第218話 誘拐

商業ギルドで案内された家のほとんどは、僕が出した条件のせいでほとんどが屋敷のようなものばかりだった。


そのほとんどは温泉が枯れる前に貴族が建てた別荘で、温泉が枯れたことで引き払ったそうだ。


生活環境を上げようとして温泉付きと言っただけで、屋敷に住みたいわけではないので、屋敷は除外して少し大きめの家を借りることにした。


少し大きめといっても、リビング、ダイニング、キッチンが十分な広さであり、条件通り温泉がパイプで引いてある。

私室が5部屋に、書斎まである。

こんなには必要ないが、これよりも下だと家の外の共用トイレを使わないといけなかったりしたのでここに決める。


月々大銀貨4枚、退去時の補償金合わせて契約時に金貨2枚と初めに聞いていた通り確かに高かったけど、露天風呂に入り放題だからこんなものなのだろう。


物件を見て回っていたので遅くなってしまったけど、委員長達を迎えに行く。


食堂の近くで買い物でもしているはずなので、そっちに向かっていると人だかりが出来ているのを見つけた。


フランちゃんの存在がバレたのではと心配になりながら駆け足で人だかりに向かうと、人だかりの真ん中でフランちゃんが泣いていた。


委員長の姿は無い。


「何があったの?委員長は?」

あまり目立ちたくはないが、フランちゃんのところに駆け寄って事情を聞く。


「ううぅ……お姉ちゃんが……」

いない時点で委員長に何かあったのはわかるけど、フランちゃんが泣き止んで冷静になってもらわないことには、何があったのかわからない。


「この子の家族か?」

どうしたものかと考えていると、フランちゃんを囲んでいた内の1人に声をかけられる。


「そうです」


「一緒にいた女性が怪しい男達に連れてかれたんだ。全部を見ていたわけじゃないが、男達は恨んでいる様子だった」


「その男達っていうのが誰なのかはわかりませんか?」


「お前さんがくる前に俺達で話してたんだが、多分ディグルっていう盗賊団の連中じゃないかって」

騎士としてその盗賊団の恨みを買うようなことをしたのだろう。


「盗賊ですか。アジトがどこにあるかとか知りませんか?」


「俺はそこまでは知らないな。冒険者ギルドか衛兵なら何か知ってるかもしれないが、もしかして乗り込むつもりか?悪いことは言わないからやめておけ。残念だが相手が悪すぎる」


「……心配ありがとうございます。とりあえず冒険者ギルドに行って話を聞いてきます。ご心配を掛けました」

お礼を言ってから、フランちゃんの手を引いて借りた家に向かう。

せっかくゆっくり調べごとが出来る環境を整えたっていうのに、面倒なことをしてくれる。


見た目の良い委員長を賊が恨んでいるからという理由で簡単に殺すとは思えないし、まだ委員長には大量の本を読んで情報を集めてもらうという仕事が残っている。


助けに行くか。



「僕は委員長を助けに行ってくるから、フランちゃんはこの家から出ないように。ご飯は何日分かここに置いておくからね。着替えはこれね。何があってもこの家から出ないように。誰も中に入れたらだめだよ」


「……うん」

本当は1人にしたくないけど、フランちゃんに留守番させてまずは冒険者ギルドに向かう。


「仲間がディグルって賊に攫われたみたいなんです。助けに行きたいので、何か情報を持っていれば教えてください」


「申し訳ありません。お気の毒だとは思いますが、ギルドとして情報を開示することは出来ません。討伐作戦が開始される時にお声かけさせて頂くかもしれませんので、その際にはご協力お願いします」

僕が賊の仲間で、ギルドにどこまで情報が漏れているか確認しにきている可能性もあるし、僕が向かって捕まれば口を割らされるかもしれない。

間違った対応では無いな。


「ギルドマスターとお話しさせてもらえますか?」


「……わかりました。確認してきます」


少し待っているとギルドマスターに会わせてもらえることになった。

ギルドマスターから説得してもらおうということだろう。


「お時間を頂きありがとうございます。僕はクオンといいます。少し前まで騎士団長をしていました。これは退団する時にレイハルトさんから頂いたものです」

餞別と言って渡された短剣を見せる。


「君が噂の……。これを見る限りだとやはり噂は当てにならないということだな」

やはり悪い噂が流れているようだ。


「受付の人から話は聞いていると思いますが、賊について知っていることを教えてください」


「いいだろう。ただし、何かあった場合には騎士団に無償で助力してもらう。それを見せた結果として教えるのだからな」


「大丈夫です。僕が戻らなくてもレイハルトさんに話をすれば信頼出来る騎士を派遣してくれると思います。それまでこの短剣はお預けします」


ギルドマスターからアジトがあると思われる場所と、賊の規模が50人くらいだということを教えてもらう。

討伐隊を組む為に他の街から冒険者を集めている最中だったようで、しばらく経てば討伐作戦が実行される予定とのことだ。


ギルドマスターからは無茶はせずに討伐隊に参加しないか聞かれるが、僕は首を横に振った。


相手は50人近くいて、頭のディグルというのは高額の賞金が掛けられている程の手練れらしい。

油断せずに初めから全開でいかせてもらおう。


山の中腹にある洞窟をアジトとして使っている可能性が高いとのことなので、山道を警戒しながら進む。

まだ日は落ちていないが、暗くなれば地形を把握していない僕が不利になるので、警戒は怠らないように早足で登って行くが、教えてもらった洞窟の近くまで登った所で違和感に気付く。


見張りはいないのか?


50人近い盗賊団なら山に入る人間をチェックする為に見張りくらい立てるだろう。

僕が見張りに気付いていないだけかもしれないけど、アラームが鳴らない以上、攻撃の意思は向けられていない。


アジトの場所はギルドが被害にあった場所や目撃情報を元に割り出しただけで、確証があるわけではない。


ギルドの考えが外れていただけならいいが、偽の情報を摑まされていた場合、洞窟には罠が仕掛けられている可能性が高い。


討伐隊を相手にする為に張られた罠に1人で突っ込んでいって、問題ないとは流石に言えない。


しかし、委員長を助けないという選択肢を今は取りたくないので、罠かもしれない洞窟に向けて変わらず進み続ける。

罠かもしれないと気付けただけ良しとしよう。


アラームが鳴らないまま洞窟の入り口が見える位置まで近付き、僕は異様な光景を目にする。


入り口の近くに焚き火をした跡があり、その近くに倒れた男が4人。

少し離れたところに3人。


合わせて7人もの男が倒れている。

見た目からするに盗賊だろう。

盗賊を討伐しにきた冒険者や衛兵、騎士には見えない。


血が流れていないことを考えると薬で眠らされているだけか、それとも首を絞められるなどの方法で殺されたか。

ここからだとよくわからないな。


賊の敵が僕の味方とは限らない。

やばい相手がいると想定して進んだ方がよさそうだ。


音を立てないように、気配を消すように、ゆっくりゆっくりと進んでいたのに、倒れている男の状態を確認しようと近づいた所で、僕は倒れるように膝をついた。

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