第1話
「さて、みなさん。今日は、私の話を聞いていただきたく、お集まり願いました」
集まった面々を前にして話し始めたのは、よれよれのワイシャツを着て、顎には無精髭も目立つ冴えない男。警察の者とは違う雰囲気を漂わせていた。
「あなたは、いったい……?」
三人の姪の中で最年長の
「これは失礼。私は
「探偵……のようなもの?」
「探偵というと、浮気調査とか素行調査とかをする、あの……?」
聞き返したのは、先ほどの富江と、最年少の
富江は「のようなもの」という部分に、引っ掛かりを覚えたのだろう。その口調には、まるで「消防署の方から来ました」という言葉を聞いたかのような、明田山探偵を怪しむ響きが含まれている。
一方、百合子は、もっと無邪気な声だった。ただし「そのような探偵がなぜこの場にいるのだろう?」という疑問を感じているらしい顔をしている。
明田山探偵は富江の言葉を受け流し、百合子に対しては笑顔を向けた。
「いいえ、そのような職業としての探偵ではありません。もっと前時代的な探偵……。ここでの私の立場を言い表しただけです」
「明田山くん。どうでもいい話に時間を割かず、早く本題に入ってくれ」
壁際から口を挟んだのは、警察の捜査責任者である
その様子から、富江たちは「明田山探偵は奈土力警部の友人なのだろう。公的な権限を持つ警察関係者ではなく、非公式のアドバイザーなのだろう」と、なんとなく理解する。
「では、ズバリ核心に入りましょうか。権藤氏のダイイングメッセージの解説です」
「ダイイングメッセージ!?」
「そうです。死に際の伝言、という表現の方がわかりやすいですかな?」
素っ頓狂な声を上げる百合子に対して、明田山探偵は微笑みを返した。
「ほら、権藤氏は小型の置き時計を握りしめて死んでいたでしょう? それが示す真意ですよ」
書斎の机に置かれていたアナログ式の時計。権藤氏の死体が発見された時、それは彼の手の中にあった。しかも……。
「ちょっと待ってください。ダイイングメッセージなら、ミステリー小説で読んだことがあります。でも、それは物語の話でしょう? 現実的じゃありません」
富江が明田山探偵に異を唱える。
「ミステリー小説では暗号やパズルみたいな方法で犯人を示しますが、現実的には、名前を書き記した方が早いじゃないですか。ペンが持てないなら血文字だって可能なはず」
しかし明田山探偵は、ゆっくりと首を横に振った。
「確かに権藤氏は大量の血を噴き出して死んでいました。血文字のインクには事欠かなかったでしょうが、むしろ多過ぎました。残念ながら現場は血の海で、書き残す場所はなかった」
たとえ書き残せたとしても、血文字の上からさらに血で汚れて、文字がわからなくなる可能性もあった。
「それよりも、ちょうど犯人と争った際に壊れたアナログ時計。ガラスカバーが取れたので、あれが便利に使える、と咄嗟に思ったのでしょうね。しかも、ちょうど権藤氏の頭の中にあったのが……」
「どうせ、私が犯人だと言いたいのでしょう?」
三人の姪のうち、それまで黙っていた一人が、ここで初めて口を開いた。
「私の名前は
権藤家の夕食は夜の八時と決まっており、三人が死体を発見したのもそれくらいの時刻だ。しかし、なぜか時計は六時半ごろで止まっていた。
最初、それが事件の起きた時刻であり、犯人と被害者が争った際に時計も壊れて止まったのだと考えられていたが……。
その後の捜査で、死亡推定時刻は夕方五時前後と判明していた。
「それに、私ならば動機は十分でしょう? いや、私だけじゃない。富江も百合子も、みんな同じだ。お金に困っていたからこそ、おじの世話になっていたのですから!」
六実は自虐的に言い切った。
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