第128話 金の成る木

「どうしたらいいかな?」


「えっと、水の魔石を売っちゃったのはわかったよ。売ったお金でこの宿に泊まってるってことだね」


「ううん。この宿はギルドで用意してくれたの。魔石を買い取るお金を用意するのに時間が欲しいから、それまではここの宿を使ってって言われてるの」


「冒険者ギルドに売ったの?」


「うん」

よくわからない人に売るよりはマシか。


「他にイロハが売ったのを知ってるのは?」


「いないと思う。受付の人とギルドマスターだけかな。私も途中でマズイって思ったから売るのをやめようと思ったんだけど、押し切られちゃって。せめて誰が売ったのかは秘密にして欲しいって頼んであるから、公にはなってない……と思う」

それならまだなんとかなるか。

この街のギルドマスター次第だな。


「ちなみにいくらで売ったの?」


「金貨100枚……。私が100枚って言ったんじゃないよ。向こうが100枚払うから売って欲しいっていったんだよ」

イロハが慌てて言うけど、それは違う。

100枚が妥当かどうかという話ではなく、向こうの言い値で売るのは違う。


「もっと高くても良かったと思うけど……。水の魔石は魔力を注いでいる間、永遠に飲める水を出し続けるからね。他の街ならまだしも、この街でならすぐに元は取れると思うよ」

ギルドとしてはもっと出す気でいて、とりあえず値上げされると考えて金貨100枚と言ったはずだ。

そこから交渉に入るつもりが承諾されたので、チョロい奴だと思われているのではなかろうか。


「え……?クオン君ならいくらで売ったの?」


「そもそも僕なら売らないけど、向こうが金貨100枚と言ってきたなら金貨500枚くらいから交渉するかな。そうすれば金貨300枚くらいで売れたと思うよ。まあ、とりあえずギルドマスターに話をしようか」


「……うん」


「それじゃあ僕はイロハと冒険者ギルドに行ってくるよ」


「……お願いね」


僕はイロハと冒険者ギルドに行き、ギルドマスターに話があると先程の受付の女性に言う。


少し待った後、ギルドマスターの部屋へと通された。

中には20代後半くらいの女性がいた。


この街のギルドマスターは女性なのか。

レベルとスキルを見る限り、かなりの手練れだな。


「お時間を頂きありがとうございます。クオンといいます」


「ええ、お話は伺っております。当ギルドでマスターをやらせて頂いておりますサラボナです。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「まずは、トラブルによって困っていた仲間を助けていただいたことにお礼をさせて下さい。おかげで合流するまでの間、野宿をさせずにすみました」


「いえ、ギルドとしても大変ありがたいお取引をさせていただきました」


「それでですね、お売りした魔導具なんですが、仲間に預けていただけで私の物なんです。宿代等も含めて全てお支払い致しますので、返していただけませんでしょうか?」


「……それはどうしてもお売り出来ないということでしょうか?親の形見だからと言われればもちろんお返し致しますが、特別な理由が無いのでしたらお売り頂きたい。この街に、この水の魔石と名付けられた魔導具が必要なのはご理解頂けるはずです」

一度買った物だからと突っ撥ねられると思ったけど、そうはならなかったな。

それなら最終的にもっていく所を考え直したほうがいいな。


「そのような特別な理由はありません。水を持ち歩かなくても良いというのは、旅人が喉から手が出るほどに欲しい物だというだけです。ただ、僕がその魔導具を手放したくない理由は別にあります」


「聞かせて下さい」


「その魔導具の性能の素晴らしさは説明しなくてもお分かり頂けると思います。ただ、性能が良すぎるのです。存在が公になった時に、僕達の所に人が集まるのは勘弁願いたい。その魔道具の出所を僕は知っていますが、公にするつもりはありません。公にするつもりはありませんが、金に目が眩んだ者が力ずくで手に入れようとしてくるかもしれません。冒険者ギルドであればそんな輩の対処は出来るかもしれませんが、僕達低ランク冒険者には難しいです。なので存在自体を隠していたんです」


「なるほど。確かに君の言う通りだ。この魔道具を手に入れる為に争いが起きても不思議ではない。しかし、だからといって私も手放すつもりはない。もちろん君達を脅迫するつもりはない。冒険者なら知っているだろうが、ギルドには守秘義務がある。あの魔導具を君達から購入した事は誰にも言わない。それならば問題はないだろう?」

よし。一番欲しい言質をもらった。


「わかりました。2つ条件があります。どちらも飲んでくれるなら返せとは言いません」


「聞かせて下さい」


「まず、こちらの魔道具に魔力を通して頂きたいです。水の魔石のことを知っているのはあなたと受付の女性の2人だけでしょうか?」

僕は板状の魔道具を2つ取り出す。


「ああ、そうだ。それでそれは?」


「これも魔道具になります。魔法都市で買いました。これをこうして2つ重ねて、お互いに手を置きます。そして、契約したいことを言いながらも魔力を流すと、契約が破られた時に魔道具が光ります。お互いに魔道具を持っていれば、契約が破られた時にすぐにわかる。それだけの魔道具です。今回であれば僕が契約を破るということはありませんので、重ねずに1枚で使います。あなたと受付の女性、2人ともに魔道具を使っての契約を結んで頂きたいです」


