本編

「最近、目が痛くて痛くて仕方がないのです」

 男(この先彼と呼ぶ)はそう言った。私は可能性の有る原因を確認していった。

「何か心当たりはありますか。例えばスマホの使いすぎとか」

「いや、私は連絡でしか使わないので、一日合わせても一時間ぐらいですかね」

「へぇ、ゲームとかしないんですか」

「はい、しませんね」

 今の時代には珍しい人だ。その候補を消し、次の候補を訊ねた。

「テレビはどうですか」

「テレビもそんなに見ませんよ」

「本当ですか」

「よく聞かれるんですが、本当に見ないんです。ニュースとか報道番組しか見ないんです」

「ニュースと報道番組は同じじゃないですか」

「そうかもしれませんね」

 彼はふっと笑った。その笑い方を見ると、わざと言ったわけでは無いようだった。


 これまでの特徴でも少数派ではあることは分かるのだが、特殊と言うほど珍しくは無い。スマホを使用しているという点で多数派であり、テレビを持っているという点でも多数派だ。

 さあ、彼の特殊さが分かるのはここからである。


 私はあることに気がついた。

「さっきから瞬きをしていませんけど大丈夫ですか」

 彼は不思議なことに、ずっと目を閉じていなかった。そして、質問に対する返答も不思議なものだった。

「大丈夫ですけど、何ですか。あ、もしかして瞬きをしてしまいましたか」

 瞬きが悪いことであるかのように話すのである。

「いや、していないから聞いているのですが」

「してないですよね。それなら良かった」

 私は彼の言ったことがよく理解できなかった。

「瞬きをしてしまったというのはどういうことでしょうか」

「もし瞬きをしていたのならば、私はあなたにとてつもなく失礼なことをしたことになりますでしょう」

 どういうことだろうか。やはり意味が分からなかった。ただ、間違いない。普通とは違った価値観を持っている。私はそれに興味を持ち、訊ねることにした。

「瞬きは失礼なことではないと思うのですが。何故そう考えているのですか」

 彼はすぐに返答した。

「目を閉じることは眠ることです。つまり、人前で瞬きをするということは、話を聞かないということになります。それで私は瞬きをしないのです」

 なるほど、そういう価値観だったのか。目の痛みの理由もやっと分かった。シンプルに目の乾きだ。理解した私は、一つアドバイスをすることにした。

「いいえ、目を閉じているイコール眠っているということではありません。あまり長いのはいけませんが、瞬きはした方がいいですよ。いや、しなきゃ駄目ですよ。それが目が痛くなる原因です」

「そうだったんですか。全く気付きませんでした。少しなら瞬きをしていいのですね」

 彼のその反応には純粋な驚きも混ざっていた。それから嬉しそうに、満足そうに帰っていった。


 変わった人だったな、と私はぼんやり考えるのだった。

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目の閉じ方 魚里蹴友 @swanK1729

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