第275話 新しい生活

「新入生代表、星宮めぐるさん」


「はい。暖かな春の訪れと共に────」


葉月さんの頼みを聞いてから約1年、僕は立花さんと同じ高校に進学し、入学式を迎える。


偏差値50超えの普通科の高校に入学するには、休み過ぎで内申点の低い僕にはキツいものがあり、仕方なく力を使って不正をし、学科試験で高得点をとらせてもらった。


ちゃんと勉強したけど、合格ラインに届かなそうだったので仕方ない。

文句なら不登校だった時の僕に言ってほしい。


驚きなのは、委員長が偏差値の高い進学校に行かずに、僕達と一緒の高校を受験したことだ。


委員長ならどこで勉強しても好きな大学に行けるだろうけど、驚きを隠せない。


中貝さんと神下さんが同じ高校なのはなにも不思議ではない。



1年という長い時間が流れたことで、如月さんを含め5人帰ってきたのは把握しているが、まだ帰って来れていない人は多い。


僕達の時は犯罪に走って処刑されたり、魔物に殺されるなどの事故で命を落とした人も多かったが、高校生というのは中学生に比べて冷静な判断が出来るようだ。

アルバイトの経験がある人もいることも影響しているのかもしれない。


無茶をせずともお金を稼げれば、いくら魔物や盗賊がたくさんいる世界でも、滅多に死ぬことはない。


結果として、大半が帰還出来ずにいる。


狩谷君のような狂気に走る人物が生まれなかったのも要因の一つではあるけど、劇的に生活が変化して気が狂うことはあっても、殺人鬼となる人は稀だろうから、これが普通だろう。


