第32話 Rain Rain Rain
センチメンタルな気分になってふと思いついた。
パソコンに入っている写真。
これを紙焼きしておかないといけない。
向こうでは電気製品は使えないから。
うちのプリンターでは時間がかかる。
写真屋でまとめて印刷して貰うのが正しいだろう。
何ならアルバムも購入して。
Webで値段を調べる。
ネット注文なら税込みでも結構安い。
店に行く必要も無い。
なら選別作業をするか。
シュレッダーしまくるだけもいいかげん疲れた。
ここで気分を一新しよう。
パソコンに残っているのは大学時代、スマホ等で撮った写真。
研究室関係のものが1割で、残りはサークル関係だ。
サークル関係は撮り撮られ、送り送られしたのでかなりの量になっている。
フォルダをみるとざっと3GB。
予想以上に多い。
これは絞らないと駄目だろう。
そんな訳で作業開始だ。
◇◇◇
途中までじっくり全部見ながらやって、そして私は諦めた。
これは駄目だ、作業が進まない。
1枚1枚に思い出があるとまでは言わない。
それでもつい色々思い出して手が止まってしまうのだ。
おかしい。
私はこんなに感傷的な人間ではなかった筈だ。
どちらかと言えばドライな方だった筈だ。
人間関係なんてのは大の苦手。
中学までについてはリセット済み。
高校も今のところ同窓会に出た事はない。
大学卒業後もここの街にいるのだって、人恋しいとかの理由ではない。
地元に帰りたくなかったから、それだけの筈だ。
よし決めた。
写真選択作業もシュレッダー作業も次ターンにしよう。
もうやめだ。
トレーニングをしてこよう。
外は雨だけれど、だからこそちょうどいい。
少し頭を冷やしてくるんだ、トレーニングがてら。
昼の11時過ぎだけれど雨のせいで外は暗い。
傘をさしてマスクをしていれば顔なんてほとんど見えないだろう。
だから支度は最小限でいい。
雨でぬれるから汚れていいスラックスで、上はドライ地のTシャツに安物マウンテンパーカーで。
持ち物も傘と財布だけでいいや。
そんな感じで無理やり外に出る。
外は雨。
しとしとというよりざあざあ。
でもこの方がいい、今の気分的に。
歩くコースは早朝散歩と同じ。
ただ昼間なのでそこそこ車も走っている。
天気のせいか人は少ないけれど。
歩きながら考える。
本当に私は異世界に移住するのだろうかと。
今ならやめる事も出来る。
二度と行けなくなるけれど。
ならそうした方がいいのだろうか。
もし移住をやめたらどうなるか。
それは簡単に想像つく。
今までの生活の続きだ。
それを続けたいか。
もちろん否だ。
だから移住しないかするかと言えば、移住する方がいいだろうと判断できる。
勿論日本で別の生き方を模索するなんて手段もある。
しかしそれが可能かどうか、怪しいところだ。
それが出来る程私は器用じゃないし恵まれてもいない。
だから移住しようとする事は正しい。
勿論移住して、生活設計に失敗する可能性もある。
ヒラリアは日本ほど福祉制度は発達していないだろう。
生活保護なんてものはないだろうし、年金なんてのもないだろう。
そういう意味でただ生きるだけなら日本の方がいい。
日本にいるのが正しい。
なら何故私は移住しようと思ったのだろう。
答は簡単に出る。
今の生活の続きを生きるのが嫌だと思ったからだ。
嫌だからだけじゃない。
ヒラリアでの生活に魅力を感じたからだ。
自然環境豊かな環境。
半ば自給自足に近い生活。
そういうものに惹かれたからだ。
だから移住しようという結論は正しい。
間違ってはいない筈だ。
なら何故今はこんな気分なのだろう。
考えると何故か気が重くなる。
だから足を動かす事に集中する。
機械的に足を前に出す事に集中する。
早くもスラックスの裾に雨が浸みてきた。
でも家に帰れば魔法で乾かせる。
だから問題ない。
そうだ、移住先には魔法もあったのだった。
ファンタジーな魔法ではなくクラークの第三法則的な、十分に発達した科学技術が見分けつかなくなったものだけれども。
そして私は既に家ではいくつかの魔法を使っている。
これも移住理由のひとつだ。
それでも気が晴れない。
今見ている空のように。
私は独りが好きな方だった筈だ。
高校までの連中とは会えなくても問題ない筈だ。
家族や中学までの連中とはむしろ会いたくない位の筈だ。
大学時代の連中とさえ、卒業後に会ったのは1回だけだ。
それで今まで大丈夫だった筈だ。
結論は出ている。
移住しようと思った事は正しい。
1人でも問題は無い。
だから弱気になっているのは私が間違っているからではない。
元の環境に戻れないという事を怖がっているだけだ。
多分きっと。
とりあえず歩こう、疲れるまで。
疲れて家に帰ったら、薬を飲んで寝てしまおう。
それまではただ歩こう、機械的に。
大丈夫、弱気なだけで苦しくはなっていない。
呼吸も大丈夫だし胸が痛んだりもしていない。
頓服も一応財布に入っている。
駄目になりそうなら飲めばいい。
水が無くとも飲めるし、何なら自販機で飲物を買ったっていい。
だから歩こう。
蒸し暑くて不快なのがむしろ救いだ。
不快さで余分な事を考える余地が減るから。
このままボロボロになって何も考えられなくなるまで歩こう。
そうして寝ればきっと忘れる。
こんな気の迷いなんて。
多分、きっと。
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