第225話 サモナーストーリー

僕とヨツバは小さな村の近くの草原に送り出された。

風で草木が踊る。

実際に感じているのは視覚と聴覚だけだけど、まるで草の青臭い匂いがするのではと錯覚しそうになる。

VR技術はそこまで進歩した。


一度も体験しないのはもったいない。


「思ってたよりもリアルだと思わない?まるで本当にこの世界があるかのような、そんな気持ちに僕はいつもなるんだ」


「うん。なんだか本当に草原に来たかのような、ピクニックしているみたいな気持ちよさがあるよ」


「本当は向こうに行く前に体験して欲しかったよ。そしたらもっと感動的だったと思う。さて、とりあえず村に行こうか」

村の中からスタートではなく草原からスタートなのは、まず高クオリティのマップを見て欲しかったという運営の計らいかもしれない。


「たぬきちがいないんだけど……」

ヨツバは召喚獣にたぬきちと名付けたみたいだ。


「この後出会うことになるんじゃないかな」

仕様上仕方ないのかもしれないけど、この後出会う召喚獣を先に作るというのも風情がないなとは思う。



「村長がお前達を探していた。村長の家は井戸の向こうだ」

村に入ったところでおじさんに話しかけられると同時に巻物のアイコンにビックリマークが付く。


「あ、はい。わかりました」

ヨツバがNPCのおじさんに返事をする。

ゲームをやればやるほどNPCへの反応は薄くなっていくので逆に新鮮だ。


「右上にビックリマークが付いたアイコンがあるよね?押してみて」


「うん」


「メインクエストの方に村長に会いに行くことが追加されてるでしょ?ストーリーの根幹のやらなければならない部分はメインクエストに、他のやらなくてもいい事は条件を満たすとサブクエストに自動的に追加されていくから、何をしたらいいのか分からなくなったらまずはそこを見るといいよ。それじゃあ村長のところに行こうか」