一応何人かの居場所は把握しており、クラスメイトを集めて、協力して帰還方法を探している人もいる。


委員長ほどではないけど、なかなかの手腕を発揮している。



「悠人君、部活は何にするか決めた?決めてないなら一緒に見て回らない?」

登校初日は入学式の後、ホームルームのみの半日で終わり、放課後に運良く同じクラスとなった立花さんに部活見学に誘われる。

立花さんだけでなく、委員長と神下さん、中貝さんとも同じクラスなのは、運というより何か不思議な力が働いている気もするけど、僕に確かめる術はない。


「立花さんは決めたの?」

高校の合格発表の前日、1年近く経っても気持ちが変わることのなかった立花さんから告白され、僕と立花さんは付き合うことになった。


立花さんは今でも慣れていない様子だけど、僕を下の名前で呼ぶようになっただけで、他は特に以前と変わっていない。


告白を受けたのも、僕の気持ちが変わったからではなく、断る理由がなかったからに過ぎない。

そのことは立花さんにしっかりと伝えており、それでもいいならと返事をした上で付き合うことになっただけだ。


合格発表の前日に告白されたのは、僕が今の高校に落ちると思われていたのかもしれないな。


「私は悠人君と同じところにしようかなって……」

立花さんが少し恥ずかしそうに答える。


「それなら帰宅部だね」

僕は部活に励むつもりはない。


「何かの部活はやらないといけないって先生が言ってたよ」


「……聞いてなかったよ」

強制なのか……。めんどくさいな。


「eスポーツ部っていうゲームをする部活が何年か前に出来たみたいだよ」


「そうなんだ。それじゃあ、そこを見に行こうか。後は、活動をほとんどしていないような所があったら、本当に活動が少ないのか見に行きたいな」


「……部活をやりたくないんだね」


「やりたくないよ。授業が終わったらすぐに帰りたいと思ってる。中貝さんと神下さんはどの部活にするか決めたのかな?」


「いろはちゃんは登山部で、えるちゃんは文芸部にしようと思ってるみたい。委員長は生徒会の人に声を掛けられているのを見かけたよ」


「そうなんだ。中貝さんが登山部っていうのはなんだか意外だね。山が好きなの?」


「体力作りだって言ってたよ。あっちで戦力になれなかったことに思うところがあるみたい」


「ああ、たまにジムにも行ってるんだっけ?」


「頑張ってるみたい」



話しながら歩いていると、eスポーツ部の部室に到着する。

「部活見学いいですか?」


「モニターにプレイ画面を映してますので、ご自由にどうぞ」

部室にはVRゴーグルを付けた人が4人と、返事をしてくれた男の先輩、他に男女合わせて7人がいた。


ここにいる人の内、部員は5人で、残りは僕達と同じ新入生だろう。


モニターに映し出されているのは、大会も開かれている有名なFPSのゲームだ。

オープンワールドのゲームはあれからサモナーストーリーしかやっていないが、FPSにはかなりの時間を割いていた。

訳あって今はやっていないが、以前からあまり負けることはなかったな。


「よくわからないんだけど、これは勝ってるの?」

先輩方は4人対4人のフラッグ戦をやっており、対戦相手含め、あまり上手いとは言えない。

もちろん部活としてやるくらいだから下手ではないけど、無駄な動きが目立つ。

エイムを合わせるのが遅いのは、気をつけてすぐに良くなるものでもないので仕方ないが、もう少し地形を利用することは出来ないのだろうか……。


「今は勝ってはいるけど、守りが手薄だからこのままだと負けるんじゃないかな」

僕の発言に案内している先輩が一瞬こちらを向く。

貶すつもりではなく、ただの解説なので睨まないでほしい。


立花さんと観戦しながら動きの説明をしていると、案の定先輩方の敗北で幕を閉じた。


「君、詳しいね。経験者?」

負けると言ったから不快にさせたのだと思ったけど、案内係の先輩に笑顔で声を掛けられる。


「昔にちょっとやってました」


「少しやっていかないかい?良ければ彼女も一緒に」


「……どうする?やるなら簡単に操作方法を教えるけど」

僕はどちらでもいいので、立花さんに聞く。


「せっかくだからやってみようかな」


「決まりだ!それじゃあ僕達と2対2で対戦しようか」


「わかりました。操作方法を彼女に教えるので、もう一試合やっていてください。そこの機器一式借りていいですか?」


「もちろん、好きに使って構わないよ」



「それじゃあ教えるね。大体の操作方法はサモナーストーリーと同じだけど、大きく違うのは銃を扱うことだね。まずはその銃を探す。建物の中に落ちてるからとりあえず拾ってみようか」

立花さんにVRゴーグルを付けてもらい、片耳のイヤホンは外してもらって説明を聞きつつ操作してもらう。


「拾ったよ」


「スナイパーライフルか……。とりあえずはそれでいいかな。窓の外に動いている人型の的が見えるかな。銃を構えて、狙いを定めて撃つ…………惜しいね。近くにスコープが落ちてないかな。ああ、それ。それを付けて覗くとさっきよりも狙いが定めやすいでしょ?……今度はギリギリ当たったね」


「なんとか当たったけど、難しいね」


「今付けたのが2倍スコープだけど、8倍スコープもどこかに落ちてるはずだから、それを見つけて、ライフルも性能が良いものだったら超遠距離スナイプが出来るよ。後は銃ごとに弾の種類が決まってるから、使ってる武器の弾を拾うようにね」


