第10章 そして私は移住する

第37話 見慣れない風景

『ヒラリア共和国開発局から送付された移住希望予約地区の最寄り集落の資料をお送りいたします。移住計画の参考として御活用下さい』


 今見ているのはそんなメールに添付されたPDFファイル。

 内容はイロンという村の現況資料。


 この集落は私が移住する場所の30km程度東。

 だから集落の様子だけでなく、自然環境等についてもかなり参考になるだろう。


 この資料は文章だけではなく20枚程の風景画も掲載している。

 いずれも超写実的でフルカラーの写真にしか見えない。

 

 描かれているのは、

  〇 村の中心街らしき通り

  〇 外側からイロン村の村壁と村門

  〇 港

  〇 畑

  〇 牧場

  〇 海と砂浜、背後の森

等々。

 

 そして私は早速新しい知識を発見。

 村壁や村門という存在は今まで知らなかった。

 早速別窓を開いて移住事務局サイトで確認する。


『〇 街壁、村壁

   肉食爬虫類や中型以上の草食、雑食爬虫類による事故を防ぐ為、街や村といった集落は通常高さ2m程の壁で囲まれています。これを街壁、あるいは村壁と呼びます。

   よく見られるのは土魔法で集落の外側を掘り下げ、その土で壁を作るという形式です。掘り下げた部分は概ね水が貯まり堀となっています。また壁や掘は高熱により表面を固化し、崩壊を防いであるのが普通です』


 そこまで動物に用心する必要があるという事か。

 それなら私も移住後はそうやって壁を作っておいた方がいいのだろうか。


 前にも見たヒラリアの動物関係についてのWebページを開く。

 最大の肉食獣は全高60センチ体長100センチ程度の中型爬虫類、アルパクス。

 ヒラリア最大の動物は全高100センチ体長150センチ程度のアルケナスという草食中型爬虫類。


 アルパクスは小学低学年波の大きさの肉食爬虫類。

 アルケナスは草食だが6~12匹程度の集団で行動。

 これらが街の中へ入ってきたらと考えると確かに危険かもしれない

 街には当然子供や老人もいるだろうし。


 なら私の家、あのユニットハウス近辺に出たらと考える。


 思い切り勢いをつけて体当たりされたなら、壁が壊れる可能性はあるだろう。

 しかしそれは勢いがつくまで助走できるような広い場所があればの話。


 私が移住する場所の地形は森の中とか砂浜等。

 助走にちょうどいい空間は無い。

 そしてそれ以外の方法ではユニットハウスの壁を壊すのはおそらく無理。


 また魔法である程度以上大きい動物の存在を感知することが出来る筈だ。

 だから外にいる時も不意に襲われる可能性は低い。

 不意打ちでなければ魔法が使える。

 

 結論。

 壁を作らなければならない程の危険は無いだろう。

 勿論畑を作って荒らされないようにしようと思えば別だろうけれども。


 そういえば畑もかなりイメージが違った。

 私は日本の畑と同じようなものをイメージしていた。

 しかしこの絵を見ると全く異なる。

 

 畑で栽培されていたのはグネタムと現地で呼ばれる蔓性の樹木。

 細い幹を横方向に人為的に伸ばして棒で支えている。

 藤棚とかブドウ畑とかそんな感じだ。

 

