で移動だ。ISS-BS1の姿をじっくり拝ませてやろう」とJ。
「了解しました」とPD。
『ISS-BS1よりISS-ST2へ。ISS-ST2は現状のまま静止軌道上に待機せよ!』
『ISS-ST2、了解した。現状に留まり、現況を維持する!』
『ISS-BS1、了解した』
『コントロールデッキより 艦長とISS-BS1全クルーに告ぐ!
これより本艦は月へ標準航行する。
全員、配置に着け!』
『艦長及び全クルー、配置完了』
『多重位相反転シールド確認せよ』
『多重位相反転シールド構成継続中、異常なし!』
『PDドライブ(プロミドン推進装置)エネルギー充填を確認せよ!』
『PDドライブ、エネルギー充填完了。随時充填可能です』
『了解した。艦長!発進せよ!』
『艦長、了解! ISS-BS1発進!』
PDとISS-ST2とISS-BS1とのやり取りがコントロールデッキの4D映像に現れている。
クルーを介さずとも。PDの一存でISS-BS1とISS-ST2をコントロールできるが、PDはあえてクルーを介してISS-BS1とISS-STを動かしている。
PDが全てを行ったら、クルーの存在価値が無い。PDはAIを介して存在する、ダークマターの巨大宇宙意識・プロミドンだ。ヒューマ(人類)の育成を考えている。
(ⅩⅢ Another Universe 太陽系の侵略者② 静止軌道上の戦い 了)
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