「わかった」


「このゲームで初心者が使いやすいのはAKだと思うから、次はその机の下に落ちてる銃を拾ってくれる?」


「うん」



簡単にではあるけど、先輩方が一試合終える前に立花さんに操作方法を教える。


「チーム戦だし、本気で勝ちに行くか、負けてもいいから楽しむかどっちがいい?」

立花さんにどうするか決めてもらう。


「やるからには勝ちたいな」


「それなら、少し本気を出そうかな」



先輩方の試合も終わり、先輩方とフレンド戦を始める。

ルールは先ほどのフラッグ戦ではなく、制限時間内にどれだけ相手をキル出来るかという単純なものだ。

キルするとポイントが入り、キルされると集めた装備が消えた状態で20秒後にリスポーンする。


制限時間は20分とフレンド戦にしてはかなり長めだ。



「とりあえず装備を揃えようか。僕が遠距離から援護するから、立花さんはアサルトライフルを使って前に出ようか」

同じ部屋にいるのでイヤホン越しに聞こえているかもしれないけど、本来なら味方にしか聞こえないボイスチャットで指示を出す。


「うん、わかった」


「ここにAKがあるよ。僕のところに来て」

AKを見つけたので、立花さんを呼ぶ。

まだ相手も武器探しをしているはずなので、今は急ぐ必要はない。


「ありがとう」


「スコープが弱いけど、僕の方もスナイパーライフルを見つけたから、早速攻めようか。指示は出すけど、基本的に立花さんのやりたいようにやっていいからね。後ろは任せて」


お互いのメインウェポンが見つかったところで攻め始めることにする。


「建物の中に入って隠れながら、ついでに防御アイテムや回復アイテムを探しながら進むといいよ」

スコープ越しに立花さんの動きを確認してアドバイスする。


「うん」



「そろそろ相手と接触してもいい頃かな。気を付けてね」

僕も移動しながら装備を整えていき、開始から40秒経ったところで警戒するように伝える。


「うん」

立花さんの口数が少なくなっているのは、集中しているからだろう。

終わるまでに何キルか出来ればいいけど……。


パンっ!

僕の撃った弾が不用意に建物から建物に移動しようとした先輩の操作するキャラの頭にヒットする。

スナイパーライフルのヘッドショットは問答無用で即死だ。

回復する余地はない。


「とりあえず1キルしたよ。今相手は1人だからチャンスだね」


「うん。もっと前に出るね」



「立花さんの左の建物の2階に先輩がいるよ。注意して入って、そのままキルしちゃおう」

キル出来るタイミングはあったけど、あえて見逃して、立花さんがキルするチャンスを作る。


「うん」

立花さんがしゃがんだ状態で建物の中に入っていく。


窓から先輩が見えてしまっている訳だけど、とりあえずスコープの真ん中に頭がある状態にして立花さんの戦いの行方を見守る。


パンっ!

離れている為ここまで音は聞こえないが、発砲した時の光が何度か出た後、立花さんが倒れたので、トリガーを引いてヘッドショットを決めておく。


「キルはされてないね。包帯で止血して応急キットで回復すれば持ち直せるから落ち着いて対処して。建物には入らせないから、窓から顔を出さないように気を付けて体制を整えて」


「ありがとう。助かったよ」



このまま終始僕のペースで試合を終える。

結果は僕達の圧勝だった。


立花さんが結局7キルされてしまったけど、2キル出来たので楽しませることも出来ただろう。


前に委員長が言っていたけど、レベルが上がった影響か、明らかに感覚が研ぎ澄まされており、1番やりこんでいた頃と比べても明らかにエイムを合わせる速度が上がっている。

そして、視界に入った相手を見逃すこともない。


チートを使っているかのように強くなりすぎてしまったからこそ、最近はFPS含め、対人戦はほとんどやっていない。


やるのは、サモナーストーリーというほのぼの系のゲームであるのにも関わらず、喧嘩を売ってくる輩を駆除する時だけだ。


「いやー、君上手すぎるね。全然歯が立ってなかったよ。部に入ってくれないか?」

案内をずっとしていた人に勧誘される。

この人が部長だったようだ。


「部活は毎日やる感じですか?」


「結果は残せていないけど、大会で勝つことを目標にしているから、放課後は大体毎日かな。でも、強制はしてないから。先に言ってくれれば、土日も部室を開けれるようにしておくよ」


「……FPS以外のゲームをしててもいいですか?あと、大会には興味ないので僕は参加しませんが、それでもいいですか?」


「……構わないよ。見てれば君も大会に出たいと思うかも知れない。その時は遠慮せずに言ってほしい」


「どうする?強制じゃないみたいだし、学校内で堂々とゲームが出来るのは悪くないと僕は思ってるけど……」


「私は入ってもいいよ」


「それじゃあ入部します」

どちらかの家に集まらなくても近くでサモナーストーリーをプレイ出来るし、部活動への参加は強制でないとの言質も取ったので、嫌になったら幽霊部員として籍だけ置かせてもらおう。

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