「クオンもこのゲームは初めてやるんだよね?」


「このあたりは他のゲームとほとんど同じだから感覚としてわかるだけで、僕もこのゲームはやったことないよ」



「よく来た。お前達も成人となる。儀式の準備は問題ないか?」

村長の家で明日成人となることを聞かされ、“はい”と“いいえ”の選択肢が出る。


「“はい”でいいのかな?儀式が何かわからないけど、前日に準備が出来てないなんてことはないよね?」

ヨツバがなんとも真面目なことを言う。


「いや、“いいえ”を選ぼうか。多分“はい”にすると準備するルートへの分岐が消えるんだと思う。もしかしたら支度金がもらえるかもしれないしね」


「それじゃあ“いいえ”を選ぶね」

ヨツバが“いいえ”を選択すると僕の方の選択肢も消えた。

一緒に行動しているので、時間軸を合わせる為にも別の選択は出来ないようにしているようだ。

元々別の選択をする気はないけど。


「精霊が棲むと言われる森にはモンスターも出る。装備を整えるのに使うといい」

村長から予想通り支度金として100Gもらい、村長の家を出る。


「森が最初の戦闘イベントみたいだね。最初だし多分何も買わなくてもクリア出来ると思うけど、お金も貰ったし装備かアイテムを買いに行こうか」


村に一つしかない商店に入ると、武器、防具用の服、回復ポーションがそれぞれ100Gで売っていた。

どれか一つ選べということのようだ。


「どれがいいかな?」


「買わないというのも選択肢としてはあるけど、ヨツバは防具がいいと思うよ。操作に慣れるまでは耐久を増してやられにくくしたほうがいいと思うから」


「クオンはどれか買うの?」


「僕は短剣を買うよ。戦闘が早く終わるようになると思うから」


僕は短剣を、ヨツバは皮のローブを購入した後村長のところに再度行くと、儀式の詳細を教えてもらえた。


村の近くにある森に向かい、雑魚モンスターを倒しながら儀式を行うために祭壇の前まで辿り着く。

祭壇で祈りを捧げると、ノワールとたぬきちが召喚された。


村に戻り、村長に儀式を無事に終えたことを報告すると、見たことがない召喚獣だと言う理由で近くの街まで行くことになる。


馬車に乗り、すぐ降りると目の前は村から街に変わっていた。

当然、村から街までの移動時間を馬車の中で待たないといけないなんてストレス設定にはなっていない。

今回は村長が馬車代を出してくれたけど、お金さえ払えば設定されている目的地まで瞬時に移動させてくれる。


「ここまでが実質的なチュートリアルだね。やっとNPC以外のプレイヤーがいるよ」

村にはプレイヤーは1人もいなかったので、あそこは閉塞された空間に設定してあるのだと思う。


「ここからが本番なんだね」


「神殿でノワール達のことを聞こうか」

村長に言われていた通り神殿でノワール達のことを確認すると、調べるから街の近くに住まないか提案され、何故か街の中ではなく外に、小さい土地とボロボロの家を貰う。

ヨツバとそれぞれもらったけど、場所は隣にした。


「拠点がもらえたね」

もらった拠点には街の中からならアイコンをクリックするだけで移動が可能だった。

リアルさよりも便利さにこのゲームは振っているようだ。


「メインクエストのところに何も新しいのが増えてないけど、次はどうしたらいいの?」

一本道ではあったけど、さっきまではずっとメインクエストに次の目的が表示されていた。


「このゲームは召喚獣を育てる物語だから、ある程度育てたら更新されるんじゃないかな。ここからは自由にやりたいように進めればいいよ」


「それって前にクオンが言ってたやる目的がないクソゲーってやつじゃないの?」

ヨツバがあの世界で僕が言ったことについて聞く。


「やることはたくさんあるよ。このボロボロの家を住みやすいようにしてもいいし、畑でたぬきちに食べさせる食料やアイテムの素材を育ててもいい。モンスターを倒してレベルを上げたりもいいね。そうやってやれることを増やしながらのんびりと召喚獣を育てていくのがこのゲームの楽しみ方だよ。たぬきちと共に生きるっていう目的がちゃんとあるよ」

その為にバリエーションの多い召喚獣を運営は用意して、細かな設定も出来るようにしたのだろう。

他のプレイヤーと被っていない自分だけの相棒となるように。


「そっか」


「心配しなくても、飽きさせないように運営が定期的にイベントを立てるはずだよ」


「クオンは何から始めるの?」


「まずは金策かな。森で薬草を集めてポーションを作って売ろうかなって思ってるよ。ついでにモンスターを倒してレベル上げも出来るし」


「私も一緒に行ってもいい?」


「もちろんいいよ。ヨツバは鍛治師だから、鉱石を集めるのがいいね。両方集めて後で交換しようか」


森に向かい採取とレベル上げを行う。


「村の近くの森でも思ったけど、モンスターも見た目がかわいいね」


「リアルすぎると倒すのに抵抗があるからね」


ある程度採取を終えたところで切り上げて拠点に戻る。


「ねえ、鍛治ってどうやってやればいいのかな?」

ヨツバに聞かれて僕は一瞬思考が止まる。


「…………先に鍛冶場を作らないといけないね。僕の方も道具を揃えないとポーションを作れないみたいだよ。作ろうと思ったら道具が足りませんって表示が出たから。前やってたゲームだと初めから拠点に備え付けられてたから頭から抜けてたよ、ごめん」

これはしばらくゲームから離れていた弊害だ。

以前ならゲームが違ってもこんなこと忘れなかったはずなのに。


「大丈夫だよ。まずは鍛冶場を作るのが私の目標ってことだね」


「そうなるね。僕も道具を揃えないといけないから、とりあえずはやっぱり金策だね。鍛治と薬調合に不要な素材とモンスターの討伐報酬で稼ぐのがいいかな。慣れてきたら他の知らない人とパーティを組んでやってみようか」


「うん」



「結構やってたから僕はもう終わろうかと思うけどヨツバはどうする?」

僕に付き合ってやり続けていると翌朝になる可能性が高く、ヨツバからやめるとは言いにくいだろうから、僕の方から終わりを提案する。


「クオンがやめるなら私もここまでで終わろうかな」


「出来るだけ同じ時間にログインするようにするから、ログインする時にまたメールして。休みの日以外は入れても学校が終わってからだよね?」


「うん、早くても6時くらいからかな」


「わかった。それじゃあまたね」

ヨツバに別れの挨拶をした後ログアウトしてVRゴーグルを外す。


外はもう暗くなり始めていた。

時間が過ぎるのがとても早い。


一応委員長の様子だけ見ておくか……。

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