トラウマハート×ロストフラグメンツ

美崎あらた

第1話 あなたのその影を、私にゆずっていただけはしないでしょうか?


 わたしがそれに気が付いたのは、一〇歳の頃だった。それまでは何でもなかったのに、その日その時に気が付いてしまった。子供部屋のドアを開けようとドアノブを握ったときだ。

 わたしが出ようとして彼が入ろうとしたのか、あるいはわたしが入ろうとして彼が出ようとしたのか。ともかくわたしたちはドアを挟んで向かい合い、同時にノブを回したのだった。どうやらそれがスイッチになって、わたしはそれに気が付いてしまった。

 どうあがいたところで成就されない願い。表沙汰にはできない禁忌。わたしはそれを口の中で飴玉のように転がして、自然と消えていくのを待った。しかしそれの甘美な味はいっぱいに広がるばかりでいっこうに消えようとしない。


「もし、お嬢さん」

 そんな時、夢の中で見ず知らずの灰色の紳士がわたしに声をかけた。

「実は、それはそれは美しいあなたの影にうっとりと見惚れていたのでございます。ところがあなたはどこか上の空で、足元に目を向けやしない。そこでどうか、あなたのその影を、私にゆずっていただけはしないでしょうか? 代わりに何でもあなたの望むものを差し上げますよ」

 わたしの影は、わたしの後ろに大きく伸びていた。

「何でも?」

 奇妙な紳士は懐から一つの袋を取り出した。

「一つ振れば、ほうら」

 男が袋を振ると、シャリシャリとした金属音が聞こえ、袋が金貨でいっぱいになった。

「そんなもの、いらないわ」

 わたしの落胆した声に、紳士はしかし笑みを消さなかった。

「それでは何を望むのです? ご遠慮なく言ってごらんなさい。きっとご用意して差し上げますよ」

「そんなの無理よ。だって、わたしの望むものは――」

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