朝霧要の百鬼夜行

@kazen

えんきりくん えんゆいさん 序

 どうやら、私の好きな男の子には、思いを寄せている女の子がいるらしい。

 別に、最初から盗み聞こうという意図があったわけじゃない。

 私は、そんな人間じゃない。

 ただ、陸上部の部室のそばを通りかかったときに、彼の声が聞こえたから立ち止まっただけ。

 そして、恋焦がれる相手のコイバナをコミミにはさんで、そこから立ち去れるだけの強靭な自制心をもった女の子なんているだろうか。

 いるわけがない。もし仮にいたとしても、私は見習う気にはなれない。

 品行方正を気取って、悶々とした夜を過ごす?

 それならば、息を潜め耳をそばだてたことに対する罪悪感に苛まれる方がましだ。

 人待ちの態を装い、部室の壁に寄り掛かって肩口に垂れ下がった毛先をいじる。

 どうやら、彼の意中の人は同じ陸上部の先輩で、ご近所さんで、子供の頃からずっと親しくしていたらしい。

 何それ、聞いたことない。

 照れくさそうに、彼は言う。

 彼が陸上を始めたのも、この高校に進学したのも、少しでもその先輩のそばにいたかったから。

 誰それ、見たことない。

 ちょっと真面目な声で、彼は言う。

 でも、三年生の先輩が引退となる最後の大会を終えるまで、そして、大学受験が終わるまで、自分の気持ちを伝えるつもりはない、と。

 がたん、と部室内で音がして、それに続く人の動く気配に、慌てて駆けだした。

 走りながらぎゅっと胸を押さえる。

 ああ、ちくちくと胸の奥を突き刺すこの痛みは、何なのだろう。

 彼がその先輩に告白して、その積年の恋が成就したなら、想い切れるかもしれない。

 彼がその先輩に告白して、それが失恋に終わったなら、想い告げられたかもしれない。

 でも、それはもっと先の――何か月も先の話だ。

 ああ、ふわふわと、地に足のつかないこの気持ちは何なのだろう。

 ――そう、宙ぶらりんにされて、なんだか痛い、この気持ち。

 私は、失恋したのだろうか。

 それとも、この恋はまだ実を結ぶ余地があるのだろうか。

 私と彼の繋がりは――縁は高校に入学してからのごく短いもので、彼とその想い人の間に積み上げられた時間の長さとは到底比べるべくもない。

 わからない。わからない。

 私は、諦めるべきなのだろうか。貫くべきなのだろうか。

 私は、私は――




 えんきりくん えんきりくん

 おねがいです

 どうか ふたりのえんをたちきってください


 えんゆいさん えんゆいさん

 おねがいです

 どうか ふたりのえんをむすんでください


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