33. フィロソフィー・ピープル・サマー・ホリディ
散歩の途中、この近くに暮らしているという中年男性と会った。どうやらみことは彼と多少の面識があるようで「
「まあ、どこも不景気ですからねえ」
「いやいや、本当に」
しばし他愛もない話をして別れた。大きな夕日が山あいに沈んでいくのを眺めながらそぞろ歩く。都市部より空気が澄んでいるためか、空の色が美しく見える。寂れた神社の石碑に刻まれた文を読んでみたり、小さな商店の品揃えをひやかしたりと三十分ほど周辺を歩き回り、ちょうどよく疲れたところで家へ帰った。
夕飯はみことが適当に茹でた安物のそうめんだった。誰ひとりとして舌の肥えた人間でないことが幸いしたのかそれなりに好評で、やっぱり夏はそうめんだね、などと言って全員すぐに平らげる。その後、順に風呂を浴び、広い和室で雑魚寝した。都会にはない静かな夜に包まれ、彼らは泥の底へ沈むように深く眠ったのだった。
翌朝、沿島は妙な肌寒さを感じ、早くに目を覚ました。冷房がついたままになっている。消そうかと考えたが、古い型の冷房であるためリモコンの操作方法がよくわからない。掛け布団を引き寄せて目を閉じるも、頭が冴えており再び眠りにつくことができなくなっている。そのうちに隣で寝ていたみことが起きた。彼は沿島が目覚めていることに気づき、寝起きのかすれ声で「なんか、寒くない?」と言う。
「冷房、つきっぱなしみたいです」
「あ、ほんとに。消してなかったか……」
みことはゆっくり体を起こし、目をこすりながら冷房を消して扇風機をつけた。その物音で白澤とひかるも目を覚まし、結局全員揃って早起きすることとなった。
反舞町はやや標高の高い地域であるため、午前は比較的涼しく過ごしやすい。しかしその快適さも昼まではもたない。正午を回り、すっかり高くなった太陽が照りつける外の風景を横目にみことがまたそうめんを茹でた。飽きていないといえば嘘になるが、まだおいしく食べることのできる段階だ。
食後、めんつゆがなくなったので、ひかると沿島が買い出しを引き受けた。コンビニにあるはずだから、というみことの言葉を信じて炎天下を五、六分歩いたが、めんつゆは売り切れていた。おそらく元から品揃えもさほど豊富でないのだろう。どうしようかと途方に暮れるふたりの前に現れたのは嗣形だった。つばの広い麦わら帽をかぶった彼は、ふたりを見ると穏やかな声で「どうも、こんにちは」と挨拶をしてくる。
「あっ、こんにちは。嗣形さんもお買い物ですか」
「ええ、ちょっと。おふたりは?」
「ぼくらはめんつゆを買いにきたんですけど、売り切れみたいで……」
「めんつゆですか。それなら開けてないものが家にありますんで、差し上げますよ」
とんとん拍子に話は進み、ひかると沿島は嗣形のペンションへと向かうことになった。
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