第192話 潜入
翌日、ルイナさんとしてロンデル子爵の屋敷に出勤する。
ルイナさんは屋敷に着いたら、まずは仕事着に着替える。
なので、僕は使用人用の部屋に行き、ルイナさんのロッカーからメイド服のデザインを確認して、幻影の服を私服からメイド服に変更する。
次に屋敷の掃除だ。
ホウキを持って使用人部屋から出る。
一日くらい掃除しなくても、汚いからという理由でサボっていることはバレないだろう。
ルイナさんが一人でこの屋敷を掃除しているわけでもないし。
ホウキを持って屋敷の中を適当に歩く。
まずはこの屋敷のマップを完成させよう。
隠し部屋みたいなものがあれば、悪事の証拠を得るのにグッと近づくだろう。
屋敷を散策していると、前から黒いコートを着た40歳くらいの男性が歩いてきた。
あれがロンデル子爵か。
魔法の研究をしているみたいだし、あのコートは白衣のようなものだろう。
「どこか体調でも悪いのか?」
お辞儀をして今はやり過ごそうとしたら、声を掛けられる。
もしかして、何か異変に気付いたのか?
「問題ありません」
「その声はどうした?」
出来るだけ女性の声を出そうとしたけど、やはり無理があったようだ。
速攻で子爵にバレる。
スキルポイントをケチらずに変声のスキルも取得しておけばよかったけど、あれは使い勝手が悪く、特定の人物の声を真似られるわけではないので、この為だけに取得するのは勿体無い。
「少し喉を痛めてしまいました。他は問題ありませんので、仕事に支障はありません」
「無理をする必要はない。少し待ってなさい」
ここで逃げても疑われるだけなので、仕方なく待つ。
「喉の痛みに効く薬だ。それを飲んでもまだ痛むようであれば、無理せず帰って休むといい」
「ありがとうございます」
小瓶に入った薬を受け取る。
子爵はルイナさんから聞いていた通りの人物のようだ。
屋敷内をぐるっと見て回った後、物陰に隠れておかしな空間がないか確認する。
貯蔵室以外に地下室があるわけでもないし、唯一気になるとすれば、寝室にある小さな空間だけだ。
あそこには子供が書いたような絵が飾ってあった。
裏に隠し金庫でもあるのだろう。
用心の為に資産を分けておくのはおかしなことではない。
……一応確認しておくか。
他におかしなところもないし、そこを調べ終わったら、調査は終わりでいいかな。
寝室に誰もいないのを確認しなおしてから中に入り、額に入った絵を外す。
そこには想像通り金庫があった。
しかし、金庫だと鍵が掛かっていて中を確認することが出来ない。
『解錠』のスキルを取得するか迷う。
今後、ダンジョンで宝箱を開けることを考えると、取得してしまっても問題ない気もするけど、そもそも、この世界のダンジョンに宝箱が湧くのか知らない。
「ルイナさん。何をしているのですか?」
迷っていると、冷静のようで、怒気が含まれた声が聞こえる。
振り向くと、この屋敷の執事であるクラウスさんがいた。
「額が壁から外れかかっていたので直そうとしていたんです。……裏に金庫があるとは知りませんでした」
「開けた形跡もありませんので、あなたのことを信じたいと私は思いますが、旦那様のところに行きましょうか」
「……はい。旦那様がご判断されるまでは、広めないで下さい。お願いします」
これ以上調べることもないから、ちょうどいいか。
クラウスさんに書斎へと連れていかれる。
「失礼します。ルイナが旦那様の寝室にて怪しい行動をしていましたので、連れてまいりました」
「ご苦労。ルイナよ、私の寝室で何をしていたのか、正直に話す気はあるか?」
さっきから、アラームのスキルがずっと鳴っている。
子爵と執事しかいないように見えて、いつでも攻撃出来るように伏兵が隠れているようだ。
ずっと怪しまれていたということか。
「旦那様に折り入って話があります。隠れている方にも退出していただいて、二人きりで話をすることは出来ませんでしょうか?」
「捕らえろ!」
子爵の合図で隠れていた5人の男が姿を現す。
「殺し合いをするつもりはないので、その物騒な剣は下げてください。今は子爵と話をしたいだけです」
本当はルイナさんのまま少し話をしたかったけど、バレているようなので幻影を解く。
「何者だ?」
冷静なところを見ると、やはりルイナさん本人でないことはバレていたな。
「お初にお目にかかります。第一騎士団団長のクオンといいます。訳あって、ルイナさんの姿をお借りしていました。ルイナさんに危害は加えていませんのでご安心ください」
