2話 田中波留は巨乳な女神様に召喚される
少しずつ意識が浮上してくるのを感じる。
どうやらそろそろ目覚めるみたいだ。
だが、それを妨害するように、心地よくもあり柔らかい何かに包まれている。
何だろう、この安心感は……。
もう長らく味わっていなかった感覚だ。
勿論、自分の部屋は心を落ち着けられる場所だったけど、これはそんなレベルじゃない。
全てを受け入れ、包み込んでくれるような……。
そう、母さんの胸の中みたいに……。
ん? 母さんの胸の中だって? 何を馬鹿なことを言っている。
飛び込めるものなら飛び込んでみたいけど、俺はもう高校生だぞ。
そんなことできるわけがない。母さんは受け入れてくれそうだけど、俺が恥ずかしい。
それは母さんが嫌いだからとかじゃなく、むしろ好きまであるからだ。
ゆえに、相思相愛だな。
……何を言ってるんだ、俺は。
そもそもこれは幻想だ。俺はついさっきまでコンビニでおにぎりを選んでいたはずだぞ。
それで……そうだ!
眠る前のことを思い出し、一気に意識が覚醒する。
そうだった、俺は聞いたことのない声を聞いた。たしか、女性の声だったはず。
あのとき、周りに誰かいたような感覚はなかったけど、この状況からして拉致か……?
……まあ落ち着け。焦っても仕方ない。
まずは周りの様子を確認することから始めよう。
そう思い、目を開けたのだが……。
「……暗い」
何だ、これは。どうして何も見えない。
もしかしてここ、暗いのか? それとも視覚死んだ?
……そんなわけないな。体の不調は感じられない。それにこの暗さに不快感はない。
それより何か暑いな。顔全体が柔らかく温かい物に包まれていて、呼吸もしづらい。
決して不快というわけじゃないけど、この状況から抜け出したい。
その一心で俺はその柔らかい物を押しのけて、頭を上げようとした。
すると、
「ダ〜メ。もう少しこのままでいて」
頭上から声が聞こえてきた。それにこの声は俺が意識を無くす前に聞いたものと似てる……というか、同じものだ。
いやいや、そんなことよりも。もっと重要で重大なことを俺は察した。
これ……おっぱいだ。
俺、ずっと知らない人のおっぱいを顔に押し当てられていたらしい。
ご褒美と言えばご褒美なのだが、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
ので。
それはもう今までにないぐらいの力で押しのけて、俺は頭を上げた。
「もう……っ。このままでいてって言ったのに……」
……は? やっべ、マジでやっべ。
これは冗談抜きでヤバい。ヤバい以外に言葉が出てこないぐらいにヤバい。
もし、もしもの話。これはもしもの話なのだが、最愛の妹である瑠美が俺の妹じゃなかったら、この人は間違いなく二番目に可愛いと思う。
その場合の一位は母さんな。
しかし俺はこんな美人のおっぱいを顔に押し当てられていたのか……。ご褒美以外の何物でもないな。
ただし、俺には瑠美がいる。可愛いとは思うけど、見惚れるようなことは絶対にない。
が、正直言って、どこにも欠点が見当たらない。
瑠美は好きな人からすればステータスになり得る貧乳を意図せずして持っているけど、この人はみんな大好き巨乳だ。
しかもそれをよく理解しているのか、かなり露出度の高い服を着ている。
……これ、パジャマなのかな。
まあ語彙力の関係上、これが何という名前の服かはわからないから、とても似合ってるとしか言えない。
というかもはや似合ってるとかのレベルじゃなくて、この人のために作られたと言っても過言じゃないぐらいだ。
白髪寄りの銀髪に白のレース生地の衣服……か。
一言で言い表すなら天使だな。
瑠美は小悪魔だけど。
でもまあ、結局のところさ。
「……誰?」
これ以外にないよな。今まで勝手に論評みたいなことをしてきたけど、俺この人のこと何も知らないもん。
そんな俺をおちょくるように彼女は。
「聞きたい? 私が誰だか聞きたい?」
なぜかニマニマしながら問うてくる。
それに対して俺は「この人、うぜぇな」と思いながら、
「まあ、名前ぐらいは。何て呼べばいいかわからん」
と平然と返した。
「それじゃあ教えてあげる! 私はクレーネ。見ての通り、女神様よ! 崇めなさい」
「は、はぁ……」
どこが見ての通りなのかわからないけど、まあ女神様と言われても別に違和感はないな。
でも俺は無宗教なので崇める気つもりは全くないです。ごめんなさい。
そんなことより。
「ところで、ここはどこなの? 見た目はまんま俺の部屋だけど……」
「どう、凄いでしょ」
「いや、凄いでしょと言われても……」
俺は言葉を濁した。流石に「ふふん」とでも言いたげに大きな胸を張って、凄さをアピールしてくるクレーネさんに「反応に困る」とは続けられなかった。
だって、別に俺の部屋を再現されても見慣れていて何も思わないし……。
「そう、残念ね。それで……波留くんはここがどこなのか聞きたいんだっけ?」
「うん、自慢されるより前にそれを聞きたかった」
「波留くんが冷たいよぉ。でも教えてあげる! ここは現実と異世界の狭間にある不思議な空間だよっ!」
「現実と異世界の……」
「そう。でもこの空間に名前はないの。だから『クレーネと波留の憩いの場』にしましょう」
……本気で言ってんのかな、この人。
めっちゃ表情の切り替え早いし、コロコロ表情変わってた。情緒不安定なのかな?