 葉っぱは樫の木とかと同じようなつやのあるいかにもという形。

 夏の終わりにピーナツくらいの実が20個くらい、ブドウの房のようについて実る。

 実は最初は緑色で成熟するにつれ黄色、赤色と変色。


 この実が小麦の代用品だ。

 成分的にも小麦に近いとの事。


 種から実が収穫できる大きさになるまで5年。

 しかも雄株雌株別。

 なので同じ棚に雄株と雌株を這わせるらしい。


 なお1年苗の時点で雄株と雌株を見分ける事が可能との事。

 ちなみに惑星オースの1年は267日 で1日は22時間だ。


 樹木だし這わせる形だしで収量を確保する為にはかなり広い畑が必要。

 しかし元々惑星オースは人口密度がかなり低いので問題ない。

 畑の手入れや収穫も魔法でかなり省力化出来る模様。

 そんな訳でオースでは最も一般的な主食用植物として作られているらしい。


 そういえば漁業ばかり考えていて植物の具体的な情報はあまり見ていなかったなと気づく。

 もう移住開始まで1週間ないのに。


 自分的な産業は漁業が中心。

 米や小麦製品等は当座必要な分は購入済み。

 あとは向こうで購入予定。

 そんな訳であまり考えていなかったのだ。


 でも気になりだしたらやはり調べずにはいられない。

 さしあたって米代用品はどんな植物だろう。

 アローカと呼ばれているようだけれども。


 絵で見たところアローカも樹木だ。

 松のような樹肌に小さく細長い葉を大量につけた枝が伸びている。

 本来は大木に成長する種類だが、実を取る為に栽培している木は剪定して2m位の高さにしているそうだ。


 実は松ぼっくりのような形で、そこから松の実のように米代用になる部分を取り出す形。

 グネタムよりやや涼しい気候で育つ樹木で、収穫は夏にあたる季節。

 なおこれも雄株と雌株があるので、実を取るには両方が必要。


 私が移住する地域は気候的にグネタムもアローカも栽培可能。

 ならアローカを植えてみるのも面白いかもしれない。

 街で苗木を買ってくる等して。


 植物であってもアイテムボックスに入れると死んでしまう。

 だから持ち帰る時は背負う等しなければならない。

 それなら背負子が必要かな。


 それくらいは現地でも売っているかな。

 でも一応購入しておこうか。

 後で通販サイトを見てみよう。


 ついでに木豆についても調べてみる。

 移住モデルケースで紹介されていたものだ。

 木豆の植物体そのものの画像がなかったけれど、どうせこれも地球の豆とは全く違うんだろうな。

 そう思いつつ。


 やはり全く違った。

 樹木で、しかもグネタムともアローカともかなり形が異なる。


 高さ3メートルくらいに幹が真っ直ぐ伸び、その上端付近から細くて長い葉が枝なしでぐるりと茂っているという形。

 地球で言うとソテツの木に似た感じだ。


 夏の終わりに幹の最上部中央にバスケットボール大のクリーム色のふわふわした実が出来る。

 その中に小指の第1関節くらいまでの大きさの種がラーメンどんぶり1杯分くらい入っている。

 これが食用になる豆だそうだ。


 なおこの木豆は私が移住予定の場所でもぎりぎり自生しているらしい。

 だからお世話になる可能性は高いだろう。 


 木豆について調べたならやはり蔓芋についても調べてみるべきかな。

 同じくモデルケースに紹介されていたし。


 蔓というからさっきまでは朝顔とか山芋とかを想像していた。

 でも多分違うのだろうな。

 そう思いつつ検索する。


 予想通りかなり違った。

 やはり木だ。

 

 グネタムと同じように蔓性の樹木。

 ただしこちらは野生なので、他の樹木に絡みつく形で生えている。


 樹木なので根も当然太く深い。

 これを魔法で掘り起こしたものが蔓芋だ。


 芋と呼ばれるだけあって土の中部分が太くなっている。

 この部分を切って表皮を剥ぎ、中の芯部分を魔法を使って高温で蒸す。

 そうするとホクホクの芋状態になるらしい。


 うーむ、惑星オース、樹木ばっかりだ。

 草系統の作物は存在していないのだろうか。


 調べたら野菜に相当する物は樹木では無かった。

 一応草だ。

 ただし外見はどう見てもシダ類っぽい。


 野菜として活用するのはこの若芽。

 これらは地面から年中生えてくる。

 株が弱らないようある程度は育てて、そして育てない芽は全部摘んで食用にするそうだ。

 形はワラビの太いので、味はアスパラガスらしい。


 うーん、植物もやはり異世界だ。

 日本の常識とかなり異なる。

 しかし生活しにくそうではない。

 そういう意味では悪くないかな。


 それにしてもこんな貴重な情報、もっと早く欲しかった。

 資料を見ながらそう思う。


 しかし考えてみれば仕方ない。

 申し込んでからまだ3週間ちょいなのだ。

 普通の人はこんなに性急に移住計画を進めないだろう。

 私が急いでいるだけだ。

 休職期間の関係で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る