第31話 気分はセンチメンタル

 お料理、いや特産品開発演習なんて楽しい事ばかりやっている訳にもいかない。

 移住開始まであと2週間。

 やるべき事は結構ある。

 本日は勉強ノルマの後、紙ゴミ作業だ。


 ここ数日でヒラリアに持っていく物、こっちに置いていく物、移住前に捨てておく物等にわける作業を実施した。


 ヒラリアへ持っていくものは分類して置いておけばいい。

 持ち物リストに入力しなくともアイテムボックスに入れてしまえば何とかなる。


 そしてオリジナルの少し強力なアイテムボックス魔法、開発に成功した。

 大学時代の難しいお勉強を思い出し、余剰次元についてカラビ・ヤウ多様体の形をイメージしながら頑張った成果だ。


 現在の私は通常のアイテムボックス魔法で2,200kg程度を収納できる。

 勿論これは惑星オースの魔素濃度の下での推定値。

 この部屋で実際に収納可能なのは220kg程度だけれど。


 しかしこのオリジナルアイテムボックス魔法。

 通常のアイテムボックス魔法を使った上で、更に4,950kgの収納が可能らしい。

 この部屋でもおよそ500kgは収納出来る。


 おかげで収納に関する問題はほぼ解決出来た。

 だから本だの服だのそれ以外だの、少しでも役に立ちそうで持って行けるものは持っていく方針。

 

 持っていく物はそれでいい。

 しかし持って行けない物はそれなりの方法で処分する必要がある。


 このうち移住ぎりぎりまで使用して、かつ移住しない際に再び使用する可能性がある物。

 具体的には電気炊飯器とか電気ポットとか洗濯機とかパソコンとか、電化製品の類。


 この辺は現地で完全に移住を決めた後、事務局が処分をしてくれる。

 なおかつ中古として売れるものは買取してくれるそうだ。

 その辺のお金は貯金等と一緒に、後程ヒラリアで使える通貨に両替の上、渡してくれる事になっている。

 この辺の手続きは退職代行や賃貸契約終了代行と同じく手数料はかからない。

 移住さえすれば。


 ただ一応人様の手を煩わせるし、綺麗な方が高く売れるだろう。

 だからこの辺のものについては少しずつ綺麗にしている。


 タブレットやパソコン、スマホについては移住前日あたりに作業予定。

 パソコンとタブレットは中をまっさらにした後、空き領域にランダムデータを書き込むフリーソフトなんてものを使う。

 これで完全に内部情報を消した後、OSをクリーンインストールする予定だ。


 さて、問題は捨ててしまうべき物だ。

 移住しないまでもここらで整理しておいた方がいい物。

 この辺はゴミの日を使って計画的に出す必要がある。


 主なものは通販の段ボールや昔の雑誌類、いらない書類や紙ごみ、傷んだ衣類。

 何せ大学入学時から此処で10年間生活している。

 当然この辺は思った以上に多い。


 粗大ごみになるものは基本的にない。

 だから計画的にゴミの日に出していけばいい。

 普通のごみはゴミ袋に入れてそのまま出せる。

 雑誌等は縛って出せばいい。


 しかし書類等は面倒だ。

 具体的には大学時代のノートだのプリントだのから職場で渡された書類等といった類。

 この辺はものを見て、そのまま出していい物とシュレッダーすべき物に分類した。


 そして今やっているのはその、シュレッダー作業だ。


 私が所有しているシュレッダーは手動式の小さい奴。

 3枚ずつくらいしか処理できず、しかもあっという間に中の屑箱がいっぱいになってしまう。


 しかし人名だの内部資料だのが書いてある奴をそのまま捨てる訳にはいかない。

 だからひたすらマシーンのように作業しまくる訳だ。

 ああ面倒くさい。


 職場の緊急連絡網。

 これはスマホに入力済みだからシュレッダー。

 差し込み口に入れてハンドルを手でくるくる回してさようなら。

 大学時代のゼミの資料ももういいだろう。

 くるくる回してただのゴミに。


 そんな事をやっていたら懐かしい名前の一覧が出てきた。

 サークル、旅行研究会の名簿だ。


 仲が良かった連中の名前と住所をみてみる。

 名前だけでなく住所すら懐かしい。


 あの頃と同じ場所に住んでいるのは私しかいない。

 この街に住んでいるのも今では私だけ。

 他は皆、この街を出て行った。


 卒業後に会ったのは、そのうち1人の結婚式の時だけ。

 それすらもう3年前だ。

 そして今度移住すると二度と会えなくなる。


 移住しなくても会わない可能性もある。

 それでも会わないと会えないは心理的に違う。


 家族や親族等はどうでもいい。

 いや、どうでもよくないか。

 絶対に会いたくない、二度と。


 中学時代までの連中も別に会う必要は無いし会いたいとも思わない。

 高校時代は何人かまあ会ってもいいやつはいた。

 職場関係はまあ、言わずもがなという奴で。


 だから会えなくなって惜しいなんて思うのは大学時代の連中だけだ。

 その中でも二度と会えないとなると……

 思うところある奴もいないでもない。


 私は孤独に強い方だと自負している。

 一人旅なんて結構好きだし1人縦走なんてのもした。

 多人数でわいわいやるより1人の方が気楽というタイプ。

 今だって店での買い物時以外の会話がない生活だ。


 それでも1人で異世界に行くのかと思うと何と言うか、思う所がない訳では無い。


 繰り返すが私は多人数より1人の方が気楽だ。

 人の嗜好に合わせなければならないなんてのは面倒くさい。

 1人で勝手に決めて勝手に行動する自由を好む。


 それでも一緒に行動して心理的に邪魔にならないなんて奴も一応いた。

 ある時は一緒にいて、ある時は別れて勝手に行動してなんてのが気兼ねなく出来る奴だ。 

 私と奴とは思考回路が全く違うのに。

 違い過ぎて時に頭痛を起こす事はあったりもしたけれど。


 奴なら異世界移住も誘ったらのってくるかなとふと思う。

 のってきそうだなとも、奴となら一緒にやれるかなとも。


 いけない。

 異世界移住は私が勝手に決めた事。

 真面目にこの日本で社会人をやっている奴を巻き込むわけにはいかない。


 私、弱気になっているのだろうか。

 いや、まもなく訪れる日本との別れで感傷的になっているだけだろう。

 それだけだ。

 そう自分に言い聞かせる。

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