たたかう商店街の八百屋さん

蔦泣ツツリ

第1話 八百屋の田中

現代、日本。社会の技術は進歩し、買い物などはもはや外に出るまでもなく、通販やドローンでの宅配などの台頭が店舗販売という形を失わせつつあった。食料品の買い物などはスーパーマーケットが主流の地域が多く、閉店に追いやられた店舗が多い商店街は、シャッター街などと呼ばれていた。

こうした背景がある中、とある商店街を繁栄させるため日々奮闘する者たちがいた。


商店街シェキガハラ、八百屋・肉屋・魚屋・服屋・居酒屋など、多種店舗が集う賑わいのある商店街である。


午前十時、商店街のある小道では老若男女の活気ある声が飛び交っている。


「へい、らっしゃい」

「今日は安いよ安いよ、よってって」


赤色の手提げポーチを携えた一人の女性客が沢山の野菜の前で足を止めた

大人の大腿部ほどもある立派な大根をみて店主に声をかける。


「田中さん、これを一つちょうだい」


床掃除のため屈んでいた店主(田中根義たなかねよし)がすかさず顔をあげた。顔には鼻筋を横切るような大きい傷痕がある、鍛え上げられた上腕二頭筋が光る逞しい相貌だ。


「らっしゃい。お目が高いね、そいつぁ今日一番の美人大根だ。まぁ奥さんにゃ敵わないけどな」

「うふふっ、いつもお上手。じゃあもう一本いただくわね」

「あいよ、毎度ぅ。あそうだ、奥さんちょいと待っておくれよ。おーい八市やいち、あれ持ってこい」


根義が店舗の奥を振り向き声を張り上げた。


「へーい」


奥には一箱30キロはあろう大根入りの大箱を、華奢な両手で軽々と運んでいる息子の八市がいた。どこにでもいそうな見た目をした16歳の高校生である。根義の声を聴くや否や慌てて二階へ向かった。

その間を繋げるかのように会話を続ける根義。


「いやー、この前いただいた漬物最高に美味でしたよー。うちも奥さんに習って、漬物挑戦してみようかななんて」

「ふふ、本当にお上手ね。田中さんが良ければまたお持ちしますわよ」

「いいんですか、でもさすがにそれは申し訳ないですよー」


他愛ない会話をする二人の背後から緑色のニット帽を被った男がすごい勢いでぶつかってきた。


「きゃあっ」


根義との会話に夢中になっていた女性客は、ぶつかった勢いで買ったばかりの大根を持ったまま地面に倒れそうになる。

女性客をすかさず腕で庇いながらも、ぶつかってきた男を目で追う根義。体を支えられ、根義に見惚れる女性客。女性客のポーチを奪っていった緑帽の男。

一部始終を見ていた近くの通行人が叫んだ。


「ひったくりだー」


この声よりも早くひったくり犯に手を伸ばしていた根義だったが、途中で動きを止める。二階から戻ってきていた八市が肩の位置を軽快に飛び出そうとしていたからだ。


秒を数える間もなく追いつき、八市は緑帽の男の隣で後ろ走りをしていた。


「ここの商店街でひったくりなんてオススメしませんよー」

「はぁ?!(50メートルは離れてたろ、このガキなんで追いつけるんだよ)」


ひったくり犯に怯えるでもなく、警戒心無く近づく八市。男の走る速度を見て、例えば刃物を突き出されても問題ないと実力を察したようだ。常人には到底見えない速度でポーチを奪い返した。


「ってあれ?ポーチ、あれ?」


奪ったポーチを見失い、緑帽の男が慌てふためき立ち止まる。と同時に八市が何かを小声で呟いていた。


「・え・・ば・・しげりざお」


突然、緑帽の男の動作が止まる。


「(なんだ?体が重い)」


「これは人のもんでしょ、あともう動けないだろうけど、警察が来るまであんまり騒がないでね」


腰ベルトのあたりから何かに引っ張られるような違和感がある。男が後ろを振り向くと、餅のような粘着物が背中に貼りついていた。これが男と電柱を繋ぎ、男はその場から動けなくなっていた。