「試させてもらってもいいか?」


「もちろんです。では手を置いてください」

サラボナさんと2人で2枚重ねた魔道具の上に手を置く。


「僕が言い終わった後に魔力を流して下さい。お互いに右手を上げないことを約束します」

僕は言い終わった後、魔力を魔道具に流す。


「流したがこれでいいのか?」


「はい、大丈夫です。ではこちらの魔道具をどうぞ。宣言した方が重ねた上側を取ります。僕がこうして右手を上げると……サラボナさんに渡した方の魔道具が光りましたね。次にサラボナさんが右手を上げて下さい」

サラボナさんが右手を上げると僕の方の魔道具が光る。


「確かに説明通りの物ですね」


「この魔道具は魔法都市にあるカルム商会の魔道具店で買った物なので、魔道具に関してはそこで確認してもらえれば嘘は言っていなかったとわかってもらえると思います」


「いや、確認はさせてもらった。その必要はないだろう。しかし、魔道具が光ることで私が約束を破ったとわかったとして、君達に何が出来る?もちろんこんな魔道具がなくても冒険者の秘密をバラす事はしないが、この魔道具に拘束力があるとは思えない」


「短剣を出してくれる?」

僕はイロハに頼む。僕のはロングソードだからね。


「うん」


「……これは!?」


「ザングという街の衛兵隊の兵長にお世話になっていまして、約束が破られるようであれば、スカルタの冒険者ギルドに約束を破られたせいで危険が迫るかも知れないと相談することにします。約束を破らないのであれば何も問題はありませんよね?」


「……もちろんだ」

サラボナさんの顔が一瞬強ばるけど、実際の所約束を反故にしなければ何も問題はない話だ。


実際にはアリオスさんに頼る気はないけど、牽制にはなるだろう。


「では、事情を知る受付の方を呼んできてもらえますか?水の魔石を売る、売らないは別としてもこの契約はしてもらいたいです」


「ああ、呼んでくる」


「これで問題が大きくはならないはずだよ」

サラボナさんが部屋を出たところでイロハに言う。


「うん。ありがとう」


少ししてサラボナさんが先程の受付の女性を連れて戻ってくる。

2人に水の魔石の出所について誰にも口外しないことを約束させて、受付の女性には退出してもらう。


「ありがとうございます。それでもう一つの条件ですけど、買取額が安すぎると思います。流石に金貨100枚ではお売り出来ません。金額交渉をやり直すことが条件です。ギルドとして金貨100枚は妥当な額だと本気でお思いですか?」

リスクを負う以上、貰えるものは貰うつもりだ。

ちょうど金欠だし、お金があれば色んな装備の素材も買える。


「ふぅ。いいだろう。私としても交渉の手始めとして提示した金額で成立してしまって少し悪い気がしていたからな。それでいくらでなら売ってくれるんだ?」


「金貨500枚……と言いたいところですけど、交渉は得意ではありません。端的に言って、サラボナさんは金の成る木にいくらなら出せますか?」


「交渉が得意ではないか……。15日待ってくれれば金貨250枚払う。一度は100枚で売ったんだ。これで勘弁してくれ。但し、君から買ったとは言わないが、ギルド本部に魔道具を買う為だと説明はさせてもらう。王都に行き、説明して金貨を用意してもらって戻ってくるのに15日だ。すぐにという話であれば出せて金貨150枚だ。それ以上はここに無い。無いものは出せない」

なるほど。本当は100枚ならすぐ出せたのか。

僕の考えすぎでなければ、仲間が合流したらこうなると思っていたのかもしれないな。


「成立ですね。15日待ちますので金貨250枚でお願いします。ちなみにですが、サラボナさんは250枚をどれだけの期間で回収するつもりですか?」


「長く見積もって3年だな。水を1杯銭貨3枚で売れば、この街なら1日に1000杯分は売れるだろう。原価は魔力だけだ。人件費を除けば3年も掛からない。しかも用途は飲み水だけでは無いはずだから、早ければ1年で回収出来る」


「……そうですか。そんな敏腕なサラボナさんに朗報があります」


「聞くのが怖いな」


「水の魔石ですけど、まだ持ってます。いくつ欲しいですか?もちろん買えば買うだけお安くしますよ」

何個売ってもリスクは同じだ。稼げるだけ稼いでおこう。


「やはり君は交渉が不得手ではない。ちなみにいくつ持っているんだ?私以外に今後売る気はあるか?」


「元々この魔道具を売って利益を得るつもりはありませんでした。既にリスクを負っているのでサラボナさんにはいくつ売っても問題ないというだけで、他の人に売る気はないです。売る必要もないくらいにお金を得ますので。だからライバルは生まれませんよ。それでいくつ持っているかですけど、秘密です。欲しい数を言ってください」


「…………さっきのも合わせて金貨1000枚払う。それで売れるだけ売ってくれ」

思ったより多いな。

さっきは飲み水を売ると言ったけど、水を売るイメージがちゃんと出来ているのだろう。


「わかりました。どうぞ」

僕はサラボナさんに水の魔石を16個渡す。

持っていた分全部だ。


これは魔物を倒してドロップした分だ。

イロハが金貨1枚で買うことも出来るし、何個渡しても金貨1000枚の儲けにさほど変わりはない。


「……こんなにいいのか?」


「いいですよ。この魔道具はこの街にこそ必要なものですから。ただ、この魔道具があることで路頭に迷う人が出ないようにしてくださいね」


「ああ。ありがとう」

よし、金欠脱出だ。

僕は唖然としているイロハを横目に次はどんな装備を作ろうかと考えていた。

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