でも最後はかなり真面目な表情をしていた辺り、本気で言ったんだろうな。
嫌だけど。
それにしても現実と異世界の狭間か。
嫌な予感がするな。俺は楽に生きたいだけなのに。
「……はぁ」
俺は無意識のうちに大きな溜め息を吐いてしまっていた。
「えっ……そんなに嫌だった? 『クレーネと波留の憩いの場』……」
いや、そんな表情を曇らされても困る。
これに関しては嫌なものは嫌だし。というか今はそんなことよりも大事なことがある。
「何で俺はここに連れて来られたんだ?」
「無視……。酷いなぁ波留くんは。でも気になっちゃうよね、そこ」
「気にならない方がおかしいけどな」
「でも残念。もうあまり猶予がなくて、ゆっくり説明してあげられないの」
そうクレーネさんが言った途端、俺の体は透けて薄くなり始めた。
どうやら猶予がないのは本当らしい。
それなら添い寝していた時間を説明に割いて欲しかったけど、今さら嘆いても仕方ない。
「なら、短い間だけでも説明をお願いします」
「そのつもり。……まず、波留くんには異世界に行ってもらいます」
「それで、何をすれば?」
「キミからは何もしなくても大丈夫よ。何もしなくても勝手に事件に巻き込まれるからね」
……マジか。俺の楽に生きたい願望が叶わなくなるというのか……。
勝手に異世界に召喚されることになって、意図せず事件に巻き込まれるとか面倒なことこの上ないな。
「話、続けるよ。……さっきも言った通り、波留くんは事件に巻き込まれることになっちゃうけど、ある程度は好きにしてもらって構わないよ」
「わかった」
「それでね、ここからが重要。波留くんはとても弱いわ。キミの魂は思った以上にちっぽけだったからロクに魔力もわけ与えられなくて、魔法の適性だってない。スキルだってギリギリ一つ、役に立つかわからない物しかあげられない」
「…………」
「でも大丈夫。善行を重ねると魂は成長して、より強大な力を授けられるようになるわ。それに関しては、巻き込まれ事件を解決すれば問題ないわね」
どうやらクレーネさんは物事を楽観視する節があるみたいだな。
魔力がほとんどない上に魔法も使えない俺に、どう事件を解決すればいいというのか。
でもまあ嬉しいこともある。
ある程度は好きにしていいらしいからな。
今はクレーネさんの言っていることを飲み込むので精一杯だから、何をするかは後々考えることにしよう。
「最後にキミの転移場所だけど、恐らく森の中になるわ。そこが一番キミにとって安全な場所になるし、異世界を最短距離で攻略できる。でも、どうするかは波留くんが選んでね」
「……了解した」
「多分、波留くんにとって辛いできごとが起きちゃうだろうけど、これだけは忘れないで」
そう言って、クレーネさんは俺の顔を両手で挟み、満面の笑みを浮かべた。
その瞬間、ここに来る前にも味わった感覚に襲われる。
どうやら、そろそろ時間らしい。
俺の視界と思考にもやがかかり始め、意識が保てなくなる。
が、
「――何があっても、私だけはキミの味方だから」
この言葉だけはすんなり頭に入ってきた。
そして――。
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