「なんだこりゃ?」

「ん、それね、八百物一番・重理竿しげりざおっていう粘着棒さ」


八百物一番・重理竿:三節昆のように三本の棒が鎖でつながれており、鎖のついていない両端には、白い玉状の粘着物質が付着している。棒の重量のせいでコンクリートの地面にヒビ割れが生じる程だ。


「っつ、くそっ、取れねぇし重い、なんなんだよお前ぇ」


よくぞ聞いてくれましたと、親指を立てながら、高らかにどや顔を決める八市。


「俺かい?俺は八百屋の田中、田中八市っていうもんでぃ。

(くはーっ、1話目での名乗り上げ、決まったぜい)」


「名前は聞いてねぇぇぇ!」



八市がひったくり犯を警察に引き渡している頃、根義は女性客と見つめあっていた。


「奥さん、もう大丈夫。ていうか、奥さんの瞳って輝いているんですね、あなたの前では宝石さえも石ころのようだ」

「まあ、田中さんこそ、凛々しいお顔立ちですわね」


「はい、ストップ。女好きを息子の前で出さないでくれ恥ずかしいから」


2人の間に手刀よろしく割って入る八市。


「ぽ、ポーチ取り戻してくれてありがとうね。えっと…」

「あ、八市っていいます。ひったくりなんてこの商店街じゃ不可能っすよ。帰りはお送りしましょうか?こっちのデカいほうの田中では二次災害のおそれがあるので」

「んなっ!二次災害なんて起こすかよ、俺はただ愛を育む勤しみをだな」

「はいはい」

「ふふ、お気遣いをありがとうございます。帰りは1人で大丈夫です。犯人はちゃんと捕まえていただいたんですもの。これで安心して帰れますわ。では、また来ますね」


深くお辞儀をし、女性客は店を後にした。



女性客が帰った後、二人は店の奥の六畳間で昼食を摂っていた。ご飯は山盛り、いやタワー盛りだ。小さい食卓のテーブルには八市が作った家庭的な料理が一杯に並んでいる。口にご飯を含ませ会話しながらの親子水入らずの時間であった。


「それにしても八市、お前まだ言霊唱えなきゃ出せないのか?八百物」


「いや、出せるけど(唱えたほうが楽なんだよなー)」


「ご先祖様には今のお前と同じ、16歳で800個の八百物すべてを扱えたもんがいたらしいが。そこまでいかずとも、八市はまだまだ鍛錬が足りねーな」


「(どんなバケモンだよ)俺は別に訓練とか筋トレとかが好きなわけじゃなくて、無理やりやらされてるだけなんですがね。つーかその800種類の凶器を一体どこで使ったってんだ?とんでもねー鬼みたいなひったくり犯でもいたのかよ」


「鬼はともかく、人同士の抗争は昔からあるさ、なんせ商売だからな。じいちゃん達から伝えられてきてんのは、術を発展させ、八百物使いの血筋をなくしちゃいけねーっつーことだけだ。」


「ふーん、だからがむしゃらに訓練させられまくってんのね俺は」


「そういうこった、てことで飯食ったらあれやるぞー」


「ええ!また無駄な訓練すんの?年頃の息子にゲームくらいやらしてくれよ」


「じゃあ父ちゃんがゲームに2時間付き合うから、八市君も2時間頑張ろうね」


「…いや、俺ソロ専だし」


「…そろせんん?」


「おい、八百屋ー!」

店内を突き抜けて食卓まで響き渡る大声に、背筋がピンとする八市。店の入り口を見ると、根義に勝るとも劣らない巨漢が二人を睨んでいた。

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たたかう商店街の八百屋さん 蔦泣ツツリ @tutanakituturi

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