騎士の紋章を見せながら自己紹介する。
「……騎士団長殿が何用ですかな?変装までして、何か私がお手を煩わせるようなことを致しましたか?」
「その疑いがありましたので、失礼ながら調べさせていただいていました。身分も明かしたので、そろそろ兵を下げてはもらえませんか?話がしたいです」
「私は何もやましい事などしていない。コソコソと調べなくても、存分に屋敷の中を調べてもらっても構わなかったのだが、あまりに失礼が過ぎるのではないか?」
子爵は怒りながらも、合図して兵を下げる。
「おっしゃる通りです。しかしその場合、証拠を隠蔽される可能性があることもわかっていただけると助かります」
「それで、私の疑いは晴れたのだろうか?何も証拠など見つからなかったであろう?」
「そうですね。何も見つかりませんでした。なので、最後の確認として話をさせてください。元々疑いを掛けることになった要因は子爵当人ではありませんので、当初の疑いはまだ晴れていません。子爵自身も悪事をおこなっていれば話が早いと思い、先に子爵の調査をおこなったまでです」
「私が悪事に加担していないのに、私に疑いが掛かっているという状況がわからないのだが、納得の出来る説明をしてもらえるのだろうね」
「子爵がどう考えるかです。子爵は子供が罪を犯した場合、親にもその罪はあると思いますか?」
「あの馬鹿が……」
子爵が唸るように呟く。
「理解が早くて助かります。魔法学院に通われている御子息とは連絡を取ってはいないのですか?」
「定期的に文のやり取りはしている」
「3年前にクラスメイトをイジメていたのはご存知ですか?」
「3年前というと、クロウトが大怪我を負ったな。しかし、クロウトからはクラスメイトが暴れて怪我をしたと聞いている」
「今回、その暴れた当人が困っているということで、僕が子爵の元に来たわけです。事実確認は、当人から聞いただけになりますが、御子息は孤児だという理由でイジメを主導していました。その結果、イジメの被害者が自身の力を抑えられなくなりスキルが暴走し、御子息に大怪我を負わせました。イジメられていたということと、故意ではなくスキルの暴走ということから、衛兵に引き渡されることはなく、退学処分となってます。ここまではよろしいでしょうか?」
「ああ」
子爵の眉間にはシワが寄っている。
大分お怒りのようだ。
「退学処分となった後、孤児院へと帰った被害者ですが、今度は孤児院に対して嫌がらせが始まりました。御子息がまだ恨みを持っているのではないかと被害者は不安を感じています。犯人は特定出来ていませんので、その調査も含め、被害者の安全を守るのが今回の任務になります」
「事情は理解した。即急に事実確認をおこなう。クラウス、馬車の用意だ」
「かしこまりました」
クラウスさんが部屋から早足で出ていく。
「理解はしたが、名誉ある第一騎士団、ましてや団長自らが動く理由がわからない。聞かせてもらえるだろうか」
「先程話した被害者は、稀有な力を持っています。害されでもしたら、国としての損失が大きいと断言出来る力です。そんな人物を守る為なら、子爵家くらい潰しても構わないというのが、第一騎士団としての見解です。小さなことでも悪事の証拠があれば、爵位を返上したくなるように追い込むつもりでしたが、当主がまともな方で安心しました。面倒な仕事をしなくてもよさそうです」
「すぐに馬鹿息子に頭を下げさせる。それまで待ってもらいたい」
子爵の中で、息子が犯人と確定しているようだ。
魔法学院に通う前から、色々と問題を起こしていたのだろう。
「もちろんです。善良な貴族を意味なく潰すつもりはありませんので。それから、まだ孤児院に嫌がらせをおこなっている犯人が御子息とは決まっていませんので、もし違うようであれば、疑いを掛けたことを正式に謝罪致します。それともう一つ、今回ルイナさんに無理を言って協力してもらいました。本人は本日家で休暇を取っています。無碍な扱いはしないようにしてください。信用出来ないというのであれば、騎士団で彼女を雇い入れします」
「平民が騎士に、ましてや騎士団長に逆らえないことは理解している。その心配は必要ない」
「子爵はこれから魔法学院に向かうのですか?」
「その予定だ。このままではおちおち寝ることも出来ない」
「では護衛として、団員を同行させましょう。僕は少し用がありますので、後から追いかけます」
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