第283話 対抗馬

「僕の奢りだから、好きに注文してください」

薄暗い雰囲気のお高めな店に入り、個室を借りて神田さんと対面に座る。


「……ご馳走になります」


「畏まる必要なんてないですよ。とりあえず話をする前に注文するから、何を頼むか決めてください。じゃないと話の途中で店員が入ってくるから」


「わかりました」


神田さんは遠慮したのか少しだけ注文し、僕は知らない料理を片っ端から注文する。

持ち帰って後日食べるためだ。



「さて、まずは世間話をしようか。気付いているかもしれないけど、僕も以前にこの世界に召喚されたんだ。何年か前に中学生1クラスが行方不明になったってニュースになってたのは知ってるかな?」

注文した料理が届いたところで話を始める。


「もちろん知っている。今頃俺達も同じようなニュースになっているのではないかとも考えている。だからこそ、帰還方法があるのだと諦めずにいられている」


「飛越さんからは、神田さんはこの世界で生きていく覚悟をしたみたいな話を聞いたけど?」


「帰還できなければこの世界で生きていくしかない。帰還出来なければ死ぬわけではないから」


「そうだよね。神田さんはちゃんと現実を見ている。異世界に拉致られ、困って泣いているだけの人じゃない。僕達が召喚された時も、神田さんみたいにクラスメイトを集めて、全員帰れるように頑張ってた人がいたんだ。クラスの委員長をしていた女の子なんだけど、とにかく優秀でね。その頭脳を武器に騎士団の参謀になって、騎士の力を借りて各地に散らされたクラスメイトのほとんどを王都に集めたんだ。神田さんも頑張っていると思うけど、まだ9人しか集まってないよね?」


「……クオンさんはどこまで知っているんですか?さっきカフェにいたのは7人だけでした」


「僕には僕のやることがあるから、召喚された人が何をしているのか、見つけた人はチェックしているだけ。そんなことはどうでもいいんだ。委員長が優秀過ぎたのはわかってるからそこまでやれとは言わないけど、もうちょっとなんとかならないの?1年以上経ってるのに、まだ帰還の糸口にも辿り着いていないのは、まとめ役としてどうなのかなって思うわけなんだよね。王都の書庫には行った?」


「行ったが、帰還に繋がることは何も見つからなかった」


「それなら禁書庫の存在も知ってるよね?なんで禁書庫に入ろうしないの?」


「入りたいと思って入れるなら苦労しない」


「飛越さんも持ってたし、この暗号文は神田さんも知ってるよね?」

先日各地に貼ってきた、委員長の作った暗号文を見せる。


「もちろん知っている」


「その暗号は、委員長が神田さん達が帰還出来るようにわざわざ作ったものなんだけど、なんで活用しないの?暗号は解けているよね?それとも飛越さんには解けて神田さんには解けてないの?そうなると、飛越さんは解読した暗号をクラスメイトに教えてないってことになるんだけど……」


「城に入る方法は考えてはいるんだ。うまくいっていないだけで…………」


「やる気が足りないんじゃない?人も集まっててやれることも多いんだから、何がなんでも城に入るって覚悟があればもう入ってると思うけどね」


「城に忍び込めと言っているのか?見つかったら殺される」


「正攻法で入れないなら、強行策に出るしかないですよね?そのくらいの気概で帰還を願うのか、それともこの世界で生きていくのか。どちらかハッキリと決めた方がいいですよ。じゃないとズルズルと時間だけが過ぎていくだけです。はっきり言いますけど、神田さん達がこの世界に来て1年は過ぎてます。その頃には僕達は全員帰還してますよ」


「帰還したと言うが、君はまだここにいるじゃないか」


「帰還した委員長があなた達のことを気に掛けているので、協力する為にこっちの世界に来ているだけです。僕は自由に日本とこの世界を行き来出来るので。それでどうするんですか?死に物狂いで帰還を目指すのか、それともこの世界で生きていくのか。この世界で生きていくなら、安定した生活の為の手助けとしてこれを差し上げます」

机の上に金貨の入った袋を置く。

安定した収入を得るまでの繋ぎとしては十分な額が入っている。


「…………俺は帰還を諦めない」


「そうですか。それじゃあ僕からヒントというか、神田さんがやるべきことを教えます」


「……ありがとうございます」


「知っての通り、飛越さんは先程自身が1人で話を聞くことを選んだ。その選択を尊重して僕は飛越さんにクラスメイト全員が帰還出来る方法を教えた。それは、実際に僕がクラスメイトを帰還させる為に行ったことなので、間違いなく帰還できると断言します。ただ、飛越さんは期待外れでした。期待には応えてくれないでしょう。そこで神田さんの出番です」


「俺にも話してくれるというのか?」


「違います。僕が話すのはさっき話した通り飛越さんにだけです。神田さんは飛越さんから話を聞き出してください。聞き出す事が出来たなら、いくつかある帰還方法の内の一つを知ることになります。そして、その一つが一番現実的な方法です」


「飛越は俺達に話すと言っていた。俺が聞き出そうとしなくとも、飛越の方から話すのではないか?」


「僕の予想では話さないと思いますよ。言っておきますけど、僕は口止めしてませんので、話さないのは飛越さんの意思です。話さない理由も、話させる事が出来れば神田さんにもわかるでしょう」


「それはつまり、話せないような内容を無理矢理聞き出せとそう言うことだろ?」


「その通りです。やり方は神田さんの好きにしてください。そこに僕が関わる気はありません。情に訴えようとも、拷問して口を割らせようとも、神田さんの自由です。もちろんそんな事をすればクラスメイトから非難されるでしょうが、クラスメイトに話す話さないも神田さんが決める事です」


「そんなことをやらせて、何を企んでいるんだ?」


「何も企んでませんよ。神田さん達のことを気に掛けているのは僕じゃなくて委員長です。正直、僕は神田さん達が帰ってこようと、帰って来ずにこの世界で一生を終えようともどうでもいいです。同郷だといっても、会ったこともない他人ですから」


「わかった。なんにせよ飛越からは話を聞かなければならないと思っていた。やることは変わらない」

神田さんはこう言ったが、僕が言わなければ無理に話を聞くことはなく、そのまま距離を置くことになっただけだろう。


「それからもう一つ、これは助言ですが、飛越さんから話を聞くのは神田さん1人の方がいいですよ」

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